28.エルトロは喋る妖精猫の質問に動揺する。
バステトの質問に、エルトロは目を瞬かせた。
妖精猫が喋るなんて聞いた事が無い──。
しかし、質問された内容が、エルトロをそれ以上に動揺させた。
「特別……」
エルトロはバステトの質問を頭の中で反芻させて、答えるべきかどうか迷っていた。
「例えばどんな風にでしょう?」
エルトロは洗いざらい話す代わりに、質問を返した。なるべくなら息子の身を余計な危険に晒したくは無い。
「それは──わからないわ。でも何か、息子さんに特別な力が──」
「わからない、だって?」
バステトの言葉を遮って、ライナスが声をあげた。
「わからないって、どういうこと? それがわからなかったら、ログロッタかどうかなんて、どうやって見分けるの?」
「じゃあ聞くけど、あなたはホランコレーがどんな力か、どんな風に特別か、わかってるの?」
話を中断させられたバステトは、不機嫌そうに片方の眉をつり上げた。
エルトロからライナスへ視線を移す。
「ホランコレーは(真実を見る目)だって、ネフリティス翁からは聞いたけど」
「バステト様が、翼の生えた女の子に見えるってあれだろ? ログロッタにもそういう見分けかたがあるんじゃないのか?」オゾスも話に加わる。
「それは、“ホランコレー”って言葉が、そういう意味を、持つってだけよ。私達には、その“言葉が持つ意味”しか、まだわかっていないの。私が言ってること、わかる?」
バステトはわざとらしく溜息を付いて、ライナスとオゾスの目を交互に見据えながら、ひと言ひと言を噛み砕くように発音した。
「ぜんぜん」「ちっとも」オゾスとライナスは同時に首を振る。
「そうね──じゃあ、ログロッタって言葉には(真実を乗せる舌)って意味があるけど、どんな力だと思う?」
「……すっごーく、正直者──ってことかな?」
ライナスは自信なさげに答える。
「ほら、わからないでしょ? そんな力がわざわざこんな南の地まで、探しに来なくちゃならないほど、特別だって思える?」
「……思えないかも」ライナスは渋々認めた。
「ほら、わからないってことが、わかったでしょ!」
バステトは鼻を鳴らして言放った。
ライナスは、強く手のひらを握りしめていた。
わからないことがわかる。そうだ、ぼくにはいったい、何がわかっていたというんだ──?
「とにかく」バステトは話を進めようと、エルトロに向き直って言う。
「私達が探しているのは、普通の人とはどこか違う、力を持った人なんです」
「それがうちの息子だと? そうだとして、何だって言うんです?」
「そうだとしたら、息子さんに力を貸して欲しいんです」バステトがいう。
「ジェロに……息子には、特別な力なんて無いよ。あの子はただの山羊使いだ」
エルトロの表情が翳る。
「命を助けていただいた御恩は感じています。けれど、息子のことは別です。どうぞ、あの子のことは、そっとしておいて下さい」
エルトロはそう言うと席を立ち、ルビニ達が帰って来たのと入れ違いに、部屋を出て行った。