24.ステルコスはガチョウとマントを売り捌く。
テロスの町を南東へ出て小一時間ほど歩くと、防風林の向こうになだらかな傾斜が波打つ、美しい農園が広がっていた。
農園の敷地には、オレンジとエリャの実を栽培する広い果樹園があり、その中ほどに赤い岩を積重ねて建てられた半球型の小さな家屋が2棟と、豚やガチョウを飼育している畜舎が並んでいる。
家屋はどちらも一見した所ポイニクス亭に似ていたが、ずっと小さな造りで、居間や寝室等は半地下に作られている。天井には厚い磨りガラスをはめた小さな丸い天窓が、花弁のように6つ並んでいて、室内を明るく照らしていた。地下もあるらしいが、倉庫として使っているらしい。
「ポイニクス亭とはずいぶん造りが違うんですね」
ライナスは家畜の餌やりを終えて、ルビニの祖母であるオパリオと2人で、遅い昼食をとっていた。
家の中を物珍しそうに眺め回しているライナスに、オパリオが答える。
「ああ、あそこは特別さ。元は坑道だったのを、宿屋に改築したんだ。うちみたいな農家と同じじゃ、大きなお客さん方には窮屈だろうからね」
オパリオはそう言って笑いながら、膝を折畳むようにして小さな椅子に腰掛けている、ライナスの頭を撫でた。
朝から出入り口の扉のヘリに、何度頭を打付けたかわからない。
ライナスは恥ずかしそうに、痛む頭を撫でた。
話は一旦、朝のことに遡る。
夜明け前、ルビニとライナスの一行はポイニクス亭を出て、午前中のうちに、ここカロス農園へ到着していた。ルビニの母方の祖父母と、叔父夫婦が切盛りしている農園だ。
「ここならとりあえず、安全だと思います。私は交易市へ行って、昨夜話したセオの男の子を探して来ますから、皆さんはここで待っていてください」
「わたしとオゾスも行くよ。売るものを売らないと、クラニアに叱られる。追われているのはライナスだけらしいからな」
「ちょっと待て、わしも交易市へ行くから一緒に行こう」
そう言って引留めたのは、農園の主でもあるルビニの祖父ポルトカリだった。
ポルトカリは荷車に交易市で売る積荷を運んでいる所だった。
ライナス達が手伝いを申し出ると、ポルトカリはライナスへ縄を渡していった。
「すまないね。じゃあ、そこにあるオレンジと、エリャの実の箱を積んで、落ちないようにこの縄でしっかり結わえてくれ」
ライナスとオゾス、それにステルコスが手伝って、荷をしっかりと積み終わると、ポルトカリが畜舎の裏から、もう一台の荷車を引いてきた。
「そっちの荷車も手伝いますよ!」ステルコスが声をかける。
「いやいいんだ。こっちはもう積んである」
「あの、これも売りにいくんですか?」ライナスは荷車の中を覗き込んだ。
「わし1人じゃ無理だが、今日は息子夫婦も手伝ってくれるからね」
ポルトカリが引いて来た荷車には、豚の干し肉が山ほどと、ガチョウをシメて血抜きしたものが乗せられていた。
「これ、この鳥。全部ぼくたちに売ってくれませんか?」
ライナスの言葉に耳を疑ったのか、ポルトカリは戸惑うように目をパチクリとさせた。
そして弾かれたように笑い出した。
「本気か坊主? ガチョウを全部だって? そりゃ、売りに出す前に完売するなら助かる事この上無いがね!」
そういって豪快に笑うポルトカリに、ライナスはネフリティス翁に持たされた小袋を差し出した。
「これで足りますか?」
笑っていたポルトカリは、ライナスの差し出した袋を受取ると、中から3枚の金貨を取出して、残りをライナスに返した。
「これで充分。商談成立だ!」
ライナスがオパリオと昼食をとっていた頃、ステルコスは交易市に立てた天幕の下で、忙しく働いていた。
アルブ織りは評判が良く、客足は途絶える事を知らない。
売り口上も滑らかに商品を売るステルコスは、どこから見ても愛想の良い気さくな商人という風だ。
「いらっしゃいませ! 夏は涼しく冬は暖か! 雲のような軽い着心地だよ!」
「ご主人、このマントはいくらかね?」
客のひとりがアルブ織りの白いマントを手に取って、ステルコスに声をかける。
「ああ、そのマントならおまけで、このガチョウを付けて……銀貨1枚にしますよ」
「そんな大きなガチョウまでつけてかい? そりゃ太っ腹だね! でもこれからいろいろ買い込まなきゃならないんだよ。ガチョウは後で取りに来ても構わないかい?」
「困りましたね。今日は早くに店仕舞いをするんですよ……そうだ、それならこうして運んだら楽ですよ」
ステルコスはガチョウにヒモを結わえて背負って見せた。
「それならまあ、そんなに邪魔にはならないかもな。ご主人、マントとガチョウ合わせて銀貨1枚だったよな?」
客はステルコスに銀貨を渡すと、ガチョウを背負い込んだ。
「毎度あり! マントも持って歩くより、羽織ったほうが日除けにもなって嵩張らずに済みますよ!」
ステルコスはそう付け加えて客にマントを渡した。