10.浮かれはしゃぐバステトは大いに飛行を楽しむ。
まずライナスの目に飛込んだのは、壁に立て掛けられた短弓だった。
飴色に光っていて、大切に使い込まれたのがよくわかる。彫り細工と貝殻細工で飾られていて、溜息が出るほど美しかった。蔦で編まれた軽い矢筒には、よく飛びそうな鷹の矢羽根が付いた矢が何本も入っている。
それに、暖かそうな毛織りのサッカと、フードが付いた厚手のマントまで用意してある。雨水を弾くように、表面に蝋が薄くはられているものだ。その上に置かれていた切れ味の良さそうな両刃の短剣には、白木に貝殻を埋込んだ柄と鞘が付いていた。ライナスがずっと羨ましく思っていた、アルブの大人達が腰帯に差しているのと同じ型だ。
その横に置かれていた、滑らかになめした鹿革の背嚢を開けてみると、中には食料や飲み水、薬草の束が入れられ、間仕切りには兎の毛で織った小さな袋が入っていた。織り目と模様からして、エスカラが織ったものだ。ネフリティス翁のそんな細やかな心遣いをライナスはたまらなく嬉しく思った。その袋の中を覗いてみると、ライナスが今まで見た事の無い、キラキラ輝く小さな金属片と光る小石がぎっしりと詰められていた。
「なんだろう、これ。すっごく綺麗だ!」
ライナスが小さな袋の中の金属片と小石に見蕩れていると、バステトがふんっと鼻を鳴らした。
「やだ、あきれた。あなたお金も見た事が無いの? 町へ行けば、それで色んな物と交換できるのよ」
「うん、初めて見た。これ以上綺麗な物とじゃないと、勿体無くて交換できないや」
ライナスはネフリティス翁に心の中で感謝した。
きっとライナスの道中を思いながら、夜中じゅうかけて用意してくれたに違いない。
こんなに沢山のものを。
「それはそうと、早く行きましょ。時間が無いのは、あなただって知ってるでしょ?」
ライナスにも解っていた。こんなことをしてる場合じゃない。
母に何も言わずに旅立つのは心苦しいけれど、それは無事に帰って、謝ろう。
「……そうだね。今すぐ行ったほうがいい。でも、どこに行けば良いかわかってるの?」
「まあ、大体はね。まずはこの森を抜けなくっちゃ」
そうして2人は、ネフリティス翁の屋敷の窓から旅立った。
「で、どこに行くの?」
ライナスがそう尋ねても、バステトはさっきから、デュシスの森の上で心地良さそうにくるくるとアクロバットな飛行を楽しんでいる。
「こんなに心地良いとは思わなかった! ディオと一緒じゃこうはいかないもの。こんなに空高く飛ぶのなんて初めて!」
「急ぐ旅だろ? きみがそう言って急かしたんじゃないか。どこに行くのかくらいは、そろそろ教えてよ。バステト」
そう言うと、やっとバステトは真剣に答える気になったらしく、くるくると糸巻き車みたいに回るのだけは止めてくれた。
今はライナスの周りをぐるぐるっと旋回している。
「そうね。どっちが良いかしら、寒いのと、暑いのと」
「ぼくはどっちでも」
ライナスはバステトを目で追っているうちに、頭がくらくらしてきた。先が思いやられる。
「じゃあ、暑い方から行きましょうか」
「暑い方って南? どんな所なの?」
ライナスは北にあるボレアス山脈の話はネフリティス翁からよく聞いていたが、南の方の話は誰にも聞いたことがなかった。
「トルルって聞いたこと無い?私達よりずっと小さな種族。南にはあなたの腰くらいまでの小さな人達が住んでるらしいわ」
「らしいわって、バステトも行った事が無いの?」
「無いわ。ディオに聞いた事があるだけ。わたしたち2人とも初めて行くのよ。ちょっとワクワクしない?」
すごく浮かれた様子のバステトを見て、ライナスは不安になった。
第10話目*浮かれはしゃぐバステトは大いに飛行を楽しむ。も、引続き
http://sayoshigure.seesaa.net/
上記URLにてイメージ画像をアップしてみました。
興味がおありの方はどうぞ。