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洞窟の旅

暗くて足場の悪い道をミュリエルは軽やかに進んでいく。ここに何度も来たという事は嘘ではないのだろう。狭い道や広い洞穴をいくつも潜り抜けて出た先は、大きな体育館はあろうと思うくらいの広い空間だった。


その先にぱっくりと裂けた谷間があって、その下を物凄い勢いで川が流れている。その谷間の底をのぞくと下の川までは10メートルほどありそうだった。どこにも橋らしきものは見えない。


向こうに見える崖の先は一番狭いところ位で4メートルほどだ。人が飛べる距離ではない。マックスとカレンなら可能だろうが、ルイスやリューク、ミュリエルは魔法を使っても飛べるかどうか微妙だ。ヒースに至っては不可能だろう。


「どうするつもりですか、ミュリエル。装備を整えて引き返しましょうか」


マックスが心配そうに聞くが、ミュリエルは笑いながらキルエ糖を両手いっぱいに持っていった。


「みんな私がやることを真似してね。早くしないとこれには時間制限があるのよ」


そういって崖に向かって歩いていく、足場のないところまで来ると、そのキルエ糖を空中にまいた。するとキルエ糖を食べに蛍光コウモリたちが何万匹と集まってきて足場を造る。歩みを進めながらキルエ糖を巻き終えると最後に光る橋が完成して、ミュリエルは反対側に渡っていた。


真っ暗な洞窟の中に浮かび上がる光る橋はとても幻想的で、皆が口を開けて見とれている。


「この隙に渡らないと落ちてしまうから気を付けて。みんなも各自同じようにして、渡ってきてね」


「すげーかっこいいよ。この橋!!」


「でもよく見るとものすごく気持ち悪いですわ。コウモリがひしめき合ってますわ」


「わしは高所恐怖症なんだよ!誰かおぶっていってくれ!」


ヒース以外の者は簡単に向こう岸に渡り終えた。ヒースは泣きそうになりながらも、マックスに手を引かれてなんとか最後まで渡り切った。


一行はその先に歩みを進めた。ミュリエルはいくら道が分かれていても迷うことなくどんどん突き進んでいく。冷たくて凍り付きそうに冷えていた洞窟が段々温かくなってきて、最後には汗が出るくらいに熱さを増してきた。


「もうちょっとよ。頑張って」


そういってミュリエルが足を止めた。そこは行き止まりだった。上下左右、周りのどこを見ても道が見当たらない。


「これは・・どうしたら・・・」


皆が絶望的になり始めた頃にミュリエルがフルミナ蝶を出してきた。ドヤ顔で箱の中から数匹の蝶を放つ。


「みんな注意して見てて・・・」


フルミナ蝶は始め箱の傍で飛んでいたが、突然方向を変えて洞窟の岩の壁の中に消えていった。ミュリエルがその壁の前に立って手を伸ばすと、手が岩の中に吸い込まれていった。そのままミュリエルの全身がまるで岩に飲み込まれるようにして消えていった。


みんなしばらく茫然とした後、彼女の後に続いてこわごわと入っていく。岩を潜り抜けるとそこはもう、火山の火口だった。すざまじい熱気で顔をこわばらせる。


「もしヒュートリム草が生息しているとしたらここしかないの!みんなで手分けして探しましょう!」


目の前は溶岩がうねり、轟音を立てて渦を巻いている。そこから立ち上ってくる熱気が皆を襲い、目を開ける事さえ困難な状況だ。大きな声を出さないと、何も聞こえないくらいに熱風と溶岩が音を立てている。


その時ミュリエルが突然巻き起こった熱気の風に当たって倒れそうになる。


「きゃっ!!」


そこをリュークがすかさず支えて助けた。こんな場所で転んだら軽症では済まない。ミュリエルは胸をなでおろしながらお礼を言った。


「あ・・ありがとう。リューク」


「お前に死なれたら帰り道が分からんからな。お前の命だけは守ってやらないとこっちが危ない」


相変わらずの毒舌だ。周囲の空気があまりに熱いので二人とも汗みどろだ。その端正な顔を汗で濡らしているリュークは、見惚れるくらいに格好が良くてミュリエルの胸が高鳴った。


さすがイケメンだわ。全身が濡れてると破壊力が半端ない。


「早くヒュートリム草を探しましょう!!ここには長時間いるのは無理です!!手分けして探した方がいい」


マックスの指示で皆がヒュートリム草を探して歩く。すると切り立った崖の上に小さな10センチくらいの白い花をつけた草が生えていた。


「あ・・・あれだわ!!ヒュートリム草!!」


ミュリエルが一番に見つけて叫んだ。けれども周囲の轟音で誰も彼女の声が聞こえたものはいなかった。地面からは6メートルほどの高さだろうか。その下には溶岩が赤黒くうねっている。落ちたらひとたまりもないだろう。


でも考えている暇はない。この熱気だともう何分もここにはいられないわ。これ以上時間をロスするわけにはいかない。足場はかなりありそうだから、万が一落ちてもどこかには引っかかるだろう。


ミュリエルはそう決断して、自力で岩壁をよじ登り始めた。手で岩の出っ張りを掴みながらゆっくりと登っていく。


「ミュリエル!!危ないから、やめてください!!」


マックスがミュリエルの行動に気が付き、大声を出してミュリエルの方へ駆けていく。その時にはもう既にミュリエルはヒュートリム草に手が届く位置まで来ていた。何とか手を伸ばして草を根元から抜き取る。


無事に根っこから抜けたと思ったら、体を支えていた足元の岩の出っ張りが突然崩れた。その瞬間、バランスを崩してミュリエルは崖から滑り落ちた。


「ミュリエル!!!」


その時、すぐその下で滑り落ちてくるミュリエルの体を受け止めたのは、リュークだった。自身も頼りない体勢で崖に一本の手だけでぶら下がっている上に、落ちてくるミュリエルを抱きとめたのだ。かなりの衝撃が腕にかかる。


「っつ!!早くどこかに掴まれ!ミュリエル!!」


「リューク!!!」


ミュリエルは何とか体を支える岩を探し出して足をかけ、ゆっくりと地面に降りた。もう一度フルミナ蝶を使って洞窟への道を開くと、すぐさまリュークと二人で倒れこむように戻った。ミュリエルは右手の中にあるヒュートリム草をみて安心して、リュークの方を見た。リュークは右腕を抑えて苦しんでいる。


「リューク!どうしたの!!」


慌ててリュークの抑える腕を見ると、腕は恐らく上腕部で折れているようだった。ミュリエルは息を飲んだ。かなり痛いのだろう。顔には苦痛の表情が浮かんでいた。そこにみんながフルミナ蝶を使って後に続いて洞窟に戻ってきた。


カレンがリュークの腕を見て無表情で言う。


「これは、ぽっきりいってそうですわ。苦痛を和らげる魔法をかけときますけれど、あまり効きませんから期待しないでください」


そういって指で魔方陣描いてリュークの腕に当てる。


「ミュリエル!!考えなしにヒュートリム草を抜いたんだろうけど、バゼル液が偶然本体から離れていたからよかったものの、そうじゃなければ攻撃されていたんだよ!!ちゃんと考えていたのか?!!」


ヒースがミュリエルが採ってきたヒュートリム草を、大事そうに入れ物にしまいながら言った。


「ご・・・ごめんなさい。何も考えてなかったわ」


「まあいいじゃないか。これでヒュートリム草も手に入ったし、ミュリエルも反省している様だし、後は帰るだけだ」


ルイスがミュリエルを庇うようにしていった。リュークはカレンの鎮痛魔法のお陰で少しは痛みがましになったらしく、なんとか動けるまでになっていた。みんながリュークを気遣ってくれるが、それを全て断って一人で歩く。


「あの・・・リューク。せめてその荷物だけでも私が持つわ。だってそもそも私が原因でできたケガだもの・・・」


リュークは青白い顔をしながらも、相変わらずの意地悪な笑顔になっていった。


「そうだ、全部お前の責任だからな。どうせだったら俺をおぶっていってくれ」


「そ・・・それは無理!!」

そういってリュークは自分の荷物をミュリエルに押しつけた。ミュリエルは体の前にリュークの荷物を抱え、背中に自分のリュックを背負っている。ルイスやマックスがその荷物を代わりに持とうとするがミュリエルは断った。


自分のせいで怪我をしたリュークの役に立つことで、少しは罪悪感がましになるからだ。憎まれ口を叩いてはいるものの、リュークの姿を横目で見ると顔色は悪いし冷や汗まで流しているのが分かる。


帰りは何事もなく無事に巨大蛙のところまで戻った。巨大蛙を再びミュール蛇で固まらせると、ミュリエルは安心してほっとした表情をした。


良かった。みんな無事でヒュートリム草も手に入れることができたし。あと少しで出口だわ。それに早くリュークを医師にみせないと・・・。


「きゃっ!!!」


そう思っ瞬間に突然目の前の岩が動いて襲ってきた。反射的に攻撃を避けて、岩場に思い切り肩をぶつける。ぶつけた肩を庇いながら動く岩の方を見ると、そこにはサッカーボール大の透明なスライムがうごめいていた。


「バゼル液が本体を探しに来たんだ!!早く魔力を注いで倒すんだ!!」


ヒースが自分のリュックサックに入ったヒュートリム草を、胸に大事そうに抱え込んで守りながら叫ぶ。


マックスとカレンが目を合わせて魔力を練り、闘いを始めようとする。しかしその一瞬をついてスライムは無防備なヒースに向かって襲い掛かっていった。


「ひいいいいいいーーー!!!」


魔力を持たないヒースでは戦いようもない。みながヒースの命を危ぶんだ時に、何故かスライムはヒースの鼻の先でその動きを止めた。そうしてゆっくりと後ずさったと思うと、勢いよくどこかに消えていった。


「・…なんだったんだ・・・今の・・・」


ルイスが不思議に思ってヒースの方に駆け寄る。するとヒースの鼻の先に一匹の紫色をしたアリのようなものが付いているのが見えた。指でつまみあげて蛍灯虫の灯りをあててよくみてみる。


「もしかして・・・これ・・・?」


あまりの恐怖に茫然としていたヒースが突然動いたかと思うと、そのアリをルイスから取り上げてじっくりと観察する。


「こんな生物は初めてみた。体からなにか分泌液を出しているみたいだ」


そういってアリを掴んだ指をこすり合わせて確認する。指からはねっちょりと粘着質の液体が付いていた。それを見てルイスが小さく悲鳴を上げて、手を自分のズボンにこすりつけた。ヒースは慎重にそのアリを試験管にしまってふたを閉めた。そうしてミュリエルに大きい声で問いかけた。


「ミュリエル!このアリをこの洞窟で見たことはあるか?!」


「・・・私もう何回もここに来たことがあるけれど、こんな変なアリを見るのは初めてよ」


「もしかしてこのアリがスライムが嫌悪するミーアなのかもしれない!」


マックスがそう叫ぶと皆が弾かれたようにして、蛍光虫の灯りを頼りにアリの巣を探した。しかしそう簡単には見つからず、長くかかりそうだと判断したミュリエルはこういった。


「あの、リュークだけでも早く洞窟から出た方がいいんじゃないかしら。かなり痛そうだし・・・わたし一緒に付いていくわ。ここからなら一本道だしみんな道も分かるでしょう」


「できるならそうしてくれ。どうせこの腕じゃ、アリ探しもできやしない」


リュークが右腕をいまいましく見やっていった。


そうしてミュリエルはリュークと二人で洞窟を出た。そこは見慣れたボロジュネールの森の中だ。後ほんの少し歩けば屋敷に着く。しかしずっと暗闇でいたため突然の太陽の光に目が慣れず、何も見えない。


「早く来い!おいていくぞ!」


「ちょっと待ってリューク、まぶしくて前が全然見えないわ」


目を開けることができないので、しばらく目を閉じたままでいると、突然リュークがミュリエルの腰を押して後方に下げた。何事かと目を開くと飛び込んできたのは、思いもよらない光景だった。


「きゃっ!!これどういうことなの?!リューク!」


洞窟から出たばかりの草地にいるリュークとミュリエルを囲い込むように、剣を持った兵士らが十数人ほど殺意を放ちながら立っていた。あの時にリュークとレイモンドを襲った兵士たちと同じ格好をしている!!


リュークがミュリエルを庇うように間に立っているので、リュークの背中で兵士らの様子があまり分からない。


「お前は逃げろ。こいつらの狙いは俺一人だ」


「な・・・なに馬鹿なことを言ってるの!!私はリュークの保険でしょ!?魔術さえ使えばこんな奴ら私一人でもどうにかなるわ!」


そういってミュリエルはリュークの前に出ようと前方に進み出た。それをリュークが体全体で止めさせる。


「こいつらこの間みたいな普通の兵士だけじゃない。よく見てみろ、魔術を使う魔術兵だ。右手が使えない俺とお前だけじゃ、結果は見えてる。お前だけでも助かれ」


どうしてこの男は口を開くといつも最低最悪の事しか言わないのだろう。この私によくもそんな残酷なことをいえたものだ。いつも口を開けば憎まれ口しか叩かない男が、そんな殊勝をいったらなおさら見捨てられないのが分かっているではないか!


ミュリエルは泣きそうになるのを抑えて、リュークのその眼を見つめて諭すように言った。


「私は学園を退学になってももう構わない。借金を返す算段も付いたし、ハンセルと結婚することも無いのよ。だから、ここで戦うわ。あなたを絶対に見殺しになんてしない」


そうして指先に魔力を込めて魔方陣を描いた。敵を見ると総勢15人はいるだろう。しかもその中の半分以上は魔術兵らしく、剣を持たずにミュリエルと同じように指で魔方陣を描いている。


描いている魔方陣からみるに彼らもかなりの腕前だ。しかも実戦経験もミュリエルよりあるのだろう。状況はかなり不利だ。戦うより洞窟の中に逃げこむことを考えた方がいい。そうすればマックス騎士様やカレン騎士様がいる。でもこいつらがやすやすと私たちを洞窟の中に逃がしてくれるとは思わない。入り口付近で直ぐに捕まってしまうだろう。一体どうすればいい?


考えても答えは見つからない。そうこうしているうちに最初の魔術兵が攻撃を開始した。多勢で少人数と戦うときのセオリーどおりに、飛び道具ではなく魔法で作った剣を使ってきた。リュークも魔方陣で剣を組成して対抗する。


二人の剣が絡み合う音が森の中に響く。ミュリエルがその隣で炎の玉を数多く出現させて、敵の方向に向けて打ち出した。そのとたんリュークがミュリエルを洞窟の方に突き飛ばして、ミュリエルは思い切り尻もちをついた。


「いたっ!!な・・・何するの!!リューク!!」


「そんな腕前じゃ保険にすらならん!そんなに俺の役に立ちたかったら、さっさと助けを呼んで来い!」


そう叫んでリュークは洞窟の入り口とは反対の方向に駆け出した。兵士たちの狙いはやはりリュークだったらしく、全ての兵がその後を追いかけていく。後に残されたミュリエルはその場に座り込んだまま茫然としていた。


「リューク・・・リューク・・・」


さすがにミュリエルでもリュークの真意は理解できる。彼はミュリエルに安心して逃げる理由を与えて、自分は死ぬ気で敵をひきつけたのだ。


「あの!!馬鹿!!」


ミュリエルは一瞬洞窟に入って助けを呼ぼうかとも思ったが、みんながいる巨大蛙のあたりはどんなに急いでも15分くらいはかかる。それからリュークを助けに戻るのでは到底間に合わないだろう。


ミュリエルは拳を握って決意した。そうして目的の方向に向かって走り出した。



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