19.エルトロとパパルナはジェロの申し出を却下する。
ポイニクス亭の食堂の脇にある階段を上ると、長い廊下に客室の扉が並んでいた。
5つの大きさに分けられた扉は、それぞれ違う色に塗られている。
小さな扉は赤く塗られているので、きっとトルル族用のものだろう。
中くらいの扉は黄色く塗られているのでセオ用、それより少しだけ大きい扉がアルブ用の客室らしく、白く塗られている。
更に大きな黒い扉はケイローのものだろう。滅多に山を降りないケイロー族の部屋まで作っているとは、なんとも用意がいい。
しかし青い扉は大き過ぎて、誰の為に用意されたものか判らない。
クアニデュス海のセイレーンが来た時のために、水槽でも用意してあるのだろうか?
「ごめんなさい、父がひとりで騒がしくして疲れたでしょ?」
ルビニと呼ばれたトルルの少女は、部屋に一行を案内しながら、申し訳無さそうに言った。
「確かに少し驚いたけど、明るくて元気で、良い人だよね」
ライナスはぐったりしながらも、引きつった精一杯の笑顔を作った。
オゾスはげっそりとして、声も出ないようだ。
「お食事はお部屋にお持ちしましょうか? また父の相手をさせられては、休まるものも休まらないでしょ」
「いえ、後で食堂に降りますよ」
同意も求めず即座に答えたステルコスに、他の3人は恨めしそうな視線を送った。
「真実の鍵を探すために情報収集が必要だろう? 宿屋の食堂は情報を得るのに最適じゃないか」
ルビニが客室を下がっていなくなると、疲れきったライナスの肩を、ステルコスは慰めるように軽く叩きながら言った。
「客達が皆、部屋で食事をしたいって思っていなきゃいいけどね」
バステトが言うと、ステルコスは失態に気が付いて肩を落とした。
言われてみれば、厩舎には何頭も馬が繋がれていたのに、食堂には客がひとりもいなかったのだ。
「まさか、ドラステリオがログロッタじゃないのか? 真実の鍵ってのは“他とはたがうもの”なんだろ」
オゾスは大真面目な顔で言う。
「息継ぎ無しであれだけ淀み無く喋れるのは、確かに他とは違うよな……?」
その頃、テロス大地の東外れにある小さな家で、ジェロは両親を説得していた。
ジェロは2人と一緒に交易市へ行きたいと思っていたが、エルトロとパパルナに反対されることもわかっていた。
それでも行かなければと思ったのは昼間に見た幻影のせいだ。
けれどもジェロは2人には幻影のことを言うつもりはなかった。言ってもきっと信じてもらえないうえに、余計な心配をかけるだけだ。
今だって2人は、ジェロのことを心配して止めているのだ。
「どうしても行きたいんだ! お願いします、許可を下さい!」
ジェロが見たのはただの幻影とは思えなかった。何故かはわからないが、確信がある。
あれはこれから実際に起こることだ。
なのに理由を聞かれても、ジェロには行きたいから、としか言えない。
これでは説得力が無さ過ぎる。反対されるのも仕方が無い事だった。
「だがな、今回の市は諦めなければならないよ。わかってるだろ?」
「そうよジェロ。あなたの身に何かあったら……」
「大丈夫。俺は2人を悲しませるようなことはしないよ? それに夜には一歩も外には出ないから!」
「どうしてもだめだ。今回ばかりはお前を連れて行くわけにはいかん。諦めてくれ。これで話は終わりだ」
エルトロは有無を言わせず、話を打ち切って自室に入って行った。
「……わかりました。我侭を言ってすみません」
ジェロは扉を閉めようとするエルトロの背中に謝罪した。
「お土産は買って来るから。お留守番をお願いね」
パパルナはそう言って、落胆した様子のジェロを慰めたが、心配は拭いきれない。
ジェロが1度決めて口にしたことは、滅多に変えないことを、パパルナは充分に承知していた。