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記憶の底に封印されていた名前

まず、謝罪しなければならない事があります。


まず、更新が延び延びになって大幅に遅延した事をお詫びいたします。言い訳させていただくなら、GWの疲れでなかなか書き進まなかったのと、もう一作の方に手間取っていたからです。


今後も更新遅れが日常的になると思いますが、気長に更新を待って下さいますようお願いします。


また、前話の後書きで英樹が父親と釣りに行く話と予告しましたが、さっさと済ませるつもりだった、友達と出掛けるの部分が想定外に永くなったので、ここで話を分断し釣りに行く話は次話に持ち越す事にしました。


それでは、本編をお楽しみ下さい

俺が2017年から1986年にやって来て2日目、つまり4月2日水曜日。


この日は朝からゲーム機を起動させて昼ごはんまではゲームに熱中した。この時代のゲームは21世紀のとは違い、かなり単純な内容ではあるが、単純であるがゆえに熱中しやすい。


俺は、かつて小学生時代の俺自身がゲームに熱中していたのと同じように、朝からゲームで遊びまくった。


昼ごはんは今日もパンだったので、さっさと食べるとまたゲームに熱中した。


小学生時代にクリアした記憶のあるロールプレイングゲームを一からやり出してみたのだが、案外面白くつい熱中してしまった。


ロールプレイングゲームで遊び始めてどれくらいたったのだろうか、俺は少し疲れを感じたのでデータをセーブしてからゲーム機の電源を落とした。


テレビを消して、座っていた座布団を折り畳み、枕がわりにして絨毯の上に寝転がった。


目を閉じて少しウトウトしていると、一階の方で電話が鳴っている。


最初は姉がいれば出てくれるかと思っていたが、誰も出ないのでずっと電話が鳴り続けている。


しかたないので、俺は一階に降りて電話を取った。


「はい、田村です」


「おお、ヒデか!」


「ジュンか?どうした?」


「明日、弁当はお母さんにちゃんと頼んであるか?」


電話の相手はジュンなのだが、会話の意味がわからない。


「弁当か…」


「ヒデ、まさかまだ頼んでないの?絶対、今日のうちに頼んどけよ。明日は11時に俺の家に集合。じゃあな!」


「おい、待て。明日だったっけ?」


俺はジュンの言ってる事がわからないので、探りを入れてみた。


「明日だろ。忘れたのか?他のみんなにも言ってあるから、忘れずに来いよ。じゃあな」


ジュンは電話を切ってしまった。結局、何の事かわからずじまいだった。


(春休みに弁当を持ってジュンの家に集合するような用事があっただろうか?)


俺は小学生時代の記憶を呼び起こそうとするが、思い出せない。


いくら考えてもしかたないので、ジュンの言うように弁当を持ってあいつの家に行けばよいと思った。


母が夕方に帰って来たら弁当を頼んでおかなければと考えた。

俺は晩ごはんの時間に母に尋ねる事にした。


「明日の弁当なんだけどさぁ…」


「ちゃんと作るわよ、忘れてないから」


どうやら、大人の俺が来る前に既に頼んであったようだ。


「バス代を行き帰りで1000円渡しとくから、財布にちゃんとしまっときなさい」


母は席を立つと、両親の寝室にある自分の財布から1000円札を持って来た。


俺はそれを受け取るとすぐにポケットにねじ込んだのだが、結局のところ明日ジュン達と何をするのかがわからないままだった。


思い切って母に聞いてみてもよかったのだが、母の話しぶりだと、俺が明日の事を知らないと変に思うに違いない。なるべく、平穏無事に暮らすべき状況だし、明日になってジュン達に会えばわかる事なので、あえて聞かない事にした。


そして翌日。1986年4月3日木曜日。つまり、ジュン達と弁当を持ってどこかに行く日である。


俺は約束の時間に自転車でジュンの家に行った。


ジュンの家は同じ町内だから、歩いて行ける距離ではあるが、バスに乗ってどこかに行くとなると、おそらく、福山駅からバスに乗るはずだ。駅まで出るなら自転車が必要と考えたのだ。


ジュンの家に着くと、門の前に2台の自転車が止まっている。既に誰かが到着しており、姿が見えない事から判断すると家に上がってるのだろう。


俺は玄関前に立つと呼び鈴を押した。


ほどなくして玄関のドアが開いてジュンの母親が顔を出した。


「あぁ、英樹君ね。もう、みんな来てるわよ」


ジュンの母親はそういうとジュンを呼んだ。


「淳平、英樹君来たわよ」


「すぐ行く」


ジュンは返事をすると、ドタドタと階段を駆け下りて来た。更に、ジュンの後ろに誰かが続いて下りて来ているようである。


「おぉ、ヒデ来たか。じゃ、行くか」


ジュンはそう言うと庭から自転車を持って来た。


ジュンに続いて階段を下りて来た連中も玄関までやって来た。


(あぁ、こいつらか)


ジュンに続いて階段を下りて来た二人。


一人目は『小池伸二』で通称はイケ、坊主頭で背は低いが横幅のあるガッチリした体型だ。こいつは俺やジュンとは違う町内に住んでおり、5年生まではクラスも違っていたので遊んだりしていなかったのだが、5年生から同じクラスになって一緒に遊ぶようになった。テレビゲームが得意で、俺の家で一緒にプレイする事も多かった。勉強は相当出来るヤツで、中学は私立に進学したはずだ。


二人目は『藤井大介』で通称フジダイ、普通は『大ちゃん』と呼ばれそうなものだが、他に『大ちゃん』と呼ばれるヤツがいたので、こいつはフジダイとなってしまった。小柄で髪は天パ、更にギョロ目の一見ズル賢そうなヤツに見えるのだが、見た目に反してスポーツ万能なヤツだ。


ちなみに、ジュンは背が高く美少年タイプのルックスだ。これで勉強やスポーツが得意なら女子にモテるのだが、残念ながらジュンは勉強もスポーツもからっきしである。ただし、人並み外れたコミュ力があり、バカだけど一緒にいれば楽しいヤツというのがみんなの評価だった。


「イケもフジダイも来とったんだな。悪りぃ、待たせたかな。他に行くヤツはおったか?」


俺は一応三人に謝っておいてから尋ねた。


「他に? これで全員だよ」


ジュンが答えた。


「揃ったんなら駅行こうや」


「よし、行くか」


フジダイの掛け声に他の三人が呼応して、俺たちは自転車にまたがり駅へ向けて出発した。


福山駅までは自転車で10分ほどで着いた。


21世紀の今日では、福山駅に自転車を停める場合は専用の駐輪場に停めなければならないが、1986年だと、駅前のデパートの駐輪場や大型スーパーの駐輪場だけでなく、駅前の道路の歩道部分に自転車を停めても何ら問題はなかった時代である。


俺達も歩道にズラリと並んだ自転車の列の中に自転車を停めた。


さて、これからバスに乗るわけだが、果たしてどこに行くのだろうかと俺は考えた。


小学生時代の俺達が弁当を持って出掛けるとすれば、まず思い付くのは魚釣りだ。しかし、今日は釣り道具を持っていない。


じゃあ、気候の良い春休みだから、ハイキングにでも行くのだろうか?


しかし、友達とハイキングに行った記憶が無い。


結局、何もわからないまま、俺は三人の後を付いて行くだけだった。


福山駅前のバスターミナルにやって来た俺達はバスの時刻表を確認した。


「尾道行きは何時かな?」


イケが独り言を言いながら時刻表を眺めている。


(尾道行きか、という事は福山駅から西に向かうわけだな)


尾道というのは福山市の西隣にある町である。


「11時40分だな」


俺は時刻表を眺めながら言った。


「あと10分あるな。じゃあ、切符買って来ようぜ」


フジダイが言って切符を売っている販売所を駆け出した。


バスなのだから現金で清算すればよいのだが、子供にとっては切符を買うという行為も楽しいのだろう。フジダイに続き、俺、ジュン、イケの順番で切符売り場に並んだ。


「どこまで行くの?」


切符売り場のおばさんがフジダイに尋ねた。


「ながえぐち」


フジダイが答える。


(ながえぐち、長江口の事か)


長江口というのは、尾道駅の二つ手前のバス停である。福山市民がバスで尾道に向かい、長江口で降りるという事は行き先は一つしかない。


(行き先は千光寺公園だ!)


千光寺公園というのは、尾道市の市街地近くの山の頂上にある公園で、福山からバスで行くには長江口で降りるのが一般的だ。山の頂上へはロープウェーで上がる。


春休みのこの時期に、弁当を持って千光寺公園に行くとなると、まず間違いなく花見に行くのだろう。


普通なら福山城で花見をするはずだが、誰かがちょっと遠くに行ってみようと言い出したのだろう。


外出の目的がわかったので、俺は少し気分的に楽になった。


そこで、少し探りを入れてみる事にした。


「ロープウェーじゃなく、歩いて上がってみるか?」


俺はジュンに言ってみた。


「ロープウェーに乗るのが楽しみなのに、歩いて上がるわけないだろ」


ジュンはあきれたように言った。


「だよなぁ〜」


俺は苦笑しながら言ってるうちに、切符を買う順番になった。


「長江口まで」


「みんな長江口まで行くけど、友達同士かい?」


「はい」


「今日はいい天気だから、暖かくて花見日和だね」


「そうですね」


「240円ね」


俺は240円ちょうどを払い切符を買った。


俺達が切符を買ってるうちに、バス乗り場に尾道行きのバスがすでに来ていた。俺達はすぐにバスに乗り席に座る。


数分すると出発時刻となりバスは出発した。


福山駅から長江口まではだいたい50分くらいで着いた。


バスを降りると、少し歩いてロープウェー乗り場に向かった。


切符売り場で100円払い切符を買ってロープウェーに乗る。


ロープウェーはあっという間に頂上に着き、俺達は千光寺公園に到着した。


俺達は公園に着くと、すぐに座れそうな場所を探し、空いてるベンチを見つけるとそこに座って弁当を食べ始めた。


大人なら、少しは桜を見たりするのかもしれないが、子供にとっては花見とは名ばかりで、みんなで遠くに行き弁当を食べるだけで満足するのだろう。


大人の俺なら、最初にビールで喉の通りを良くしておかないと弁当が食べられないのだが、子供の体になっているためそのような事はない。ついでに言うなら、俺はタバコも吸うのだが、やはり、体がニコチンを欲しがらない。


俺も他の三人と同じように、弁当を食べるだけで満足していた。


「弁当食ったらどうする?」


俺は他の三人に尋ねた。花見に来たはよいが、弁当を食べた後に何もする事がなさそうな気がしたので、気になっていたのだ。


「いや……何かする事あるか?」


「特に考えてないなぁ」


「さぁ……」


三人の答えから判断すると、どうやら、俺達は弁当を食べる以外のプランを用意していないようである。


「ただ、帰るだけじゃつまらないなぁ……」


俺は他の三人から何かアイデアでも出ないかと思い言ってみたのだが、他の三人は俺の言葉にうなずくだけで、具体的に何をしたいとかいうような発言はない。


「時間はまだ早いんだから、歩いて下まで降りてみるか?」


俺は提案をしてみた。


千光寺公園は山の頂上にあるが、山そのものはそれほど高くないので、歩いて15分もあれば下まで降りる事が出来る。それに、山の下の方は斜面に家が建っており、尾道が『坂の町』と呼ばれ観光客にも人気の町並みを見る事が出来るのだ。


「それは面白そうだな」


イケが興味を示した。ジュンとフジダイはその言葉にうなずいている。


俺達は歩いてバス停まで降りる事を決めて、再び弁当を食べ始めた。


「ヒデ、杉山がおまえの事を好きだって知ってるか?」


弁当を食べながらジュンが言った。


(杉山とは誰だったかな?)


俺はジュンが言った人物の名前を記憶の中に探した。そして、すぐに記憶中に見つける事が出来たのだが……


「杉山京子さんか?」


俺は記憶中で見つけた人物に間違いがないか、ジュンに確かめるように尋ねた。


「そうだよ。杉山っておまえの事を好きなんだってさ。クラスの女子の間ではおまえは人気あるんだぜ」


「うそつけ」


俺はジュンの言葉がにわかには信じられない。そもそも、中3までは女子と親しく話すらした事のない人間だ。


「うそじゃないぞ。山岸も言ってた。田村君を狙ってたけど杉山さんがキープしそうだ。杉山さんが相手じゃ勝てないと言ってたからな」


イケが口を挟む。


しかし……


杉山京子という名前が出て来て、俺は表情には出さなかったが内心で驚愕していた。


(あの杉山か……)


杉山京子、後に俺達にとって黒歴史となる名前であるのだが、今の時点でそれを知る者はいない。


彼女の名前を聞いたとたんに、小学生として、未来が変わらないように一年間暮らすというのが、非常に困難なように思えてきたのだが、それは今日の花見には関係ない事なので、他の三人との会話に集中する事にした。


「杉山と付き合いたいなら、他のヤツに取られる前に仲良くなっとけよ」


ジュンが冷やかし半分にアドバイスしてくる。


「でも、杉山は家が大変そうだからなぁ…」


フジダイが言った。


杉山京子は母子家庭であり、それ自体は珍しい事ではないのだが、京子の母親というのが、いかがわしいサービスを売りにしている店を経営しており、京子の実の父親とは違う男をひっかえとっかえに同居させていると噂されていて、京子の家庭の実態は知らないが、決して良い家庭環境でない事は容易に想像出来る。


京子自身は、昭和60年代の小学生とは思えないほど垢抜けた美少女であり、勉強も出来る優秀な少女だった。


「親がちょっとな…」


ジュンが言った。ジュンは低学年の頃に京子の家に遊びに行った事があるが、その時に京子の母親に会った事があり、見るからにおかしな言動があるわけではないが、母親が自分の娘である京子に対する接し方に違和感を覚えたのである。どこがどう違和感があるのか、小学生のジュンはには理解出来ないのだが、本能的にこの母親は自分の親だったら嫌だなと思ったのである。


当時の俺が杉山京子を好きだったかといえば、実は彼女にはひそかに片想いしていた。もっとも、クラスの男子の多くが俺と同じだったはずだ。


「弁当食ったら、眺めのいい場所に行こうぜ」


弁当を既に食べ終えてるイケが提案した。


「よし、みんな早く食って眺めのいい場所に行ってみよう」


俺は杉山京子から話題が変わったのをこれ幸いと、イケの提案に賛成した。杉山京子についてはとりあえず置いといて、せっかく、友達同士で出掛けたのだから今を楽しむ事にした。


それから、俺達は山の頂上から眺めを楽しんでから、歩いて山を降りて長江口のバス停に戻った。


そこからは来た時と同じくバスに乗り福山へ帰った。福山駅に着いたのは15時30分頃だった。


俺達は駅で解散してそれぞれ自転車で帰宅した。俺とジュンは家が近いので一緒に帰宅する事にした。


「ヒデ、杉山が好きなんだったら、どうせお前は女子と話すの苦手なんだし、俺がうまく杉山にヒデを売り込もうか?」


ジュンと自転車で並んで帰っていたのだが、家に着く寸前にジュンが言った。


「ジュン、余計な事すんなよ」


「どうして?」


「どうしても、だ」




俺は念を押すように言ってから、ジュンと向かう方向が分かれる交差点にやってきたので、ジュンとは別の方向へ進み家へ帰った。


家へ帰ると、弁当箱を台所に置いてすぐに自分の部屋に戻った。


座蒲団を折って枕にして絨毯に寝転がる。そして、天井の一点をジッと見つめながら考えた。

(杉山京子の名前は完全に忘れていたな)


(意図的に思い出さないようにしていて、そのまま忘れてしまったんだったな)


そして、俺は険しい表情になった。


(未来を変えずに一年間小学生生活をする……か)


俺は険しい表情のまま目を閉じた。そして、そのまま眠りに落ちていった。

今回で主要登場人物が出揃いました。


杉山京子はまだ姿は現していませんが、このストーリーの根幹に関わる重要人物です。


英樹達の黒歴史となった彼女に何があったのか?


英樹の彼女に対する片想いの行方は?


これから少しずつ明らかにしていくつもりです。


さて、次回こそ英樹は父親と釣りに行くはずです。


更新は5月20日前後の予定です。お楽しみに

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