27.鋼の鳥は黒い塔からアクテーの町を見下ろす。
「ああ良かった! 助かったんですね……!」トルル族の若者が1人、エルトロを見付けて駆寄って来た。
エルトロの胸に俯して泣きじゃくっていたルビニは、涙を拭って顔を上げた。
ルビニも何度か見た事のある若者だった。確かジェロの幼なじみだ。
「コキニーじゃないか! 結局オストリスには逃げられたよ。心配かけてすまなかった」
エルトロは、駆寄って来た若者を見て上体を起きあがらせた。
オストリスというのは、トルル族が馬の代用として飼っている大型の鳥のことだ。
空を飛ばず脚力が強いので、荷車を引かせたり、背に鞍を着けて乗ることもある。
エルトロは荷車をオストリスに引かせて交易市へ向っていた。
しかし、途中、すぐ前を走っていた荷車から小火が出た。
エルトロは、動転し暴れるオストリスに引き摺られて、川に落ちたのである。
コキニーと呼ばれた若者が知らせてくれた話によれば、オストリスと荷車とをすぐに切り離したおかげで、不幸中の幸いな事に、エルトロの荷はほとんど無事だったそうだ。
小火を出した荷車のほうも、火が移った荷をすぐに捨てたので、大事にはならずに済んだらしい。
「エルトロさんの荷は、アクテーの宿屋に預けておくと、父から言付かりました。あと、もしこのまま交易市へ向うようなら、手伝うようにって」
「そうか、とても助かるよ。ありがとう──」
「──あの!」唐突にルビニが大きな声をあげたので、エルトロとコキニーは驚いて、ルビニへと視線をうつした。
ルビニも自分の声に驚いて慌てて口を抑えたが、エルトロに促されて先を続けた。
「あの……エルトロさん、ジェロは来てないんですか?」
一行はメラース川の東岸の町アクテーに、一旦宿をとる事にした。
アクテーの町には炭の焼ける匂いと、火照るような熱気が満ちている。
鋼でできた背の高い灯籠が、狭い通りの赤い石畳を照らしていた。
コキニーが乗るオストリスに先導されて、アンシュノを繋いだ荷車が続く。
町の中央には黒い塔が立ち、その先端からは大きく美麗な鋼細工の鳥が、翼を拡げて町を見下ろしていた。
「あの建物は何ですか?」ライナスが幌の中から塔を見上げて指差すと、エルトロが答える。
「あれは町のシンボルだよ。ここは鉄鋼業で栄えた町なんだ。おかげでここらには名工が軒を連ねて店を構えてるんだ」
言われて町並みに目をやると、アクテーの町中には多くの鍛冶屋が並んでいた。
開け放たれた扉の向こうに火花が上がる度、鉄を打つ律動的な音が聞こえて来る。
鋼と岩石とで作られた町は、どっしりと重厚な趣きがあった。
エルトロの荷を預けたというアクテーの宿屋は、黒い塔の立つ広場に建っていた。
2階建ての宿屋はポイニクス亭ほど大きくは無いが、有難い事にアルブが泊まるにも支障無い大きさだった。
四角く切り出された赤い岩壁の建物は、表面が滑らかに磨かれて、すべすべとした光沢がある。テロスの西で見た建物は、どれもゴツゴツとして素朴な印象だったが、アクテーの建物はどこか洗練されている。
大きな宿屋入口の鋼の扉には、更に小さな扉が付いていた。
「面白いな、これ」オゾスは興味深そうに、大きな扉と小さな扉を交互に開け閉めする。
宿屋の1階にある食堂は、旅人に混ざって仕事帰りの鉱夫や、鍛冶職人達で賑わっていた。
2階の客室に通されると、ルビニはコキニーと連れ立って、1階へ食事を取りに行った。
「本当に、本当に、危ない所を助けてくれてありがとう」
「もういいですよ。あんまり言われると照れくさいですし」
ライナスは、さっきから幾度も繰返し礼を言われていたので、どうにも面映い思いがして顔を伏せた。
「いいや、何度言っても足りないくらいだ。本当にありがとう。──それで、ルビニに聞いたけど、君たちはジェロに会いに来たんだって?」
「はい。実は探してるのが、本当に息子さんなのかどうかは、まだ判らないんですが……」
ライナスの言葉を継いで、バステトがエルトロに尋ねる。
「髪が斑なセオの男の子だって、ルビニからは聞いてますけど。他に特別なことはありませんか?」
その質問はエルトロの笑顔から、一瞬、瞳の輝きを奪った。