12.父知らずのライナスは真夜中の森で夢を見る。
ライナスはマントにくるまって木の幹に背中を預け、座ったまま眠った。
「鳥みたいに木の上で眠れば獣に襲われないし、翼とマントにくるまっていればそんなに寒く無いよ。火の番なんていらないんじゃないの?」
ライナスはそう提案したが、バステトがすぐさま却下したのだ。
「わたしはマントをきっちり体に巻付けたって、火がなくっちゃ凍えちゃうわ。それにマントにくるまったまま木の上から落っこちたらどうするの? 危ないじゃない」
バステトはふんっと鼻を鳴らして抗議した。
死なないという神様でも、寒さは苦手らしい。
ライナスは、バステトの言う事にも一理あると思い、反論せずに黙って従うことにした。
ライナスは母に手を引かれて走っていた。
頭上を覆う黒い葉影と枝の合間から、青白い上弦の月が見え隠れしながらついて来る。
木の根や絡まる下草に足をとられて何度も転びそうになるライナスを、半ば引きずるようにしてエスカラは走り続けた。
母に引っ張られる左の腕が痛くてたまらない。強く握られた手の平がどくどくと脈打つ。
ぜいぜいと息をする度、肺が焼け付くように熱くなる。
垂れ下がった蔦や、低木の枝に幾度も肌を打たれて、流れる汗と涙とで傷口がヒリヒリと痛んだ。
いったい母はどこまで走るつもりだろう。酷く怯えているようだ。
疲れと眠気に襲われて頭が朦朧とする。
ここはどこだろう……早く家に帰りたい……父さんはどこ?
ライナスは殺気を感じて振り返った。
鬱蒼と茂る背後のイラクサが揺れ、鎌首をもたげた大きな黒い蛇が飛び出した。
「……っ!」
エスカラが声にならない悲鳴を上げる。
てらてらと黒光りする大蛇は、シューシューと耳障りな音を立てて、口から細長い舌を出し入れしていた。
金色の瞳が後退りするライナスとエスカラを交互に睨みつける。
ジリジリと間合いを詰めていたかと思うと、突然大蛇は牙を剥き出して、ライナスの喉元を目がけて飛掛かって来た。
ライナスがもう駄目だと思ったその時、一陣の風が吹いたかと思うと、白銀に輝く獣がライナスの前へ躍り出した。
美しい光を纏ったその獣は、鋭い牙で大蛇の頭を噛み砕いた──
「……ってば……ライナス? 交代よ」
ライナスがはっとして目を覚ますと、バステトの大きな紫色の瞳が覗き込んでいた。
「そうだね、ごめん。なんだか変な夢を見てた気がする」
「変な夢ってどんな?」
「すごく嫌な夢だったと思う……。あんまり覚えてないけど」
「ホランコレーが見る夢だから、何か意味があるかと思ったんだけど。残念ね」
「そんなものなの?」
「さあ? 可能性としてよ。希望、とも言うかしらね」
そう言いながらバステトが、手渡されたマントを頭から被ると、見る間にマントは小さな妖精猫をかたどった。
「朝になったらちゃんと起すのよ? 明日こそ森を抜けるんだから」
マントの下からくぐもったバステトの声がする。
「すごいや。本当にバステトってケイトシーなんだ」
思わずライナスは呟いた。
「ケイトシーじゃないわ! 神だって言ってるでしょ!」
バステトは膨れっ面でマントをはね除けて、声高に異議をとなえる。
その時のライナスは気付きもしなかったが、西の空には夢と同じく上弦の月が輝いていた。
第12話*父知らずのライナスは真夜中の森で夢を見る。も、引続き
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