22.客室係のルビニは夜更けの密談に招かれる。
コン……コツコツ……コンコツ。
予め決めておいたノックの音がする。
「ルビニです。起きていますか?」
かなり夜も更けていたが、ライナス達は眠っているどころの気分ではなかった。
自分達は真実の鍵を「探す」側であり、誰かに「探される」側になるとは、これまで想像していなかったのだから無理も無い。
「どうぞ。入って下さい」
オゾスが扉を開けると、ルビニが入ってきた。
ひとつに結わえていた赤毛を肩に垂らして、緑色に染めた綿のドレスを着ている。
小さいので少女だと思い込んでいたが、こうして改めて見るとルビニは年頃のとても可愛らしい女性だった。
「父にも、一応口止めをしておきました。よくしゃべる人ですけど、余計な事を言う人ではないですから安心して下さい」
「ごめんなさい。いろいろと面倒をかけてしまって」
ライナスはルビニへ謝った。
「いいんです。私があの人達を気に入らないからっていうのもあるんです」ルビニは勧められた椅子によじ登るようにして腰掛けて続ける。「前にあの中のひとりが、私達のこと“ドッツ”って呼んだから……その仕返しです。客室係失格ですけど、どうしても許せなくって」
「ドッツ?」初めて聞く言葉を、ライナスは聞き返した。
「トルル族の蔑称だって聞いた事があるわ。塵って意味。すっごく失礼ね、そいつ!」
ルビニのかわりにバステトが憤慨しながら説明する。
まるで自分が言われたみたいに、バステトはむきになって怒っていた。
「すごい、このケイトシーは、話せるのね!」
ルビニは椅子から落ちそうに体を乗り出した。赤い瞳が好奇心に輝いている。
「私はバステト。簡単に説明すると話せる妖精猫じゃなくって、王都メソンの真の王を守る女神よ」
「そう。それでこいつが王都メソンの王様候補なんです!」
オゾスがライナスを指し示す。
「そんなことを言ったら混乱させるばっかりじゃない!」
バステトがオゾスを睨みつけた。
ルビニは冗談なのか本気なのか判断つかないという顔をしている。
「まて、それで追われてるのかもしれないぞ?」
ステルコスが4人を見渡して言った。
「今の女王はバステト様が言う【真の王】ではないんだろう? それじゃあ【真の王】候補のライナスに追手が付くのも納得できる」
「お迎えに上がりました王様! なんて言われたりして?」
オゾスはそう言って大袈裟に跪く格好をする。
さっきからオゾスは戯けてばかりいた。
メソンの兵士が追っていると知って、不安を紛らわそうとしているのだろう。
「ばかねえ! そいつら、隊商に扮装してるのよ? 引っ立てられて首を切られるか、その場でやられるかよ、きっと」
「こっちがやっつける想像もしておいてよ」
バステトの不吉な発言に、ライナスが不服を訴えた。
「あの……お話がよく見えないんですけど、そんな方達がどうしてテロス大地にいらしてるんですか? テロスを回るよりもまっすぐメソンに向かった方が、デュシスからは近いでしょう?」
ルビニはライナスとバステトを順に見て首を傾げた。
「ぼくたちは人を探してるんだ。“神の血を引かず、他とは違う者”。もうひとりの王様候補が、南にいるらしいんだ。心当たりは無いかい?」
ライナスがそう言うと、ルビニは頬に片手を当てて、考え込むように首を捻った。
「他とは違う者……? 少し変わった髪の色をした、セオの男の子なら知ってますけど」
「その子にはすぐ会える?」
バステトは興奮して翼をバタバタと羽ばたかせた。今にも飛立ちそうな勢いだ。
「どうかしら。家は少し遠いんです。東の方の……でも、交易市に来るかもしれないわ。本人じゃなくても、お父さんかお母さんは来るはずですよ」
ルビニはそう言ってから、はっと顔を上げた。
「もしかして……あなた達に会うのは、彼にとって危険なんじゃないですか?」
「遅かれ早かれ、彼が本当にぼくたちが探してる人だとしたら、間違いなく奴らに狙われるよ。それを確かめるためにも、ぼくたちは会わなくちゃならない。人違いだったら、きっと大丈夫だよ」
ライナスがそう言うと、ルビニは頷いた。