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ETERDUM  作者: 時雨小夜
26/48

26.メラース川に架かる橋は群衆の歓声に包まれる。

「具合はどう?」

 ジェロは暗闇の中にじっと身体を横たえていた。そうしていると、衣擦れの音と荒い呼吸の音が、いやに響く。

 パパルナの声がする方へ首を傾けると、仄かに揺らぐオレンジ色の小さな光が、土と岩の壁をちろちろと照らしているのが見える。

 パパルナの影がジェロの傍らまで伸びて、山羊の毛で織られた敷物の上をゆらゆらと揺れていた。

 血がどくどくとたぎるように脈打ち、ジェロの身体中を駆け巡る。

 熱に浮かされたジェロには、自分の存在が強風に煽られた小さな木の葉のごとく、ひどく頼りないものに感じられた。

「……父さんは、もう出発した?」

「ええ。昨日の朝にね」

「そうか……母さんは行かなかったんだ」

 ジェロの朦朧もうろうとする意識の中で、先日浮かんだ幻影が、再びひらめいて消えていった。

「あなたが交易市に行きたいなんて言うから、父さんに置いていかれちゃったわ。ジェロを頼むって」

 パパルナの声が戒めるような言葉とは裏腹に、優しく響く。

「……言って良かったよ。母さんが残ってくれて……本当に良かった」

「ジェロったら、小さな子供みたいなことを言って──」

 そう言ったパパルナの声が壁に反響するのを聞きながら、ジェロの意識は暗闇の中へと呑込まれていった。



 ルビニは御者台の上で、メラース川に架かる石橋の向こうから、こちらへ渡って来る人達の顔を、ひとりひとり確かめている。

 先日の雨で水嵩を増した川は濁流となって、のたうちうごめく蛇のように、禍々《まがまが》しいその身をくねらせていた。

 夜通しで東へ向っていたライナス達は、日が傾き始めた頃、メラース川へ架けられた大きな石橋のたもとに差し掛かった。

 アンシュノには、カロス農園で譲ってもらった幌付きの荷車が繋いである。

 距離を稼ぐため、夜の間はライナスが御者をつとめて、他の3人は荷車の中で休んだ。

 夜が明けるとオゾスが交替して、今はライナスが荷車の中で寝息をたてている。

「追手は来てないみたい。そっちは?」

 バステトは空から舞降りると、御者台に座るルビニへ声をかけた。

 ルビニが答えようと口を開きかけたその時、橋の中ほどから悲鳴が上がった。


 一瞬にして欄干の縁へ群がるように、大きな人集ひとだかりが出来る。

「何が起きたんだ?」オゾスは荷車を止めて、集まった人達へ声をかけた。

 バステトは再度上空へ舞上がると、慌てた様子で戻って来た。

「オゾス大変よ! ライナスも起きて! 人が川に流されてるのよ!」

 オゾスは幌の中で眠っていたライナスを揺り起こす。

 ルビニは御者台から滑り降りると、群がった人の間を縫って、欄干から首を出し、はるか下をながれる川に目を走らせた。

 川上から流されて来た木の板に、小さな男が必死でしがみついているのが見える。

 ルビニは目を細めて、流されて来る男の顔に目を凝らした。

「あの人──エルトロさんだわ!」

「あなたの知ってる人!?」ルビニの後を追って来たバステトが叫ぶ。

「そうよ、わたし達が探してた人! どうしよう、助けなきゃ!」

 途中岩にぶつかって、エルトロがしがみついていた木の板は、木っ端微塵に打ち砕かれた。

 エルトロは黒い水に翻弄され、呑まれそうになりながらも、なんとか橋脚に掴まる。

 しかし濁流に揉まれて、今にも下流へ押し流されそうになっていた。

 欄干に集まった人達は、叫ぶばかりで、どうすることも出来ない。

 縄を降ろして助けようとする人もいたが、縄は風に吹き流されて、橋脚まではとても届きそうになかった。

「ぼく、行って来るよ!」

 マントを脱いで欄干によじ登ったライナスは、両足をばねに弾みをつけて飛び上がると、大きな翼を拡げて滑空した。

 力尽きて橋脚から手を離したエルトロは、川の底に引きずり込まれるかというあわやのところで、ライナスの腕に引き上げられる。

 欄干の縁で息を詰めていた群衆からは、弾けるような歓声と拍手が沸き起こった。

 ライナスが橋の上にエルトロを横たえると、見物人の山をかき分けて、ルビニが駆寄って来た。

 ルビニは涙でぐちゃぐちゃになりながら、必死でエルトロへ呼び掛ける。

「エルトロさん! エルトロさん! しっかりして下さい!」

 エルトロは息をしようとしたが、口と鼻の中に詰まった泥水に咽せて、咳き込んだ。

 泥水を吐き出し、ぜいぜいと胸で呼吸をすると、エルトロは両手で目を塞ぐ泥を拭って、自分を呼ぶ声の主を確かめた。

「……ルビニじゃないか、大丈夫。大丈夫だよ、ありがとう」

 そう言って、覆いかぶさるように顔を覗き込んでいた、ルビニの赤い髪を撫でる。

「良かった……本当に良かった! ありがとうライナス! 本当に良かった……!」

 ルビニはエルトロの胸に顔を俯せて、声をあげて泣いた。

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