14.ステルコスとオゾスは記憶について論じ合う。
オゾスの家は、南門のアルブ達が住む集落の一番川上に位置している。
オゾスの父であるステルコスはまだ70歳で、アルブとしては若い内に数えられる年齢だが、この辺りでは首長として慕われている人物だ。
狩猟の腕がたつ上に、まとめ役としての人望も厚いので南門のアルブに頼りにされている。
ライナス達がオゾスに連れられて川上の屋敷へ行くと、ステルコスも妻のクラニアも、2人を快く迎えてくれた。
今は屋敷の暖かい居間に通されて寛ぎながら、クラニアが夕食を作ってくれているのを待っている。
その間ライナスとバステトの2人は、オゾスとステルコスへ旅に出る理由やその経緯を説明していた。
「で、ライナスにはバステト様が、翼がある女の子に見えてるってわけか。どうだ、美人か?」
ステルコスはそう言いながら、ライナスの脇を軽く肘で突ついて、にかっと笑う。
そんな茶目っ気のある笑顔はステルコスとそっくりで、ふたまわりは若く見える。
「ええ。バステトはすごい美人ですよ」
ライナスがステルコスにそう答えると、バステトはキッとライナスを睨みつけた。
「嘘ばっかり。わたしのこと、ディオにそっくりだって言ったくせに」
「そんなこと言ってないよ。ぼくは娘さんですか? って聞いただけじゃないか」
「同じでしょ! 似てると思ったからそう言ったんじゃない?」
「瞳が同じ色だったから、そうかもしれないと思っただけだよ。だいたいそんなに怒るなんて、ディオニーサス様に失礼じゃないか」
「まあ、まあ」
ステルコスが止めに入った。
「ライナスはそうそう嘘を付ける子じゃないよ。ライナスがバステト様をすごい美人だって言うなら、すごい美人なんだろう。ちょっと言葉が足りなかっただけさ。私にもホランコレーの力があったらと思うよ」
ステルコスにそう言われて、バステトは頬を赤らめた。
「しかし13年以上前の記憶が無いってのは妙な話だよな。言われてみれば、俺が13になるより前に、何があったかなんて思い出せないもんな」
オゾスは眉を寄せて、一生懸命に思い出そうとしている。
「……それ以前の事が無かったことになってる、って訳でもないようだ」
ステルコスは腕を組んで唸った。
「どういうことですか? 何か覚えてることでも?」
ライナスの問いに、ステルコスは頭をあげた
「いや。何があったかは全く思い出せない。けれど、例えば私達は狩りの仕方を覚えている。26年も前に産まれたオゾスが私の息子だっていうことも、私にはすばらしく美しいクラニアっていう妻がいるってこともだ」
そう言って、ステルコスは妻のクラニアに目配せをした。
「また親父は……」
オゾスはステルコスの視線の先を見て、やれやれというように溜息をついたが、その顔はどこか幸せそうだ。
「ま、そういうことは13年前のことだろうがなんだろうが、よく覚えているってこった」
「どういうことなんだろう?」
ライナスにはますます訳がわからなくなった。
「そうだ、ちょっと待ってて」
オゾスは立上がって隣の部屋から、薄く削って打ちのばした樹皮を束にした物を持って来た。
「ここにいっぱい模様があるだろ? これ、すごく不思議なんだ」
ライナスもそれと似た物が、ネフリティス翁の家に沢山置かれているのを見た事があった。
「これならぼくも見た事はあるけど。オゾスはそれが何か知ってるのかい?」
「いいや。ちっとも。でも見てな」
そう言うとオゾスは樹皮の表面に書いてある模様を真似て、暖炉の炭を壁に擦り付けた。
「こら、オゾス! 家を汚すな!」
ステルコスは慌ててオゾスを叱ったが、その汚れは見る見るうちに消えてしまった。
「な、変だろ? ここに書かれてる模様は全部、真似したってすぐに魔法みたいに消えるんだ。そもそもこれが何かを、誰も知らないのに。聞けば大抵の家にいくつかは置かれている。大事そうにね。何か関わりがないかな?」
「それもひとつの記憶、かしら」
バステトが呟いた。
「その模様はもしかしたら、13年以上前のことを記憶しているのかもしれないわね」
ステルコスは不思議そうに、炭が擦り付けられたはずの白い壁を見つめていた。
第14話*ステルコスとオゾスは記憶について論じ合う。も、引続き
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