1.クローロンの小言は客の来訪によって阻まれる。
デュシスの森で暮らしていると、延々と同じ時間を繰返し過ごしているような、おかしな感覚におそわれる。
ライナスはいつものように、西の岩壁にある見張り台の窓から、沈みかけた金色の夕陽を眺めていた。
コツコツと階段を登って来る足音がして、木戸からクローロンが顔を出した。
「よう、ライナス。変わりは無いか?」
「わかってるだろ? ここじゃ何も変わりようが無いさ」
ライナスは皮肉な笑みを浮かべて答えた。
「変わらないのはいいことさ。君みたいに若いと、変化を期待しすぎる」
「クローロンも25になったら、すっかり大人の仲間入りってわけだ? ネフリティス翁みたいなことを言ってさ。なにもぼくは悪いことが起こるのを期待してるわけじゃないのに」
クローロンはやれやれ、といった風に溜息をついて見せて、見張り台の椅子に腰をおろした。
「おれだって変化を望んでるよ。きみが早く大人になればってさ。そうすりゃネフリティス様もエスカラ様も、はらはらしなくて済むだろうよ」
ライナスはクローロンのお決まりの厭味を聞き流して、見張り台の窓から飛出した。
大人になれとは口ばっかりで、クローロンはライナスを子供扱いするのが好きなのだ。
デュシスの森では唯一、自分より年下のライナスに、小言を浴びせるのが大人の証明だと思っている節がある。
「おい、ライナス! そんな所から飛び降りるなっていつも言って……!」
「降りるんじゃなくって、飛び上がるんだよ!」
風を切る音が轟々と耳を塞いで、背後から追掛けてくるクローロンの声を掻き消す。ライナスは翼を大きく広げて、風に乗った。
大きく見張り台を旋回して、ライナスは夕空に溶けた。
デュシスの森に住むアルブ達は年をとらない。ライナス以外は。
それは全くの真実ではないけれど、ライナスの目にはそう映るという意味では真実だ。
アルブという種族は20歳を過ぎると、成長が緩やかになる。それに、エターダム全域で幅をきかせている『セオ』とアルブ達が呼称する種族に比べると、アルブは遥かに長生きで、彼ら『セオ』には、アルブが不老不死だと信じられているくらいだった。
ライナスの祖父、ネフリティス翁に至っては、デュシスの森に暮らすアルブの中では最年長で、今年180歳を迎えた。しかし、見た目はライナスの母、エスカラと大して変わらない。
──ぼくもあと5年もしたら、あんな風に成長を止めて、クローロンみたいに分別臭い大人になってしまうんだろうか。そして代り映えの無い毎日をデュシスの森で、300年もの時を過ごすのを、なんとも思わなくなってしまうんだろうか……?──
「そんなのはごめんだ!」
ライナスはまとわりつく嫌な考えを頭から消し去ろうと、急上昇した。すると、体を気圧が締め上げて、小さな耳鳴りがした。
いつもより高く飛んでしまったことに気がついて、ライナスはゆっくりと旋回しながら降下した。
その途中、ライナスはひとりの男がデュシスの森へ向かって歩いてくるのを見付けた。
西のクアニデュス海の方角からやって来たその男は、ライナスが見た事も無い髪の色をしていた。
──話に聞く、セオだろうか?──
「きっとまだクローロンには見えてない。遠過ぎる!」
ライナスは急いで見張り台にいるクローロンの元へ戻った。
ライナスが見張り台の窓から飛込むと、クローロンはまたお得意の小言を浴びせようと口を開きかけた。
しかしライナスの慌てた様子を見てとると、口を閉じた。
「クローロン! クアニデュス海の方から、知らない男が1人来たぞ!」
「ライナス、おまえはネフリティス翁に報せて来い! おれは警備に伝えておく」
そう言ったクローロンの声も、ライナスと同じように、少し高揚して弾んでいるように聞こえた。
デュシスの森へ、十数年ぶりの「変化」が訪れようとしていた。
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上記URLにて、イメージ画像アップしてみました。
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