25.マルマロスは街道を駆けるアンシュノを追う。
先を走る男のマントの下からは、大きな白い羽根が舞飛んでいる。
(──なんであいつは空を飛ばないんだ? あの羽根は飾り物か? それとも逃げる気は無いのか?)
ダンザックはアルブの男を追いかけながら、首を捻っていた。
アルブの男は交易市が開かれている広場を出て町を抜けると、止めてあったアンシュノの背に乗って街道をひたすら北へと走っている。
アンシュノの足は早く、ダンザックの自慢の愛馬であるマルマロスの足でも、なかなか追付く事ができなかった。
かといって大きく引離されることもなく、一定の距離は保たれたままだ。ほぼ全速力で走るマルマロスの前を、アンシュノは軽々と滑るように走っている。
わざと後を追わされてるのではないか──そんな疑問がダンザックの頭をかすめた時だった。
アンシュノの歩が徐々に緩まり、男との距離が僅かに近付いた。
「そこのアルブ、止まれ! 聞きたい事がある!」
ダンザックは叫び、先を行く男を呼び止めた。
すると、前を走っていたアルブの男は逃げるどころか、意外にもあっさりと手綱を引いてアンシュノを止めた。
「何か御用ですか? 少々先を急いでいるのですが」
アルブの男は振返って、訝し気な表情でダンザック達を見据えた。
「すまない、ちょっと背中を改めたいのだが」
剣を構えようとする5人の部下達を制して、ダンザックはいった。
「得物を持つ隊商さんとは物騒ですね。荷を盗んだ盗賊でも探しているんですか? 俺はこのとおり、そこの宿屋まで荷を運んでるだけですよ」
そう言いながら、アルブの男は羽織っていたマントを捲ってみせた。
マントの下には大きなガチョウが背負われている。
「もういい、人違いだ。すまないことをした」
ダンザックがそう言うと、アルブの男は街道脇の宿屋へと入って行った。
ダンザックの一行が再び交易市に戻った頃には、とっぷりと日が暮れていた。
広場には松明が焚かれ、道行く人の顔を赤々と照らしている。
夜になっても尚、交易市は賑わいを見せていた。
あろうことか、交易市を見渡すと、あちらにもこちらにも、ダンザックが先ほどまで追っていた男と同じように、マントの背を膨らませた男達が歩いている。
「どういうことだ……?」ダンザックはその中の1人を呼び止めた。
「すまんが、マントの背を改めさせてくれ」
呼び止められた男がマントを捲ると思った通り、またしても大きなガチョウが背負われている。
「このガチョウはどうしたんだ?」
「交易市に出てたアルブ織の店で、マントを買ったらおまけだって付けてくれたんですよ。感じの良い店でね、アルブ織りのマントとガチョウを合わせて銀貨1枚だってんで、そりゃあ繁盛してましたよ」
「その店はどこだ?」
ダンザックは噛み付きそうな顔で男に詰寄った。
「いや、その……もう行っても無駄足ですよ。今日は早々に店仕舞いするって言ってましたから」
男はそう言い残すと、逃げるように去って行った。
その日の夜、最後に合流したオゾスは、興奮が覚めないらしく、ずっと笑っている。
「あの時の奴の顔ったら見物だったぜ! 親父とライナスにも見せてやりたかったな!」
「これでしばらく、追手はガチョウとマントに付合ってもらうとして……お2人はどうします? 今回の交易市ではもう商売が出来ないでしょう?」
ライナスはステルコスとオゾスの2人を見て言った。
「それなら心配ない。マントはもちろん売り捌けたし、おまけにガチョウを付けたおかげで、他の腰帯やドレスを買って行く客も多くてね。今日だけで期待した以上に儲けたんだ。その金で、冬を越すのに充分な穀物とラ・ガをここの農園で分けてもらえたよ。ライナスの今日の働きの分の色もつけてくれた」
ステルコスはそう言って、ライナスに包みを寄越した。
「少しだが、これはお前が持って行くといい。分けてもらったラ・ガと、今日の稼ぎの一部だ。旅に役立ててくれ。わたしは明日、クラニアの元へ帰るよ」
「じゃあ、ここでお2人とはお別れなんですね」
ライナスは寂しさに胸が詰まる思いがした。
「おい、勝手にお2人、とか言うなよ! 俺はまだ付合うぜ!」
「オゾス……!」
ステルコスはオゾスの発言に驚いて、口をぱくぱくさせている。
「だって親父、これからルビニさんも東へ一緒に向かうって言ってるんだぜ? 追手に追付かれでもしたら、ライナス1人じゃ女神様とトルルのお嬢さんを守るのは大変じゃないか」
オゾスはどうだと言わんばかりに胸を張って言う。騎士の役を請け合う気満々の様子だ。
「そうね、オゾスも一緒に来てもらったほうが助かるわ。ログロッタと出会えた後、私とライナスは旅を続けなきゃならないもの。その後、ルビニを東に放り出して行くわけにはいかないじゃない」
バステトがそう言うと、ルビニはお願いしますと言ってオゾスに頭を下げた。
「じゃあ、そろそろ出発しようか。せっかくのガチョウを無駄にできないもんな」
オゾスはそう言って立上がった。
「クラニアさんに、あとネフリティス翁と母にも、会ったらよろしく伝えてください。ステルコスさんも、帰りは気を付けて」
「ああ、わかってる。伝えておくよ。みんなの無事と幸運を祈ってる」
ステルコスは東へ向かう若者達が、夜の帳に消えるまで、ずっと手を振っていた。