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リュークと黒兎

あと一か月・・・。


「どうしたの?ミュリエル何か言った?」


「あと一か月しかないのに!どうやって恋を見つければいいの?!恋って何?どんな感じになるものなの?考えすぎてさっぱり訳が分からなくなっちゃったわ!!」


午後の授業が突然休校になり、暇になったクレアとミュリエルは、学園の敷地内の森にピクニックに来ていた。バスケットにサンドイッチを用意し、飲み物にミントの葉を浸したレモネードを持ってきている。


野花が咲き誇る芝生の上にシートをひき、周りを木に囲まれ木漏れ日を全身に浴びて、ゆったりと自然に浸っている時にミュリエルは一人で立ったまま憤っていた。クレアはシートの上でお上品に座ってレモネードを一口すすってから小さくため息をつくと、冷静にゆっくりと語り始めた。


「ミュリエル、先人はこんな言葉を残してくれたわよ。《恋は見つけるものではなくて、落ちるものである。愛は恋を育てる過程でできる副産物である。By ブレンドン・キース》」


「何よそれ・・・クレアだって恋愛したことないくせに!!」


「あら、私はもう婚約者がいるわよ?話した事なかったかしら?」


「えっ!!!?」


そんなの初耳だ。何でも幼馴染のお兄さんで小さいころからの許嫁らしい。ヒースという名の彼は今は王帝科学研究所で勤務していて、クレアが来年学園を卒業したときに結婚する約束だという。カースティン子爵の嫡男らしい。


「そういえば、言わなかったわ。だってミュリエルってば恋愛方面、全然興味なさそうだったもの」


ぐっ、そういわれれば、心当たりは多分にある。でも何だか先を越されたようで悔しい。


「でもいいじゃない、もしあと一か月たっても恋人が出来なかったら、マックス騎士様が結婚してくれるんでしょう?そのまま、恋しないほうが一番いいと思うわ」


「結婚じゃなくて、偽装婚約だってば!!」


「そうなのか?尻軽女。ルイスだけじゃなくマックスまで手懐けたのか?相変わらずお前は節操がないな」


「ひぇっ?!!」


いきなり数メートル先の草むらから黒い影が動いたと思ったら、その影がしゃべった。よく見てみるとそれは人で、しかもミュリエルも良く知っているあの男だった。


どうしてこの男はこう神出鬼没なのだろう。リュークとはいつもこういう出会いばかりだと思う。っていうか奴と会うときは偶然以外あり得ないからだな。約束なんてしたくもない。


「どうして、ここに?!!あっ!私をつけてきたとか!!このストーカー男!」


リュークは上半身を起こしたままで、その端正な顔にけだるそうな表情を浮かべた後、あくびをしながら答えた。


「お前らが後から来たんだ。俺はここで昼寝をしてただけだ。お前こそ俺をストーカーして寝込みを襲おうとしていたんじゃないか?」


相も変わらず毒舌が冴えている。リュークは最近絶好調らしく、時々学園内であったら必ずこうして嫌味を言って最後にキスをしては去っていく。いつもこのパターンだ。ミュリエルといえばキスを避けたいのに、タイミングを逃して結局は唇を奪われてしまう。最近リュークとのキスはキスとは思わずに、唇の接触だと思いこむようにしていた。


「マックスは女嫌いだと思っていたがな。ただのロリコンの変人趣味だったのか。これで納得がいった」


草の中で上半身を半分起こしたまま、反対の手で目にかかる髪をけだるそうにかき上げる様は、男だというのに色気まで感じる。婚約者がいるというのにクレアの頬が、そんなリュークを見てピンクに染まった。ミュリエルは神様を呪った。どうして男に色気を与えて自分には授けなかったのかと・・・。


その時、リュークの背後の草が揺れて黒い影が動いた。ミュリエルはそれが何か一瞬で分かったが、いい考えを思いついたのでそのまま黙っていることにした。頬が自然に緩んで笑ってしまう。


「なんだお前、笑っているのか?気持ち悪いな」


「リューク、今日は女の子連れてないんだね。もしかしてあまりにへたくそだったんで振られちゃった?やっぱり気が変わって、あの魔方陣形成法教えてほしかったら、地面にひざまずいて私の靴を舐める事ね」


「ミュ・・・ミュリエル!!!??あなたリューク君に何言ってるの?!」


クレアはミュリエルとリュークの確執を知らない。なのでクレアにとってリュークはただの女たらしの同級生としか認識されていなかった。なのにミュリエルが突然、卑猥な話を始めたので驚いたらしい。


ガサッ!!!


そこに間髪入れず、先ほど見た黒い影がリュークの首元を襲った。一瞬の出来事だった。リュークの首元に喰らいついたその黒い毛玉の球体は、彼が叫んで引きはがそうとしても無理だった。


「っつ!!!!なんだこれは!?全然はがれないぞ!くそっ!!」


リュークは突然の未確認物体の襲撃に跳ねる様に立ち上がり、なんとかサッカーボールくらいの黒い毛玉を引きはがそうと躍起になるも、その努力は実らない。だんだん彼の表情に絶望が見えてきた。


この様子ではリュークは黒兎の事を知らないようだ。これはもっと面白くなるぞ・・。くふふ。


「きゃぁぁぁぁぁ!!!!!!黒兎がでたぁぁぁぁぁ!!!!!」


クレアが金切り声を上げて、ピクニックの道具もそのままにして、走り去っていく。


そうだ、これはあの学園の生徒たちが一番嫌がる黒兎だ。これに噛みつかれたが最後、黒兎が満足するまで魔力を吸わないと離れてくれない。無理やり引きはがそうとすると、自分の体がただでは済まない。リュークの首元の毛玉から二つの小さな耳がぴょこんと覗いている。


「無理やり引きはがさないほうがいいわよ。それは黒兎よ。力ずくで何とかしようとすると、首の肉を全部持っていかれちゃうわよ、リューク」


リュークは抵抗をやめて、首にくっついて離れないその黒兎をそのままにしてミュリエルを思い切り睨んだ。切れ長の瞳で髪をそよ風になびかせて草原に立つリュークは、たとえ首に黒兎をつけて睨んでいるとしても、見惚れるくらいかっこいい。


「・・・だからお前さっき笑ってたんだな、ミュリエル」


「さあ、なんのことかしら。私だって襲われるかもしれなかったんだから、そんなことあるわけないじゃない。あっ、その調子じゃ明日の食堂のフードテイストデイには行けないわね。気の毒に・・・私の食べ残しくらいは持って行ってあげるわね」


一年に一度のフードテイストデイ!これは学園の食堂で来年出すメニューの試作品評を兼ねていて、新しい料理が少しずつ小さなお皿に盛られて提供される。


学園の食堂はいくら食べてもただなのだ。貧乏子爵令嬢を16年もやってきているミュリエルにとって、最高品質の料理をたらふく食べられる学園生活はバラ色だった。


とりわけ年に一度の、おいしいものがたくさん少しずつ食べられるフードテイストデイには、格別に思い入れがあった。数日前から食べる量をセーブして、当日に臨んでいる。


リュークは鋭い視線でミュリエルを睨みつけたまま、彼女の方に向かって歩いていった。


「これは本当に取れないのか?全然痛くはないが、毛がむずむずして気持ち悪い。それに心なしかこいつ魔力を吸おうとしてないか?」


ピンポーン、せいかーい!!


ミュリエルは声を上げて笑い出したくなるのを我慢して、胸をひくつかせながらリュークの顔を見ていった。いくら睨まれても可愛い黒兎を首からぶら下げているせいで一つも怖くない。


「さあ、どうなのかしら。医務室に行った方がよろしんじゃなくて、リューク?このままだと魔力を全部吸い取られて死んでしまうかもしれないわよ」


これは全部はったりだ。黒兎はかなりの魔力を吸い上げるが、標的が死ぬまで魔力を摂取したりはしない。ただ魔力をごっそり取られて数日間は動けなくなるだけだ。これは黒兎の生きる知恵だろう。餌の対象を殺さずに何度も魔力を手に入れるための・・・。


すると突然信じられないことが起こった。一度喰いついたら満足するまで離れないはずの黒兎がリュークからその体を離し、ミュリエルの開いているブラウスの胸元に喰らいついてきた。


え・・・・?なんで?



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