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ボロジュネール子爵家

あの野郎、本当にやりやがった。


ミュリエルはいまベットに寝たまま、ボロジュネール家の大広間にいる。目を開ければそこは見知った懐かしい家、しかも大広間のど真ん中だった。


どうして大広間だったのかはおおよその見当はついている。ボロジュネール家の扉はとても幅が狭い。その方が木材代が節約できるからと言って、ミュリエル自身がそうさせた。なので彼女がジリアーニ学園でいつも使っているこのベットが入らなかったのだろう。


しかも上でミュリエルが眠ったままなのだ。横にして搬入するわけにもいかず、かといって外に置いておくこともできずに結局大広間という選択肢しかなかったのだ。


それにしてもベットごとジリアーニ学園からボロジュネール家まで運ぶなんて正気の沙汰ではない。普通に馬車に乗っても8時間はかかる。ということはミュリエルはあれから少なくとも8時間以上は続けて寝ていたという事になる。


「あ・・・姉さまが目を覚ましたよ。姉さまウサ耳可愛いですね」


ギュンターが可愛らしい顔でベットの上に飛び乗ってきた。ミュリエルはリュークを恨む凶悪な顔から一転、優しい表情になっていう。頭の上のウサ耳が振り切れんばかりに喜んで揺れている。


「ギュンター、あなたの方が可愛いわよ」


「お嬢様、突然こんなに位の高い方たちがたくさんいらっしゃって、もう私もポールも驚いています。それでどなたがお嬢様の婚約者なのですか?」


侍女のリリアンが頬を赤らませながら、小さい声で尋ねる。何度も言うがミュリエルは応接間のど真ん中でベットに横になっている状態だ。


「誰が来てるの?もしかしてあの場にいた人全員だとしたら、我が家じゃ収容しきれなかったでしょう?」


「えっと、男性が4名と女性が2名です。私が面識があったのはクレア様だけです、お嬢様」


ふむふむ、どうやらあの場にいた人がみんな来たようだ。あれ?男性4名?


そこに学園の制服ではなくて普段着に着替えたクレアが姿を現した。背後に誰かもう一人の人物がいるのが見える。


「あ、ミュリエル、目が覚めたのね。私の婚約者を紹介するわ。ヒース・カースティン様よ」


「王帝科学研究所の防衛部門第一研究員のヒースだ。クレアから噂は聞いてる。なんでも後3週間で誰でもいいから婚約しなきゃいけないとか、災難だな。相変わらず短絡的な向こう見ずな性格なわけだ」


むむ・・・!!ミュリエルはウサ耳を真ん中で折ってヒースの方に向け、威嚇する。


「ごめんね、ミュリエル。ヒース様は凄く正直なの。でも本当の事しか言わないから大丈夫よ」


いや・・・それは人としてどうなのだろう?という事は、今まで言ったことは本当の事だというわけか。まあ、自覚はあるけどもね・・・。



ヒースと名乗ったその男は小柄で、緑がかった茶色の長い髪を後ろで一つに結わえて、瓶底のような眼鏡をかけている典型的な研究員の姿だ。いかにもな白衣をTシャツの上に羽織っている。


「だいたい黒兎に侵食されるなんて、よっぽどとろいな。でももう5日目だろう?だったらこの薬で何とかなるはずだ」


そういって黒い丸い丸薬を自分の手に乗せて見せた。ミュリエルはその丸薬から醸し出される悪臭に鼻をつまんだ。


「うぅぅぅえ!!」


気持ち悪くなって思わず開いた口に、ヒースはすかさず丸薬を放り込んでミュリエルの頭の頂点を拳でたたいた。


「んぐぉぉ!!」


「こうやってウサギには薬を飲ませるんだ」


「まあぁ、さすがヒース。博識ね・・・」


「お嬢様!私お水とか持ってきましょうか?」


「姉さま!!大丈夫ですか?お顔の色が悪いです!」


ミュリエルは丸薬の悪臭に耐え、極限の後味の悪さを味わった後に口を開いた。


「だ・・・だいじょうぶじゃないぃーーーでも、あれ?」


鉛のように重かった体にだんだん力が湧いてきた。どんよりとしていた頭もすっきりとして、息を吸うのも楽になった。ミュリエルはベットから起きだして床に立ち上がり、自分の体が自由に動くのを確かめた。


「やった!!私、元気だわ!ありがとうヒース様」


「お嬢様、先にお着替えをした方がよろしいかと・・・」


リリアンがまた耳元で囁く。ミュリエルは学園の自室で寝込んでいたところを、勝手に連れてこられたのだ。その時のままのネグリジェ姿で、裸足で初対面の男性の前に立っている。これは貴族の令嬢としてはあり得ない失態だ。顔を真っ赤にして謝罪をすると、走って自室に戻った。


すぐに自分の服に着替えてから、真っ先に父親のルドガーの部屋による。寝室の扉をノックして声をかける。


「お父様、ミュリエルです。入ってよろしいですか?挨拶に参りました」


「あ・・ああ、ミュリエル。入りなさい。ちょうどいい、皆さんがいらっしゃっているよ」


皆さん?不審に思いながらもその扉を開けると、中にマックスとリュークがルドガーの寝ているベットの前に揃って立っていた。ミュリエルは礼をすると中に入り、父親に何事かと目で合図を送った。


まさかリュークの奴、レイモンドの事とか処女を賭けてしまったこととか、お父様に言ってしまったのではないだろうな?!!


「ミュリエル、心配しなくていい。彼らはうちの鉱山の調査許可を貰いに来たんだ。借金の取り立てではないよ。ところでそのウサギの耳は、一体何の仮装なんだい?」


ルドガーはベットの上で体を半分起こしたまま、久しぶりに会う娘の顔を見て顔をほころばせた。ミュリエルはルドガーの言葉に反応してすぐに頭に手をやる。そこにはいまだにあのウサ耳がこれでもかと存在を主張していた。


「えーーーー!!どうして?!私もう元気になったのに!!」


きっとヒースのあの薬のせいだ!!大体、黒兎に噛まれて衰弱した体に効く薬なんて聞いたことがない。


ミュリエルが怒ったのでウサ耳が立ち、毛が逆立っていた。だがウサ耳以外は特に問題もなく、あと2日間はベッドで寝たきりのはずのミュリエルが動けるようになったのだ。結果的に良しとしよう。


とにかく気を落ち着かせてミュリエルは、父ルドガーのベットに駆け寄るとその手を握っていった。


「お父様、わたし今から皆さんと火山に行こうと思っていますの。あの道を通る事になりますけどいいですか?これはブルテイン王国の存続にも関わる大事です。どうか許可をください」


「あの火山にか!もう何年も使っていない道だぞ、ミュリエル。お前迷わずに行けるのか?私でさえ子供の時に一度通っただけだ。お前は一度も行ったことがない筈だぞ?!!」


「まあ、そこは大丈夫ですわ、お父様。ここに王帝魔術騎士様もいらっしゃいますし、バスキュール家のルイス様や魔術騎士のカレン様もいらっしゃいますので、安全は保障されています」


ミュリエルはわざとリュークの名を抜いて説得した。ルドガーは迷いながらも王国の一大事だと聞いて、しぶしぶ許可を出した。マックスが最後にルドガーの部屋を去る前に、騎士の誓いのポーズをしてから言った。


「ルドガー子爵、私はこの騎士勲章にかけても必ずお嬢さんをお守りします。心配なさらないでください」


王帝魔術騎士の制服を着てルドガーに敬意を払うために白手袋と帽子まで装着し、完璧なポーズで誓うマックスは、まるで物語から抜け出たかのように完璧な騎士そのものだった。


ミュリエルはその姿に見とれて少しの間動けなかった。するとリュークが突然ミュリエルの腕を掴んで部屋を出る様に促した。



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