リューク絶体絶命
リュークは今かなり追い詰められていた。右腕を抑えうめき声を上げる。
自分を狙っている者の正体は薄々分かっている。それを見越してリュークに護衛が付いていたはずだが、その影の姿はどこにも見当たらない。もしかして影もあちら側に寝返ったのか・・・。
「俺も、ここまでかな・・・」
左腕一本でこれほどの人数の兵士と戦ってかなうはずもない。結果は見えていた。ただ、ミュリエルを逃がすことができたことは、不幸中の幸いだ。リュークは思わず微笑を洩らして、小さな声でつぶやいた。
「処女をいただくはずだったのにな・・・もっと早く無理やり襲っておけばよかった・・・」
リュークの背後には険しい岩の絶壁が立ちはだかっていて、もう後には一歩も引けない状態だ。向こう側からはもう勝利を確信した兵士たちが、ゆっくりとした足取りで向かってきている。
「お前ら一体誰に頼まれたんだ!」
リュークは兵士たちの攻撃を受け、傷ついた体から血を流しながら叫ぶ。兵士たちのリーダーらしきものが先頭に歩み出て、その重々しい口を開いた。
彼はいかにも傭兵といった容貌をしていて、顔にたくさんの傷が見える。その鍛え抜かれた肉体を使い、剣をさやからゆっくりと抜き出す。
「・・・我々は雇い主の名は口にしない。それがプロというものだ。わかるだろう?」
「そのプロが大勢で寄ってたかって、一人のいたいけな少年を殺そうってか。美しくないな」
「ははは、面白いことをいう。お前は私の剣で殺してやろう。何といってもプロだからな。どこをどう切れば苦しんで死んでいくかも知っている。最後には殺して欲しいと自分から懇願するだろうよ」
そう言って剣を構えた。太陽の光が剣に当たって反射してその剣の刃の鋭さが離れた距離からでもみてとれる。
もう終わりかと身構えた時に、兵士たちの方から悲鳴が上がり、同時に白い粉塵が立ち上るのが見えた。
「な・・・なんだ、あれは!!!」
「ゴホッ‥!!ゴホッ‥!!息ができないぞ!!!」
その粉塵の向こうに見えるのは顔の下半分にリボンを巻きつけ、その腰まで伸びた金色のカールの髪を風にたなびかせて、勝利の女神のように立っているミュリエルだった。
「これはボロジュネール領で採れた上質な石灰よ!!!料金を請求するからあとで雇い主の住所を教えてちょうだい!!!」
そういってどこから持ってきたのか袋一杯の石灰をまき、魔法で風をつくってそれを舞い上げさせる。視界を閉ざされた上に呼吸もできなくなり、兵士たちが地面を転がりまわる。
その隙にミュリエルは素早くリュークの傍まで走りよってきて、茫然としている彼の手を引っ張った。
「呆けてないでとっとと逃げるわよ!!リューク!」
「ミュリエル・・どうして戻ってきたんだ・・」
「馬鹿ね!!約束したでしょ!私の処女はあなたのものなんだから、あなたが死んだらわたし一生処女のままじゃないの!!」
「はっ、相変わらず馬鹿なメス犬だな。俺に欲情しているのか?」
それを聞いたリュークが相変わらずの嫌味を言ったかと思うと、ミュリエルの手を握り返して一緒に逃げようとする。その瞬間リュークは不穏な気配に気がついて振り返った。そうして反射的に魔方陣も描かずに剣を手の中に出現させる。その剣と突然襲い掛かってきた剣が重なり合う音が、時を置かずに鳴り響いた。
キャシィィィーーーーン!!!
「ほう・・魔方陣なしで剣を出すとは、やはりかなりの潜在魔力があるようだ!」
先程の兵士たちのリーダーだ。リュークの近くにいたため石灰粉塵に巻き込まれなかったのだ。そのまま何撃も打ち付ける。その度にリュークは利き手ではないほうの腕でその重い剣を受け止めている。このままでは持ちそうもない。
「うっ!!!!」
すぐに打ち負けて、剣が手から離れて飛んでいく。その隙を逃さず、すぐにとどめの一撃が撃ち込まれる!
カシャァァァーーーーン!!!!
「・・・そんな・・・ばかな・・・こいつは何もしていないはずだ・・」
剣はリュークの顔面すれすれで止まっていた。剣を押し込もうにも、これ以上先には剣は一ミリたりとも進まなかった。リーダーはその時リュークの背後にいるものをみとめた。この少女がリュークを守る為に防御壁を張ったのだと理解するには、そう時間は掛からなかった。
「こいつかぁぁぁ!!!!」
彼はそのまま剣の目標をその少女に定めて、思い切り投げた。
「っつ!!!やめろっーー!!!」
リュークがその行動に気が付いて止めようとしたが、一瞬遅かった。リーダーの手から放たれた剣は、そのままミュリエルの体めがけて一直線に飛んでいく。
リュークの防御壁を張っている為、次の一手をとれないミュリエルは、そのまま剣が自分に向かって飛んでくるのを見ているしかできなかった。
だめだ!!刺さる!!
次の瞬間・・・思いもかけない現象が起こった。剣がミュリエルの胸の前1センチのところで止まって、それからすぐに消滅した。
「なんだ・・・一体これは・・・・・」
この少女が何かしたわけではないようだ。では一体どうして自分の魔力の塊である剣が消滅したんだ!?
そうして、傍にいる暗殺対象の少年の顔を見る。
「あ・・・これは・・・まさ・・・」
リーダーはその先を語ることはなかった。何故なら彼は体中の魔力を奪われ、一瞬でその心臓を止めた。リーダーはそのまま地面に崩れ落ちた。リーダーだけではない。他の魔術兵は全て地面に吸い込まれるようにして倒れこみ、動かない肉の塊になっている。
残りの兵士はその様子に驚きながら、どこかにいるであろう敵を探すが見つからない。だんだん視界が開けてきて周囲の景色が目に入り始めた時、彼らはそのまま地面に突っ伏して許しを乞い始めた。
兵士らはみな一様に同じ言葉を繰り返す。
暁の王・・・と。
ミュリエルは混乱していた。目の前にいるリュークの目と髪の色が、いつもの黒色ではなくて真っ赤に変わっていたからだ。リュークの顔を見つめると、彼も驚いているようでそのままの体勢でうごかない。
そこに一人の人物がまるで風のように現れて、リュークの足元にひざまずく。そうして彼にこういった。
「リューク様、あなたさまが我がブルテイン王国、第8代目の暁の王でございます。このたび覚醒をされたようで、おめでとうございます」
その人物は恐らくリュークが影と呼んでいた者なのだろう。その体からあふれ出る研ぎ澄まされた切れる様に鋭い空気は、彼の桁違いの戦闘力の高さをうかがわせる。
「リュークが・・・暁の…王・・?」
驚いた顔のままリュークを信じられないものを見るような目で見る。リュークはそんなミュリエルの方に歩みを進めて、頬に手を添えた。
「ミュリエル・・・俺は・・・」
「あ・・・あの・・リューク?これは、何かの間違いよ。だってリュークは王族じゃないもの。ブリュージュ伯爵様の息子なんでしょう?それにこの髪や目の色は多分、石灰にやられちゃっただけよ。すぐに元の色に戻るわ。だから早く我が家に帰りましょう。腕の手当てもしないといけな・・・・」
ミュリエルは途中で言葉を飲み込んだ。リュークが自分の頭をミュリエルの胸に押し当てたからだ。二人は無言のままその体勢でしばらく立ったままでいた。しばらくすると、ゆっくりとその身を離したリュークがいつもの意地悪な微笑みをしていった。
「約束を忘れるなよ。いつか必ず貰いに行くから、大事に取っておけ」
そうして隣でひざまずいていた人物と一緒に連れだって、去っていった。ミュリエルはその後を追いかけようとしたが、すぐに足を止めた。リュークを追うのはやめようと思ったからだ。
彼は恐らくは、あの暁の王なのだろう。リュークの本当のお父さんはブルージュ伯爵ではないのだ。
もし彼が暁の王なのだとしたら、ミュリエルの手の届く人物ではない。王族の血をひく公爵家のレイモンドを見知っていたのもこれで説明が付く。
ミュリエルは残った兵士たちが、警備兵らに捕らえられていく様を見ながら、茫然と立ち尽くしていた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「影・・・お前ずっと俺の傍にいたんだろう?この前、黒兎に襲われたときも・・・」
影と呼ばれた男はうやうやしくリュークに頭を垂れながら返答する。
「はい、そうです。命の危険に迫られれば覚醒する可能性がありますから、本当に危なければお助けしましたよ」
二人は馬車に乗ってボロジュネール領から出て王城に向かっていた。腕の傷は影が応急手当をしたので、もう痛みはない。馬の足音が響く中、ボロジュネール領の鉱山を窓からじっと見ていた。
「俺はお前らの思い通りになるつもりはないぞ」
「はい、分かっております。貴方は暁の王です。貴方が全てを思い通りになさればいいのです。誰も逆らうものはいないでしょう。それが暁の王というものです。私の代でお会いできるなんて光栄です」
リュークはその端正な顔をほころばせ、猟奇的な笑みをこぼしながらつぶやいた。
「・・・そうか・・・、俺の思う通りにな・・・ふふ・・はははは」




