リュークとのダブルデート
そこに立っていたのは、傍にまた新しい彼女なのだろうか、美しくて華やかな女性を連れてにこやかに挨拶をするリュークだった。彼女の腰を引き寄せてからミュリエルの方を見て驚いたような顔をする。相変わらずのいい男だ。私服もさまになっていて周囲の女性が彼を見ては騒いでいる。
「君たちもデートなのか?相手は氷の女王のミュリエル嬢じゃないか。二人は付き合っているのか?」
事情は知っているくせにこの男は・・・。それにしてもこいつがレイモンドと顔見知りだとは知らなかった。ミュリエルは心の中で毒づきながらもレイモンドの手前、極上の笑みを浮かべた。レイモンドはそんな彼女を見て照れながら言った。
「将来的にそうなればいいと思っているよ。彼女は魅力的な女性だからね」
「まあ、レイモンド・・・」
頬を赤らめさせてうつむく。その様子を可愛くてしょうがないような目でレイモンドが見つめる。
「僕たちもこれからお茶をする予定だったんだ。よかったら、ご一緒させてもらってもいいかな?」
レイモンドとミュリエルもちょうど昼食を食べ終わって、食後のお茶をする前だったのでリュークの申し出を快く了解し、結局4人で一つのテーブルにつくことになった。
リュークは付き添いの女性をグレダ嬢だと紹介し、注文したケーキと紅茶を食べ始めた。ここのケーキは流石に人気店だけあって物凄くおいしい。
「ところでミュリエル嬢、レイモンドみたいな面白くもない男のどこが好きなんだい?」
「まあ、レイモンド様はとても博識でいらっしゃって、わたくし面白くないなんて思ったこともありませんわ」
「馬と旅行の話だけで一生話が続けられるものなのかな?俺はごめんだ。やっぱり人生は互いに一緒にいて楽しい人と過ごしたいものだね」
そういって隣のグレダ嬢の腰を腕で引き寄せ、頬にキスを落とした。昼間から公共の場でキスするなんて頬であってもなんてはしたない!ミュリエルは怒りで頬を赤らめた。
「レイモンド様はそれだけではありませんわ。私には勿体ないくらいに素晴らしい方ですわ」
「そうだな、それだけじゃあない。ミュリエル嬢には勿体ないくらいに、レイモンドはたくさん財産を所有しているからな」
「リューク様!!」
ミュリエルはその一言に切れて思わずその場で立ち上がった。その剣幕にレイモンドが驚いた顔でミュリエルを見つめる。
やばい・・・!ミュリエルはすぐに顔に愛想笑いを張り付けると、化粧室に行くと誤魔化してその場を離れた。
あの男はどういうつもりだ!レイモンドを幸せにできなければ、彼女の処女を奪うという賭けはどうなったというんだ。ミュリエルは化粧室で鏡を見ながら心を落ち着かせようとした。その時、突然鏡にリュークの姿が映りこんだ。
「ミュリエル・ヘレナ・ボロジュネール子爵令嬢・・・」
「こ、ここは女性用の化粧室よ!どうしてこんなところに・・・!!」
振り返ると入り口辺りにレストランの従業員が立っているのが見えた。お金で買収でもしたのね・・。ミュリエルは状況をすぐに理解した。
「あなた、どうして邪魔をしようとするの?嫌がらせのつもり?」
「嫌がらせじゃない。お前が嫌な顔をするのが見たいだけだ。俺をあんな目に合わせたんだからな、報いを受けて当然だろう」
庭であった時の事をいっているのだろうか。あの時の事はミュリエルも少し反省していた。でもああでもしないと屋外でこの男と二人っきりの状況では、ミュリエルの身が危なかった。正当防衛のはずだ。
「これじゃあ賭けにならないわ。もうやめて頂戴、迷惑よ」
「ギュンターは可愛いこだな」
ミュリエルは一瞬で自分の血が下がっていくのを感じた。どうしてこの男がギュンターの事を!?
「姉の事を尊敬しているみたいだ。ずっとミュリエルお姉さまのことばかり話してくれたよ。頭が良くて綺麗で頼もしいってね」
「ギュンターに会ったの!!」
ミュリエルはリュークの胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。彼女の力では痛くもかゆくもないらしく、未だに嫌な笑みを顔に張り付けたまま話す。
「昨日の夕方な・・・。ブルージュ伯爵家の名を出せばすぐに屋敷に入れてくれたよ。お陰でお前の事情も良く分かった。3か月以内に借金を返してくれる男を見つけないと、爵位を奪われて結婚しないといけなくなるらしいな。だから女は馬鹿なんだ。後先考えずに行動する・・」
リューク!この悪魔のような男が、大事な幼い弟に会った上にミュリエルの事情まで知られてしまった。
「だから、どうだっていうの。私は私の大事な人たちを守る為なら、何も惜しまないわ!なんだって犠牲にして見せる!どうせあなたになんか私の気持ちなんて、全然理解できないんでしょうけどね!」
リュークは胸ぐらを掴んでいるミュリエルの手首を握ると無理やり引き離した。リュークに強く掴まれた手首が痛い。そうしてリュークは彼女の目を見て冷たい目をしてから、地の底から響くような声でいった。
「お前の気持ちなんか理解できないし、理解したくもない。お前みたいな女は死ぬほど苦しんで地獄に落ちればいいとさえ思っている」
その感情のない冷たい目にぞくっと悪寒が背中に走る。この男は何故だか理由は分からないが女性を憎んでいる。一体どんなことがあればこんなに憎悪の感情を女性に持つようになるのか、ミュリエルには理解できなかった。
ミュリエルは掴まれた手首はそのままで、反対の手で彼の心臓の部分に手を当ててゆっくりと言葉を紡いだ。
「私は決して地獄には落ちない。なぜなら私には大事な人がたくさんいるからよ。彼らの為にも私は不幸にはならないし、彼らがいるから私は幸せになれる。私の事はもう放っておいてちょうだい」
リュークはミュリエルの力強い瞳をもう一度見返して、信じられないものでも見る表情をした。そうして、目を逸らすと無言のまま化粧室から出ていった。しばらくして掴まれていた手首を見ると手の跡に沿って青く内出血している。
このままではレイモンドの元には帰れない。ミュリエルは髪につけていたリボンを外すと、自分の手首に巻いた。これで手首のあざは誤魔化せるだろう、ミュリエルはホッとした。
それにしてもリュークはどうしてこんなに私に執着するのだろう。女性が憎いならば放っとけばいいのに、どうして憎い女性との交際を繰り返すのか・・・。おそらく彼は女性を憎んでいるが上に、女性を虐げたい欲望に駆られているのかもしれない。あの男の負の感情に巻き込まれるのはごめんだ。私は私でやらなければいけないことがある。