ルイス・ド・ラ・バスキュール
ミュリエルは親友のクレアを見つけると半泣きになりながら抱き着いて、すぐに彼女の経験した事を語って聞かせた。グイドがそういう趣味だったことに驚きを隠せなかったが、それと同時に、あんな条件のいい男子生徒に特定の彼女がいなかったことにも納得がいった。
その後に会った、あの失礼な男子生徒の事はクレアには話さなかった。ただでさえ賭けの事で心配をかけているクレアに、余計な気をもませたくなかったからだ。
「時間がもったいないから今日の午後、レイモンドの方を頑張ってみる。うまくいくように祈っていて」
ミュリエルはクレアにそういうと、次の授業に向かった。これは学園の上位10位以内の者だけが受けることのできる特別授業で、実技実演を主に教えている。将来王国の名を背負い、主力戦力として戦いにでるであろう生徒に対して、学生のうちに高度な技を身に着けてもらう事が目的だ。
ミュリエルは選ばれた10人のうちの唯一ただ一人の女子生徒で、それを妬む男子生徒の嫌がらせには毎回辟易していた。今日は屋外練習場で高度魔法の炎と氷を同時に発現させるという、難易度S級の技を練習する。
魔法はそれを発現させるための魔力が必要だが、それだけではない。少しの魔力で威力を高める為に魔方陣を描く必要がある。魔方陣の術式は個人個人違ったものを構築するが、基本的にその者の才が結果を左右する。術式の書き方でその威力や性能が桁が違うほどに変化するからだ。
しかもいくら魔力量が多いとはいえ、高度魔法を使い続ければ魔力を失って死に至る。魔法を使う事は便利だが、その代償は大きい。いかに魔力を使わずに威力の高い攻撃ができるかが大事なのだ。ミュリエルはそういう技に関して他の者より遥かに抜きんでていた。
現在このブルテイン王国は隣国の大国、ユーミア王国と長らく戦争を続けている。ジリアーニ学園は戦争に必要な戦力を育てるのに重要な一角を担っていた。
今日の授業は屋外練習場で行われる。特別授業のため、普段より広い場所が用意されている。たくさんの建物が立ち並ぶ中に、人や竜が配置されている。現在戦争をしているユーミア王国にはたくさんの峡谷があり、竜の産地として有名なのだ。もちろん戦争にも竜が使用される。
これらの物は全て教授たちが集まって作った幻影だ。いくら壊してもいいが、味方の兵を倒してしまうと減点をくらう。
「また氷の女王が来たぞ。張り切りすぎてオレ達まで凍らせないでくれよ」
にやにやと一人の男子生徒が嫌味をいう。彼はルイスといっていつもミュリエルに対してこう言った態度をとっていた。他の生徒たちはミュリエルの事を完全に無視しているというのに、彼だけはいつもつっかかってくる。ルイスは伯爵家の7男で、赤みのかかった髪に青い目で短髪。活発な感じで未だ幼さが残るそばかすと、笑うとえくぼの出る頬が印象的な男だ。
「今から授業を開始する。炎と氷の混合魔法だけで敵を倒すんだぞ。みんな位置について・・・始め!!!」
先生の一言で戦いが開始した。その場に集まった10人全員が魔方陣を指で書き、術式を練る。その隙にも待ったなしに敵兵や竜が襲い掛かってきて、術式を練る邪魔をする。術式が完成する前に兵士に刺されて棄権するもの・・・。術式は完成したものの、うまく発動せずに竜の炎に巻かれて棄権するもの。
実に10分も経たないうちにほとんどの生徒が棄権状態になった。最後に残ったのはやはりというかルイスとミュリエルだ。二人は順調に術を発動し、敵を一人一人倒していく。
「へっ!!オレの方が術が強力だぞ!ほら、大翼竜まで一発だ!」
ルイスは調子に乗ってミュリエルが倒そうとしていた大翼竜にまで、横から攻撃を仕掛けて倒す。あまりに調子に乗りすぎて、背後から攻めてくる兵士には気が付いていないようだ。
「危ない!!」
ミュリエルはすぐさまルイスの背後に狙いを定めて攻撃を放った。ルイスの背後の兵士はミュリエルの攻撃に当たって灰になる。その時ルイスの攻撃をくらって地面に巨体を横たわらせていた大翼竜が、突然ミュリエルの背後で火を噴いた。
「きゃっ!!」
ミュリエルは大翼竜の炎を浴びて、戦闘不能で棄権になった。攻撃が当たっても幻覚なので痛みはないが、火の奇妙な感触が体には残る。ミュリエルは顔を歪ませた。ルイスはそんなミュリエルを見て怒ったような、それでいて悲しそうな表情をしたかと思うと指を突き付けて叫びだした。
「お・・お前が悪いんだ!あんな兵士くらいオレは自力でかわせたんだ!余計な事をするお前が悪い!!」
本当にこの男ときたら・・・。ミュリエルは大きくため息をついてから言った。
「そうね、あなたを助けた私が悪かったわ。次は助けないから大丈夫よ」
ルイスは苦虫を嚙み潰したような顔をして何やらつぶやきながら去っていった。
本当に今日はろくなことがないわ。久しぶりに男子生徒と話をしたと思ったら、どれも最悪な結果に終わった。なにか悪いものでも憑いているのかしら?