18.ポイニクス亭のドラステリオは息継ぎを忘れる。
鉛色の雲が、南から徐々に迫って来ている。
デュシスの南門を出てから2日目の夕暮れ、ライナス達は王都メソンとテロス大地とを結ぶ、広い街道に入っていた。
街道には赤く平たい岩が敷詰められ、道の両脇に連なった背の高い並木が、風に煽られて大きな葉を揺らしている。
「そろそろ降り出しそうだ、急ぐぞ! もう少し先に宿屋がある」
ステルコスはアンシュノに拍車をかけて道を急いだ。
「ここだここだ!」
ステルコスはそう言ってアンシュノを降りる。
キャロブの木に囲まれたそこには、赤い岩が積まれて、半球型の山になっていた。
その山を回り込んでみると、大きく横穴が空いている。
テロス大地の街道沿いで営むポイニクス亭は、バステトが知っているどの宿屋とも違っていた。
「ここが宿屋っていうのは本当? あなたのお父さんのこと信じていいのよね?」
バステトが先を行くオゾスへ、小声で問いかけた。
「大丈夫。ここが宿屋だっていうのは、間違い無いですから」
不安げなバステトにオゾスは請け合ったが、何故か気落ちしているように深い溜め息をついた。
一行はアンシュノを引いたままで、巨人の竃のような岩山へ入った。
中は曲がりくねった緩い上り傾斜になっており、外から吹込む雨風を防いでいた。
岩壁に突き当たると今度は地下へ、螺旋状の下り坂が続く。
等間隔でランタンが灯されたトンネルをそのまま進むと、ひとりのトルル族らしき小さな青年が旅人達を迎えた。
「いらっしゃいませ! アンシュノはこちらで御預りします」
青年は小さな体をきびきびと動かして、3頭のアンシュノをいっぺんに、トンネル脇の厩舎へと器用に誘導する。
厩舎の脇を通った先の、頑丈そうな鉄製の扉を開けると、中は大きな食堂になっていた。
天井も奥行きも広々としているせいか、地面の下だというのに全く息苦しい感じがしない。
「いらっしゃいませいらっしゃいませ! ポイニクス亭にようこそいらっしゃいました!」
小さな赤毛の男が4人を出迎えに、勢いよく駆寄って来た。
トルル族は皆そうだが、髪だけではなく瞳と肌も赤い。
アルブが『白の民』と呼ばれるように、トルル族は別名『赤の民』と呼ばれることがある。
「これはこれは! アルブの立派な旦那方と可愛らしいケイトシー様ご一行! お会い出来て誠に光栄! 感激至極! 長旅お疲れ様でございます! お食事ですか? それともお泊まりで?」
陽気に弾む甲高い声で、小さな男が尋ねた。
「部屋と食事、両方頼みます」
ステルコスが答えると、小さな男はぱっと顔を輝かせて捲し立てる。
「ありがとうございますありがとうございます! 私、ポイニクス亭の主ドラステリオと申します! 今後ともよろしく御願い致します! あ、よくよく見ればそちらはステルコス様にオゾス様! 再びの御利用、誠に幸せに存じます! どうぞ我がポイニクス亭にて皆様ごゆるりとお寛ぎ下さいませ! ではではお食事ですが、デュシス式、テロス式、メソン式、ボレアス式とご用意できますが、お客樣方は本日いかがなさいますか!?」
息継ぎ無しで続けざまに喋っているためか、ドラステリオの赤い顔はますます赤黒くなっていく。見ているこちらの方が呼吸困難をおこしそうだ。
「せっかくなので、テロス式を頼みます」
「畏まりました畏まりました! ではでは、お食事をご用意している間にご一行様をお部屋へご案内致します! ルビニ、お客様をお部屋へ!」
ドラステリオは食堂の奥に手招きして、これまた小さなトルルの少女を呼んだ。
旅人達はドラステリオの勢いに圧倒されて、目を白黒させていた。