20.ダンザックは部下を従えてポイニクス亭を訪れる。
ダンザックは隊商の護衛士のような装束を身に付けて、愛馬のマルマロスに跨がり、5人の部下と共に街道を交易市へ向かっていた。
他の5人の部下達は、それぞれ護衛士、商人2人、雇われ御者の扮装をしている。
「羽虫を潰せ、か……」
昨夜聞いた女王の言葉を思い出し、ダンザックは苦々しく独りごちた。
今年で30歳になるダンザックは、今では王都メソンの王宮で女王直属の護衛官として働いているが、元は豊かな商家の出だった。
2歳違いの妹は、メソンの北で両親から継いだ宿屋を経営している。
他にも武具を売る店や趣味が高じて始めた劇場まで、いろいろな商売を手広く営んでいたが、一昨年に両親が死んで、妹ひとりではままならずに、ほとんどの店は手放してしまっていた。
なぜダンザックが親の商売を継がず、護衛官として働くことになったのか、今では全く思い出せない。
剣の腕が立つのは確かだが、基本的にダンザックは荒事を好まなかった。
アルブの胸に剣を突き刺すより、妹と共に宿屋を営むほうがずっと向いている。
それでも国に忠誠を誓った身であるのは確かで、女王の命令は絶対だ。
メソンに仇なすものと聞いては、捨て置くことは出来ない。
ひいては妹の身にも危険が及ぶかもしれないのだ。
夜になって、雨に降られたダンザックの一行は、ポイニクス亭に向かった。
「隊長、まさかこの宿に泊まるんですか?」
護衛士に扮した部下のひとりがダンザックに言う。
「駄目か?」
「駄目ってわけじゃあ、無いですけど……」
部下は言い淀んだ。
「ここの宿屋の主人は有名な騒がし屋でして。休まるものも休まらないんですよ」
以前に宿泊した時のことを思い出しているのか、青い顔をして答える。
「じゃあ、他に宿屋はあるか? 俺が教えられたのはここだけだ。他に近くの宿を知ってる者がいたら言ってくれ」
部下達は一斉に口を噤んだ。
「この雨では野宿するより、宿屋に泊まったほうが良いだろう。とっとと入って、とっとと眠ればいいじゃないか」
ダンザックはそう言って、巨人の竈の中へ入って行った。
部下達もしぶしぶ、後に続くしか無い。
その後、彼らがドラステリオから、過剰とも言える熱烈な歓迎を受けたのは言うまでもなかった。
「ごめんなさい。うちの父がひとりで騒がしくして。お疲れになったでしょう?」
ルビニの謝罪も、日に何十回と繰返されるのだろう。
「いえ、そんなことは。そうそう、ひとつお聞きしたいのですが、この宿に翼の生えたアルブは来ていませんか?」
ダンザックは厩舎にアンシュノが繋がれていたのを思い出し、ルビニへ尋ねた。
「翼のあるアルブのお客様ですか? いいえ、見てませんけど」
「そうですか。もしこれからそのような人物が来たら、私に知らせて下さい」
ダンザックはルビニへ金貨を渡し、念をおした。
「やっぱり下へ行って、食事は部屋でとるって言って来るよ」
ステルコスは肩を落としたままそう言って、ひとり廊下を出た。
すると、向こうから客を案内するルビニが歩いて来た。
ステルコスはルビニに声をかけようとしたが、ルビニと客が話しているのが聞こえて来て歩を緩めた。
「──生えた──ていませんか?」
遠くの客の声は、ステルコスにはよく聞こえなかった。
ルビニは一瞬、視線をステルコスに素早く送る。
「翼のあるアルブのお客様ですか? いいえ、見てませんけど」
ルビニの声はよく通り、ステルコスにもはっきりと聞こえた。
どうしてセオの隊商が、ライナスを探しているのだろう?
ステルコスは嫌な胸騒ぎをおぼえた。
次回投稿は週明けの9月15日月曜日の予定です。
お楽しみに!