3.ライナスはバステトの怒りに困惑する。
「おやおや、これはこれは。ライナス君じゃないか!」
男はライナスに向けて人懐っこい笑みを浮かべた。
ライナスは初めて会う男に、昔からの知合いのように声をかけられて驚いた。
ディオニーサスは小柄な男で、長身のライナスと並んで歩いてみると胸のあたりまでしかない。
それでいてびっくりするほど早足で、ライナスは追付くのもやっとだった。
顔立ちはというと、整っているとは言いがたいが、愛嬌がある。
目も、鼻も、口も、目立って大きい訳ではなが、見馴れたアルブよりも濃い色の肌をしているせいか、それぞれ主張し合って顔全体が賑やかな印象を受けた。
「はじめてお目にかかると思っていましたが。何故ぼくの名前をご存知で?」
「君は、君が思う以上に知られているさ」
ライナスが幼い頃、王都メソンで暮らしていた頃のことを知っているのだろうか?
それとも、この翼のせいか?
デュシスの森に暮らすアルブで翼を持っているのはライナスだけだから、もしかするとネフリティス翁から聞いていたのかもしれない。
「ぼくが空を飛べるアルブだからですか?」
「まあ、そんなところだ。それに君は特別だからね」
ライナスはディオニーサスの言葉にひっかかるところを感じた。
飛べることとは別に、何かがあると言いたいのだろうか。
「ぼくは空を飛べる以外はどこも特別じゃありませんよ」
ライナスは自慢の翼に、露程の関心も無いような、ディオニーサスの態度に少し憤慨した。
「飛べることは、確かに特別だけどね」
ライナスはディオニーサスの含むような口ぶりを訝った。
「で、そちらのお嬢さんは娘さんですか? さっき空からお見かけした時には気付かなかったんですけど」
ライナスにそう問われて、ディオニーサスとバステトは目を見合わせた。
そして、ディオニーサスはさも可笑しそうにひとりで笑い転げた。
「そんなに可笑しいですか?」
ディオニーサスに笑われたライナスは、少しむっとした。
「私はちっとも可笑しく無いわ。ディオが親だなんて心外よ」
バステトもとても不満げに、鼻をひくひくさせている。
「ふっ……や、ごめんごめん! だって君、ライナス君には、バステトが女の子の姿に見えるんだろう? すっかり忘れてた!」
ディオニーサスにはよっぽど可笑しかったのか、息も絶え絶えに言葉をつぐ。
「ライナス君、これが正真正銘、君の特別だよ。普通の人にはせいぜい、バステトは喋るケイトシーにしか見えない。わたしにも、だけどね」
「ホランコレーって言うのよ、それ。だけど、私にはあなたの目が節穴じゃないかって思えて来たわ。よりにもよって、私がディオの娘か? なんて!」
そう言うと、バステトはよっぽどライナスの発言が気に入らなかったらしく、ディオニーサスのズタ袋の中に潜り込んでしまった。
ライナスは自分と変わらないくらいの女の子が、するすると袋の中に消えて行く光景に言葉を失った。
それも彼女には、ライナスと同じように翼が生えている。
薄桃色の翼が。
──彼女はぼくと同じなんだろうか?
普通の人にはケイトシーにしか見えないって、そんなことがあるんだろうか。
あんなに綺麗な女の子なのに──
まったく、わけがわからない。
第3話目*ライナスはバステトの怒りに困惑する。も、引続き
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