リューク・ボン・ブルージュ
ミュリエルは本日最後の授業を終えて、さっそく次のターゲットのレイモンドの居場所を探す。発信魔虫をつけていないので、かなり時間が掛かったがなんとか校舎の廊下で友人と話をしている彼を見つけた。
ミュリエルはかねてから考えていた作戦を実行に移す。作戦に必要な数冊の本は彼女の胸にしっかりと抱えてあった。そのまま急いでいるふりをしてレイモンドの肩にわざとぶつかった。抱えていた本が音を立てて床に散らばる。
「あっ!ごめんなさい」
すぐにしゃがんで本をひろうふりをしながら、上目使いでレイモンドを見上げて目を潤ませる。完璧だ!!恋愛参考書に書いてあったとうりにできたはずだ!
レイモンドはミュリエルが本をひらうのを手伝いながらこう言った。
「私のほうこそすまない。狭い場所に広がって立っていたからね」
さすが紳士だ、いう事が違う。彼ならミュリエルが恋人になったら見捨てるようなことはするまい。借金を喜んで肩代わりしてくれそうだ。ミュリエルがうっとりとした表情で彼を見つめる。その様子に気が付いたらしいレイモンドが顔を赤らめた。その隙を彼女は見逃さない。すぐに本を受け取るふりをして、レイモンドの手の上に自身の手を重ねた。
「ありがとうございます。あの、お詫びに今度お茶でもご一緒していただけないでしょうか?」
これはかなり直接的なお誘いだ。あまり急いでターゲットを怖じ気づかせてはいけないが、時間がないミュリエルはできるだけ短期に事を成就させたかった。
ミュリエルは物凄く目を引く美人ではないが、そこそこに整った顔立ちをしている。そのミュリエルに誘われて悪い気がする男はいないだろう。レイモンドは顔を赤らめながら返事をした。
「ああ、私の方がお詫びをしたいくらいだ。そうだ、明日は休みだから一緒にでかけないかい?最近オープンしたばかりのいい店を知っているんだ」
かかった!!!ミュリエルはにやけたくなる顔を何とか表情筋で押さえつけ、しおらしい表情でレイモンドの目を捉えたまま返事をした。
「ありがとうございます、レイモンド様。わたしミュリエルと申します。明日楽しみにお待ちしていますわ」
そういってから周囲の友人らに冷やかされながらも、連絡先を交換して今日は別れた。作戦成功までの第一歩を見事成し遂げたミュリエルは、そのまま庭に出て誰もいなさそうな場所まで来るとガッツポーズをしながら叫びだした。
「やったわ!!明日はデートよ!!これでやっと借金から解放されるわ!!」
「レイモンドを陥落したのか?結構やるな氷の女王」
聞き覚えのある声が背後から聞こえる。ゆっくりと振り向くとそこに立っていたのはやはり今朝の男子生徒だった。ミュリエルは思い切り警戒する表情をして睨んでやる。
「何の用?分かった、あなたあの魔方陣形成法が知りたいのね。あれは私が考案した独自の魔法陣なの。特別にただで教えてあげるわよ」
「あなたじゃない、リュークだ。あそこで落とし物をひらってね、とても興味深い事を書いてあったので落とした本人に確認したかったんだ。グイドにレイモンド、ランドルフ。どういう基準で選んだのかすぐにピンときたよ。お前も所詮金さえあれば誰にでも足を開く娼婦なんだろう」
リュークと名乗った男子生徒は、ミュリエルがクレアと一緒に作ったリストをぴらぴらと顔の前で振ると、冷たい目で言い放った。ミュリエルはたじろいだ。
「あ・・・あなた・・その紙を一体どこで・・・」
「借金から解放されるとか言っていたな。そんなに金が欲しいのか。男をたぶらかせて金を引き出そうなんて、俺のやっていたことよりひどい気がするがな。このリストにお前の名前を書いて全校にばらまいてやろうか。お前の大事なレイモンドも女がいかに醜悪な生き物なのか知っておいた方がいいだろう」
リュークは冷たい蔑むような目でミュリエルを見る。それはもはや人間を見る目つきではなく、汚物でも見ているような冷たい目つきだった。彼の人間離れするほどに整った顔がさらに冷たさを強調する。
「くっ!」
「返してほしいか?返してほしければ地面にひざまづいて俺の靴を舐めろ。そうしたら返してやってもいい」
ミュリエルは迷った。この紙にはターゲットを選んだ条件が詳しく書き込んである。筆跡から書いた人物を特定することは難しくないだろう。しかもこのリストは自分だけではなくクレアも書いたのだ。
このリストが公開されればミュリエルだけでなく、クレアも一生良い縁談が来ないくらいに名誉を傷つけられることは想像に難くない。
どの道このリストが公になれば、ミュリエルと恋仲になろうと思う男子生徒など皆無になるだろう。そうすればあの醜悪な男ハンセルと結婚することになる。それだけは絶対に嫌だった。ミュリエルのとる行動は一つしかなかった。
彼女はリュークの前に膝を付いた。そうして彼の黒い瞳を睨みつけて、ゆっくりと顔を降ろしていった。そのまま舌を出して靴の先を舐めようとしたその時、髪の毛をわしづかみにされてそのまま引き上げられた。
「いたいっ!!」
「金の為にそこまでしようとする根性は買ってやる。お前だってそこらの女と一緒だ。どうだレイモンドのようなひよっこじゃなくて俺にしておかないか?俺に体を売るなら高く買ってやらんこともないぞ」
ミュリエルは自分の髪の毛を引っ張りながら、蔑みの言葉を投げつけるリュークに向き直り、そのまま叫んだ。
「結構よ!体を売る気はないの。確かに借金を返してくれるお金持ちの恋人はほしいけれど、それだけじゃないわ。借金を返してくれれば、私は一生その方に誠心誠意お仕えするつもりよ。必ず幸せにして私と一緒になってよかったと思って貰いたいもの。あなたとは全然違う!!」
瞬間リュークの猟奇的なほどに美しい顔に、なおさらに凶悪な表情が浮かんだ。それでもミュリエルは髪を鷲掴みにされ、屈辱的な言葉を投げつけられようとも凛とした表情を崩さなかった。そのままリュークの目を睨みかえす。
「・・・そうなら、見せてみろ。お前がレイモンドをどうやって幸せにするのか俺に証明してみろ。そうしたらお前のいう事を信じてやる。お前の企みは誰にも言わない」
「望むところよ!!それに私はお前じゃなくてちゃんと名前があるのよ!」
状況的に彼女の方が弱い立場だというのに、いまにも食いつかれるかと思うほどに反抗的な態度で言い返すミュリエルを見て、リュークは悪魔のような笑みを浮かべた。
「わかったよ、ミュリエル・・・氷の女王。レイモンドを幸せにできなければお前の処女は俺がもらってやる。野良犬のように激しく抱いてやるから覚悟しろ」
ミュリエルはリュークの手を無理やりに振り払うと、挑戦的な目をしていった。
「わかったわ。そうなったらどうせあの醜悪な男に抱かれるんですもの。相手が悪魔に変わるだけよ。大差ないわ」
そういって踵を返してあっという間に走り去った。残されたリュークはその右手に残された彼女の金色の髪の束を見て、狩りをするような残虐な目をした。
なんて面白い女だ、でも所詮女なんてみんな同じだ。自分から足を開くか、騒いで抵抗してから開くかの差だ・・・。
リュークは髪の毛を地面に落とし、そのままの姿勢で話し始めた。
「おい、そこにいるんだろう影。あの女の事を調べてくれ。実家の状況から、周囲の者も含めて全部だ」
その瞬間、庭の大きな木の葉がわずかに揺れた。リュークは、そよいでくる風に吹かれるがままに、何かを考えごとをしながら立ちすくんでいた。