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運動会④棒倒し

ようやく更新です。

運動会の話は今回が最後となります。

新館校舎に入って行った京子を追い掛けるように俺も新館に入って行った。


下駄箱で上履きに履き替える時、京子の靴置き棚を見て確認してみると、そこには運動靴があり、やはり京子は校舎に入っているのは間違いない。


校舎内を歩きトイレに向かう、当時の小学校のトイレは男女共用だったので、俺がトイレに入っても問題ないが、やはり京子が使用中と思うと躊躇してしまう。しかし、京子の所在を確認しなければならないので、トイレに入ってみた。


(あれ?)


トイレ内には誰もおらず、個室の扉は全て開いている。


京子はどこに行ったのかと考えたが、とりあえずトイレを出て戻ってみる事にした。そして、トイレの隣にある階段の前に来たところで、誰かが階段を歩く足音が聞こえた。2階、いや3階あたりだろうか、かなり上の方から足音が聞こえる。


状況から判断して、京子以外考えられない。俺は階段を上がって行った。そして、3階まで上がり、1階と同じく階段の隣にあるトイレに入った。しかし、ここにも京子はいない。


(やはり、4階かな)


4階は6年生の教室があり、俺達が普段利用しているトイレも4階である。


(ひょっとしたら、トイレじゃなく教室で静かに休憩かもしれないな)


4階ならトイレに京子がいなかったとしても、おそらく2組の教室にいると考えられる。ようやく京子に追い付けそうだと俺は少しホッとして、階段を歩く足も少しゆっくりとなった。


俺は4階に上がると、まずトイレに入ってみた。一つの個室の扉が閉まっている。どうやら、京子が入っているらしい。


俺がトイレに足を踏み入れた途端に、扉が閉じられた個室からジョロジョロと音が聞こえてきた。


(いけね。出とかないと……)


俺は慌ててトイレから出ようとしたが、用を足す京子の姿を想像してしまいトイレから出る事が出来なかった。


やがて、トイレットペーパーをカラカラと回転させる音が聞こえて来たので、俺はトイレから外に出た。


しばらくして、トイレの個室の扉が開く音がして、それから、水道を使う音が聞こえた後、京子が濡れた手をひらひらさせながらトイレから出て来た。


「何やってるの?」


京子は俺をジロリと睨みながら言った。


「あ、いや……」


俺は上手く答える事が出来なかった。


「あなたがトイレまで追い掛けて来たのは知ってたから、わざわざ音を聞かせてあげたのに、私が出て来たら外に隠れるとか、情けないわね」


京子が俺を馬鹿にするように薄笑いしながら言った。


「俺が追い掛けてたの気付いてたのか」


「校舎に入る時に、一瞬後ろを振り向いたら田村君が見えたから。階段を上がる時もちゃんと上からみてたもの。あなたの足音でトイレに入って来た事も、慌ててトイレから出たのも知ってるわよ」


京子は誇らしげに言うが、俺としてはバツが悪い。


「まぁ、トイレ前で立ち話もあれだし……」


「教室は誰か休憩してる人がいるかもしれないから、教材収納室に行きましょう」


新館4階には部屋が五つあり、6年1組から4組までの教室の他に教材収納室というのがある。簡単に言えば物置のようなものである。


俺と京子は教材収納室の扉を開けて中に入るとしっかりと扉を閉めた。閉めきっていては暑いので、窓を全開にして外の空気を取り込んだ。


「で、私に何か用があるんじゃない? トイレで音を聞くために私に付いて来たわけじゃないでしょ?」


京子が俺を真っ直ぐ見つめ、薄笑いを浮かべながら言った。京子は常に自信満々の態度である。俺は排泄音を聞かれたにもかかわらず、全く恥じらう事なく堂々としていられる京子の神経に舌を巻くしかなかった。


「あぁ、それは、さっき俺の姉さんと話をしていただろ。何を話してたのかなぁ〜と思ってね」


俺は京子に聞きたい事を告げた。


「フッ、そんな事を聞きに来たの?」


京子は鼻で笑った。


「他愛もない話よ。あなたのどこが好きなのかとか、その程度の話よ」


「てっきり、いつ初体験するのかとか聞かれたのかと思ったよ」


俺は姉がおかしな事を言ってないかを気にしていたが、どうやら当たり障りのない会話だったようで少し安心した。


「小学生相手にそんな会話をする人なんていないわよ」


京子が苦笑いしながら言った。


「いくら姉さんでも、そこまでは言わないか」


俺も苦笑いした。


それからしばらく、俺と京子は教材収納室でお喋りをして時間を潰した。他にも校舎内で休憩している児童がいるらしく、時折、廊下から声や足音が聞こえて来る。


「田村君、運動会、けっこう楽しんでたわね」


何気ない会話をする中で京子が言った。


「そっちは楽しくないのか?」


俺は京子に尋ねた。運動会は皆で騒げる分、退屈な授業よりは楽しいはずであるが、京子は違うのだろうか?


「私は三度目だし、数年前に経験した事をまた繰り返すんだから、今の生活は退屈よ」


京子は肩を竦めて見せた。


「俺は31年ぶりだからなぁ〜そんな昔の事なんて、ほぼ忘れてるから、実質初めてみたいなものだし。授業は退屈なんだけど、友達と遊んだりするのは楽しくて、子供っていいものだと思ったよ」


俺は今の生活の正直な感想を言った。


「私は大人の方が自由でいいと思うわ。でも、社会人を経験すると、子供時代が懐かしくなるものなの?」


京子は大学生までしか経験がないので、社会人に憧れがあった。


「子供だから不自由な面はあるが、少ないながらも、何もしなくても毎月小遣いが貰え、何もしなくても衣食住に不安がない。これがどれだけ恵まれてる事か。これは大人にならないとわからないだろうけどね」


俺にとっては子供である事は、不自由さを上回る恩恵があると考えていた。


「ふうん、やっぱり田村君はオッサンだね」


京子が関心しているのか小馬鹿にしているのかわからない言い方をした。


「大人が大変なのはお母さんを見て理解してるつもりだけど、それでも私は早く大人になりたいわ」


社会人を経験していない京子からすれば、大人の苦労をはるかに上回る何かが大人の世界にはあると考えているのだろう。俺も大人でなければ出来ない事がたくさんあるのはわかっているので、京子の考えも間違ってはいないと思った。


「でも、田村君。そんな考えだと子供の間どは浮いちゃうわね」


「そりゃ、子供にはわからないだろうよ。でも、人間ってそういうものだろ?」


俺は人間というものは、どんな恵まれた環境にいても不満を持つものだと考えている。


「どういう事?」


京子が興味ありげに俺の方に向き直って尋ねた。


「大人は子供が至れり尽くせりでいいと考えるが、子供は自分の力で何でもやれる大人の方がいいと考える。若者は色々と優遇されるお年寄りがいいと考えるが、お年寄りはエネルギーに満ち溢れる若者がいいと考えるんだよ」


俺は大人から子供に戻ってみて、中身がまだ大人のままなので子供時代の方が良かったと思っているが、このままこちらで何年か暮らすと早く大人になりたいと考えるようになると思っていた。


「なるほどね。さすが中年。私みたいな清純派少女にはわからない考え方だわ」


京子がまたもや関心しているのか小馬鹿にしているのかわからないような言葉を吐いた。


「一度は21歳まで生きといて少女はないだろ。しかも、清純派って……」


俺は笑いを堪えながら言った。


「やっぱり、清純派じゃないか。小悪魔ね」


京子はニヤリと笑いながら言った。


「小悪魔って言うより魔女だろ」


俺はつい本音を漏らしてしまった。それに対し、京子は意地悪な笑みを浮かべながら俺を軽く睨んだ。


「やっぱり、田村君はオッサンだわ。まぁ、年寄りくさい発言に注意しておけば、他の子より大人っぽいという事には出来そうだけどね」


京子は自分自身が敢えて周囲から浮く事で、他の児童と差をつけようとしているので、俺にも同じようにすべきだと思っているのだろう。


「まぁ、オッサンが童心に帰ったところで、子供になりきれないのはしかたないだろ」


「でも、急に大人びた田村君は、これから女の子にモテ始めるかも。どうするの?」


京子が冗談とも真面目ともつかないような言い方で尋ねてきた。


俺は本来地味なタイプで、モテるという事は想定していないので、京子の質問には答えようがない。


「同級生の女の子だと、彼女というより娘みたいたものだからな。彼氏というより保護者的観点で護ってあげたいと思うようになるかもな」


俺は保護者的観点という言葉が一番俺自身の考えを表すのに適切だと思った。年の差カップルの場合、そのような関係になるものだと思う。


「もし、保護したくなるような女の子が現れたら、保護者的観点で好きになるかもしれないのね?」


京子はなるほどという感じにうなずきながら言った。


京子に言われるまでもなく、もし31年後に帰れないとしたら、このまま中学生、高校生と過ごす事になる。そうなると、恋愛の一つくらいあるかもしれないので、避けては通れぬ問題である。


「純粋な恋愛じゃないかもしれないが、31歳年下とはいえ、誰かを好きになる事があるかもしれないな」


俺としてはこれ以上の事は言えない。だいたい、恋愛なんてその時になってみないとわからないものである。


「はぁ? バカな事言ってもらっては困るわね」


京子が不快感を隠そうともせずに言った。俺には京子は何が気に入らないのかわからない。


「バカな事じゃないだろ」


俺は自分がおかしな事を言ったつもりはない。しかし、京子は顔に苛立ちを表して俺を睨みつけた。


「それだと、私がこの世界に来た意味が無くなってしまうのよ」


「どうして?」


俺には京子の言う事の意味がわからない。そもそも、京子に俺が未来へ帰る事について、横から口出しされる筋合いはないはずだ。


京子は不機嫌な表情を見せたまま、一度深くため息を吐いた。


「私がこの世界に来たのは、前の世界で途中で終わってしまった田村君との恋愛を最後までやり遂げるためよ」


京子は言った後、更に不機嫌な顔を見せた。京子としても言いたくない事だったのだろうし、俺が同じく未来から来ていなければ、わざわざ言う必要のない事である。


同じ並列世界に、未来から戻って来た人間が二人いるからややこしくなっているのである。しかし、俺にも未来へ帰らなければならない事情があるから、簡単には引き下がれない。


「そうだったのか、しかし、今ここにいる俺が未来へ帰っても、この俺が帰った瞬間にこの世界には別の俺が現れるんだよな? そいつと仲良くすればいいだろ」


俺は自分でも馬鹿な事を言ってると思いながら、言葉を繰り出した。


「フッ、そんな脱け殻みたいな人とどうしろと」


京子は鼻で笑った。それはそうだろう、我ながら馬鹿な事を言ったと後悔した。


「つまり、俺はこっちに残って、君と一生共に暮らせという事だな?」


俺は京子の言いたい事はわかっているが、あえて確認してみた。


「そうよ。その通りよ」


京子が不適な笑みを浮かべながら言った。余程、自分に自信がある者でないと、この場面でこのような笑みを浮かべる事は出来ない。その自信の根拠を知りたいくらいだ。


「前の人生では、私と田村君はいい関係だったからね。大学を出たら結婚する予定だったのに、その前に死ぬとか冗談じゃないわ」


京子は自分勝手な事を言ってるが、俺も京子の立場になれば同じような事を考えるだろう。


それに、俺も京子とならいい関係を築けるだろうとは思う。しかし、俺は元の世界に帰らなければならないと考えている。その前提を覆すわけにはいかない。


「そりゃ、俺が元の世界に帰れないとなると、そのような選択肢もありだろうが、俺は2017年に帰る事を第一に考えてるわけだから」


俺は自分の事情を京子にわからせないといけない。


「なぜ帰りたいの?」


京子が何を今更という質問を投げかけてきた。


「そりゃ、俺が死んで家族に寂しい思いをさせたくないからな」


これは俺の本心だ。たとえ、あそこで死ぬ運命だったとしても、それに逆らうとすれば、理由は家族以外になかった。


「家族に寂しい思いをさせたくないから?」


「そうだよ。自分一人なら別にこっちに残ってもいいけど、妻や子供にまだやってあげたい事がたくさんあったから」


俺は元の世界で自分一人で生きていたわけではない。夫として父親としてまだやり残した事がたくさんあるのだ。こちらの世界の居心地が悪いわけではないが、妻や子供がいる以上そうも言ってはいられないのである。


「はっきり言って、あなたが帰ったところで無意味よ」


京子が真面目な表情で言った。しかし、俺にはどういう事かわからない。


「田村君は未来に帰るというけど、帰ったらどうなるのか知ってるの?」


「どうなるって?」


俺には京子が何を言いたいのかよくわからなかった。


「あなたはどうやって死ななかった事になるのかときいてるの?」


京子の問いに俺は考えた。記憶を呼び起こし、神様に会った時の事を思い出していた。


「ええと……俺は車に跳ねられて死んだんだけど、車からうまく逃げて跳ねられなかった事にして、続きの人生を送れる事にしてくれるはずだよ」


あの時、神様はそんな事を言っていたはずだ。


「なるほど、車をうまく回避するわけね。でも、車に跳ねられて死んだあなたはどうなるの? あなたが、車に跳ねられたという事実はどこに行くの?」


京子が難しい問いを投げ掛けて来た。そのような、この世の大局に関する事など、普段から考えてもいない。


「だから、それが無かった事になるんじゃないのか?」


俺にはこれ以上の回答は思いつかなかった。


「田村君、あなた全然わかってないのね。話せば長くなりそうだから、明日の代休、昼からうちは私一人だけだからいらっしゃいよ。あなたが未来へ帰る事が無意味な理由をじっくり説明してあげるから」


京子が出入口に向かって歩きながら言った。


「あぁ、わかったよ」


俺にとっては重要な事なので、京子に話を聞かなければならない。


「じゃあ、明日の午後2時以降ならいつでもいいわ」


京子は廊下に出ながら顔だけこちらを向けて言ってから出入口から出て行った。


俺も校舎内にいつまでもいるわけにもいかない。そろそろ俺達の出番が近付いていたので、校庭のテントに戻る事にした。


「ヒデ、どこ行ってたんだ? もうすぐ棒倒しの集合時間だぞ」


テントに戻ると、仲の良いフジダイこと藤井大介が話し掛けてきた。


「ちょっと、トイレに行ってたんだよ」


俺は京子と会っていたとは言えないので、トイレに行ってた事にするしかなかった。


「トイレだけで何十分もかかるかよ」


フジダイの隣に座るイケこと小池伸二が言った。


「トイレの後、他のクラスのやつらと校舎内で話してたんだよ」


適当な事を言ったが、イケは何も不審に思わなかったようで、何も言わずうなずいただけだった。


ジュンこと山口淳平も近くにやって来て、俺達はいつもの四人で自分達の出番までの間、お喋りをしたりして時間を潰した。


『六年生は入場門後ろに集合して下さい』


場内アナウンスが流れると、六年生の児童がぞろぞろと入場に向かって移動を開始した。


入場門後ろにクラスごとに男女それぞれに集合していた。男子の棒倒しより女子の騎馬戦が先に行われるので、女子が前に並んでいる。


リレーメンバー以外は最終種目なので、この種目さえ終われば後はのんびりしていればいい。多くの児童は早く終わらせてリラックスしたい様子である。


まだ5月とはいえ、晴れ渡った空から照りつける太陽の光は児童の体力を奪っていた。そのためか、集合する際も全体的にダラダラしていたのだが、おそらく競技が始まるとみんな生き生きとするだろう。


『これより、六年生女子によります騎馬戦を行います。対戦は第一試合が1組対3組、第二試合が2組対4組です』


アナウンスと共に1組と3組の女子児童が入場して行った。


女子の騎馬戦は各チーム20人くらいで、騎馬は五つでそのうち一つが大将騎馬であり、その他四つが歩兵騎馬と言う。騎馬は上に乗る一人が騎手と呼ばれており、騎手が帽子を奪われるか騎馬が崩れて騎手が落ちた騎手は失格となる。大将騎馬が失格になったチームが負けというルールである。


基本的な戦術は大将騎馬を歩兵騎馬が守るというものである。大将騎馬は基本的に動かないが、周りを固める歩兵騎馬四つのうち、相手の大将騎馬を狙って攻撃に向かう騎馬と大将のそばでガードする騎馬の振り分けがポイントとなる。


1組対3組の第一試合は、開始早々、大将騎馬の周りをガードしながら様子を見る1組に対し、3組は大将騎馬を残して四つの歩兵騎馬全てが1組の大将を狙って攻撃を仕掛けたものの、返り討ちにあい全て失格してしまった。1組は歩兵騎馬を一つ失ったものの、3組の歩兵騎馬を全て撃退した後、残った三つの歩兵騎馬が3組の大将騎馬に襲いかかり騎馬を崩して騎手を落として勝利した。


第二試合は、我らが2組対4組である。


京子は2組の大将騎馬の馬の役である。俺は京子が大将騎馬の騎手をすべきだと思うし、女子の間でも京子を騎手に推す声もあったのだが、京子がめんどくさがって辞退していた。そのため、大将騎馬の騎手は山岸徳子が努めていた。


歩兵騎馬四つの騎手は、有働ゆかり、富田敦子、間田育美、村上さつきの四人が努めている。


試合開始とともに、2組と4組両チームは共に大将騎馬を残し、歩兵騎馬四つは全て攻撃に回ったため歩兵騎馬同士の戦いとなった。


フィールドの隅で動かない両チームの大将騎馬とは反対に、フィールドの真ん中で歩兵騎馬どうしが入り乱れて激突した。


騎馬同士の激しい戦いのなか、一騎、また一騎と脱落していき、最終的に両チームともに歩兵騎馬が一つずつとなった。唯一残った2組の歩兵騎馬は有働ゆかりが騎手を努める騎馬だった。


有働は4組の歩兵騎馬に対し果敢に挑んだものの、それまで動かなかった4組の大将騎馬が突然動き出し、有働の騎馬に襲いかかった。さすがに二騎同時に相手をするのは無理があり、あっという間に帽子を取られてしまった。これで2組は大将騎馬を残すのみとなった。


2組の大将騎馬は相手の二騎の騎馬に挟み撃ちにされないよう、四角いフィールドの角に移動して二騎を迎え撃つ。しかし、最初に突撃して来た4組の歩兵騎馬に体当たりされて、あっけなく騎馬が崩れてしまい、2組の負けで試合終了となってしまった。


「あーあ、結局負けか」


「うちのクラス、何をやっても勝てんよな」


「だらしねぇな」


「惜しかったけど、負けたら得点入らないもんな」


出番を待ちながら観戦していた男子が口々に感想を述べる。我らが2組が勝負事に弱いのは事実であり、運動会に限らず、マラソン大会、水泳大会、学芸会、合唱大会などでうちのクラスの成績が良かった記憶がない。


『続きまして、6年生男子によります棒倒しを行います。棒倒しは6年1組2組混成の紅組対3組4組混成の白組の対戦です』


「いよいよか、痛いのは嫌だなぁ……」


俺の後ろに並んでいたジュンがつぶやいた。


棒倒しという競技名であるが、実質6年生男子全員による乱闘のようなものである。わが校の運動会における伝統競技であり、出場する児童より、観戦する下級生や保護者の方が興奮するような競技だ。


入場に先立って、児童全員にヘッドギアが配られ装着する。これはラクビーで使われるヘッドギアであり、激しい乱闘から頭部を護る必要があるからである。また、眼鏡をかけた児童は眼鏡を外して預けさせられた。更に競技本部テントの横にある救護テントでは、養護教諭の杉浦詩織先生が負傷者の発生に備え準備に余念がない。若い美人の養護教諭に手当てしてもらいたい男子児童が多発して、今年は救護テントは手当て待ちの行列が出来るのが予想されている。


(こんな競技が運動会で行われていたなんて、21世紀の子供に言っても信じる者などいないだろうなぁ)


21世紀になると、運動会の様子も昭和の頃とはかなり様変わりしている。俺の息子の小学校の運動会を見に行った事があるのだが、運動会というより、運動発表会のようだった。


徒競走はあるのだが、順位を付けたりはしないし、また競技結果によってチーム別に得点を付けたりしない。


創作ダンスや組体操に力を入れており、競い合うというより力を合わせる事を重要視していたようである。


それはそれで悪いとは思わないが、競い合う事もまた必要だと俺は思う。


『まず最初に紅組の選手入場です』


アナウンスが流れ俺は慌ててヘッドギアを装着した。


「よっしゃ、行くぞ!」


1組のリーダー格である、戸塚竜司という児童が声を上げる。


「おう!」


1組の児童が雄叫びを上げている。1組の男子はここまで競技成績が悪く、担任の中西宏子先生が体育会系の人なので、そうとうにキツく気合いを入れられているのだろう、棒倒しだけは負けないぞという気迫がみなぎっている。


一方、我らが2組はというと、俺も含めてだが、どいつもこいつもダラダラしていてやる気が見えない。


「疲れたから帰りてえ」


我がクラスのリーダー格のスターこと渡裕次郎がこんな調子だから、士気が上がるはずもない。ただ、競技が始まったらそこは単純な子供達である。おそらく、嬉々として乱闘に加わって行くだろう。


大歓声のなか、俺達はフィールドへと駆け出して行った。用意された棒を立て、デフェンスの連中がその回りを囲んだ。俺も含むオフェンスは、棒の前に横並びになって白組の入場を待ち構えた。


俺達に続いて、3組4組連合の白組が入場して来て位置についた。


この棒倒しは両チームとも40人くらいの構成で、武器を使用しないなら、殴っても蹴ってもよく、どんな手段を使ってもいいから相手チームの棒を倒せば勝ちというルールである。


デフェンスは棒の周りに密着して囲み、敵のオフェンスを中に入れないようにする。オフェンスは棒を囲んだデフェンスをどのように切り崩し、どのように突破するかが見所であり、オフェンスとデフェンスの人数の振り分けがポイントとなる。


デフェンスとオフェンスを半々に振り分けるのが基本だが、デフェンスを多くしてまずは守りを固める作戦や、オフェンスに大半の人数を投入し開始早々に一気に勝負に出る作戦もある。


俺達紅組はデフェンスに多くの人数を割いて、オフェンスは俺も含めて約10人という守備重視の作戦を事前に立てていた。


俺は白組の配置を見てみる。見たところ、デフェンスとオフェンスが半々といったところである。



「ヒデ、一緒に行こうぜ」


俺と同じくオフェンスに配置されたイケが話しかけて来た。


「二人というより、オフェンス全員固まって突っ込んでみないか?」




俺は敵のデフェンスが固まっているなら、一人二人で突っ込んでも集団でかかって来られたらボコボコにされるのは確実だ。それならば、オフェンス全員で一丸となり突っ込んでみる方がいいと考えていた。少しでも敵のデフェンスを切り崩せたら、そこから棒に近付く事が出来る。


「おい、お前らどうだ? みんな固まって行かないか?」


俺はオフェンスのメンバーに言った。


「あぁ、いいぜ」


1組の坂本健一というやつが応えた。この坂本はかなりガタイが良く、それでオフェンスに参加していると思われる。


「よし、開始と同時に横並びに三人ずつ、それを三列作る。俺は最後列に加わって最後列だけ四人にする。横並びの三人はそれぞれの列ごとに肩を組んで突進する。前の列が崩れたら二列目に交代して一番後ろに並び直す。それを繰り返して一点に集中攻撃する」


俺は作戦を披露した。


「とりあえず、1組から三人一列目に行くぞ。二列目には二人出すから、2組から……スター、二列目に入ってくれ。2組の残りは三列目でいいな?」


1組の坂本が列の割り振りを考えた。どうやらこいつが1組のオフェンスリーダーのようである。ちなみに、2組のオフェンスリーダーはスターである。


「相手はデフェンスを20人くらいにしているから、うちに比べて囲みの層が薄い。一点集中で攻撃すれば棒に到達出来るはずだ」


スターが自信満々に言った。そして、他のオフェンスメンバーも敵の布陣を見て、一気に突破出来るのではないかと思っていたが、それが誤りだと間もなく気付かされる事になる。


『対戦開始!』


号令とともにピストルがパーンと鳴って戦いの火蓋は切って落とされた。


俺達紅組オフェンス陣は予定通り三列になって白組デフェンスに向かって行った。


「行くぞ、おらぁ!」


一列目が頭から敵のデフェンス陣に突っ込む。一列目にはデフェンス陣からのパンチが雨あられと降り注ぐ、二列目と三列目は一列目を後ろから押す。ラクビーのスクラムのように低い姿勢で、密集した白組デフェンス陣に風穴を開けようとしていた。


「もっと押せ、もっと押せ」


二列目のスターの声に俺達は一列目を押す力を更に強めようとした。


「おら、ぶっ殺せ」


「死ね!」


白組のデフェンスから罵声とともにパンチやキックを受けた一列目がついに崩れた。


「俺達が行くぞ」


崩れて地面に這いつくばった一列目を何とか引っ張り出して、二列目が先頭に立つ、俺達三列目は二番目になり、一列目は最後尾からスター達二列目を押し込んで行く。


紅組のデフェンスとして棒の周りに残ったジュンやフジダイを気にする余裕はない。とにかく、相手のパンチわキックにめげず低い姿勢でデフェンス陣を崩しに行った。


「おらぁ、こっちから行くぞ!」


いきなり、後ろから怒鳴り声が聞こえて来た。しかし、俺達は前に押す事に集中していた。


「うわ、痛てぇ!」


今は最後尾にいる一列目のやつが声を上げた。真ん中の列の俺も背中を殴られた。


「何だ?」


何事かと俺は後ろを振り返ると、白組の連中が背後から殴りかかって来ていた。20人の白組オフェンスは紅組の棒を倒しに行かず、何とわずか10人の紅組オフェンスを背後から攻撃して来たのだった。


白組4組の池永というチビが俺に体当たりして来た。中身が大人とはいえ、ここで大人の対応というわけにはいかない。


「何じゃ、このチビ。殺されてぇのか?」


俺もやられてそのままとはいかず、この池永というチビを一喝して、膝蹴りで池永をうずくまらせてから更にもうひと蹴りして地面に倒し、とどめを刺すように右足で池永の背中を踏みつけた。


「田村、お前をぶっ飛ばそうとずっと楽しみに今日を待ってたぜ」


いきなり、白組の児童が俺の前に立ちはだかった。


「何かわかりぁあせんが、生意気な事言うとるんじゃにゃあど、ガキの分際で」

俺はこの児童を怒鳴り付けるといきなり殴りかかった。しかし、相手はそれを見越していたのか、ひらりと交わすとローキックで対抗してきた。


(まずは足にダメージを与える作戦か……)


相手はなかなかやると思ったが、ローキックにも対抗手段はある。俺は少し間合いを詰めた。予想通り相手はローキックを繰り出してきたが、俺はキックしてきた足を取り、その足を上に引っ張り上げて転倒させた。転倒した相手は寝転んだままキックを繰り出したが、俺は相手の動きを冷静に見極め背中を思い切り蹴り上げた。


「ぎゃあ!」


相手は悲鳴を上げた後立ち上がり、今度は俺につかみかかって来た。俺は相手と密着したまま、相手の腹に膝蹴りをお見舞してから更に足元を払った。相手は再び転倒して、その相手を更に蹴りまくった。


『ピーピーピーピー』


審判役の教師が笛を吹きながら俺達の間に割って入ったので、俺は蹴り続けていた足を止めた。教師は転倒した児童を助け起こすとフィールド外へ連れ出した。


このように、やられまくった児童は審判に連れられ退場となり、それ以降の試合には参加出来ない。


ふと周りを見ると、紅組のオフェンスが5人くらいしか見えない。後は退場させられたようである。


こういう時は、デフェンスから何人かオフェンスに回るという作戦もあるが、デフェンス陣は誰一人動かず傍観している。


「ヒデ、上から行くか?」


まだ生き残っていたイケが俺の近くにいたらしく、声をかけてきた。上からというのは、肩車をして相手デフェンスを上から攻撃する。または、相手デフェンスの頭の上を歩いて棒に取り付くという意味である。


「よっしゃ、行くか」


イケは俺を肩車して相手のディフェンス陣に向かって行く。当然、相手はそれを阻もうとする。肩車されたままではこれ以上進めなくなった時点で、俺は相手のディフェンス陣の中に飛び込んだ。


俺達を見て、同じように1組の坂本が山中というやつを肩車をして突進していたらしく、山中も俺のすぐ隣に飛び込んで来た。


相手のディフェンス陣は俺達が頭上に落ちて来たので慌てて避けた。そのため、俺と山中は相手ディフェンス陣のど真ん中に落下し地面に叩きつけられた。


「痛てぇ!」


「このまま、地面を這って行くぞ」


痛がっている暇はない、俺と山中は殴られたり、蹴られたり、引っ張られたりしながらも地面を這って棒に向かった。


「何か、ディフェンスが乱れだしたぞ」


俺は相手ディフェンス陣が乱れ始めた事に気付いた。普通は這って行くにしても、密集したディフェンス陣に阻まれて簡単には進めなくなるはずだが、なぜか棒に向かって進めている。


「これはチャンスだな」


俺の隣を這っている山中が話し掛けてきた。


「棒を上から倒すんじゃなくて、下を払って倒すんだ。なぜかわからんが、ディフェンスがバラけてきたようだ。行けるぞ」


俺はフィールド全体が見えないので気付かなかったが、30人残っていた紅組ディフェンス陣のうち、半分の15人が俺達を救援するためにオフェンスに加わっていたのである。


当然、白組のディフェンス陣はそれに対応するために密集した陣形を崩し、あたりは大混乱になっていたのである。


また、手薄になった紅組ディフェンス陣を見て、白組も全員ディフェンスから一部がオフェンスに転じたため、両陣営付近は大乱闘となっていた。


「棒の下を払え、棒が倒れかかったらお前は上から倒しにかかれ。俺は下を押し続ける」


俺は山中に早口で作戦を伝達すると、地面を這ったまま棒に取り付き、思い切り押した。


「ディフェンス戻れ、早く早く!」


相手ディフェンス陣は慌てて密集陣形を整えようと、再び集結し始めた。


しかし、乱れていたディフェンス陣の隙をついて、紅組オフェンス陣が何人も割り込んで来て、俺と山中に加勢して棒を倒しにかかる。


「よし、もう少しだ」


棒はもうすぐ倒れそうだった。俺はこの時点で勝てると思った。そして、更に棒を下から押して上から引っ張る連中を支援した。


『ピーッ、ピーッ、ピーッ』


『試合終了!』


いきなり、審判役の教師が試合終了を告げた。俺達は棒をかなり傾けていたので、倒したと認定されたのだと思い、オフェンスに加わっていた連中は俺も含め全員がガッツポーズをしていた。


「よし、俺達の勝ちだぞ」


しかし、俺達の周りで白組のディフェンスの連中が大喜びしている。


どうした事かと、紅組のディフェンス陣を見ると、紅組の棒は白組オフェンス陣に奪われており、地面に投げ出されていた。


「嘘だろ……」


俺は一言呟いてから絶句した。他の紅組オフェンスの連中も力なく立ち尽くしていた。


俺達オフェンス陣は見ていなかったが、半分をオフェンスに回し、15人と手薄になった紅組ディフェンス陣に対し、白組は10人くらいのオフェンスを送っていた。人数的には有利なはずだが、肩車で上から次々と攻められて、慌てた紅組ディフェンス陣は密集陣形がすぐに乱れてしまい、その隙をつかれて、あっという間に棒を倒されていたのだった。


「ジュン、お前ら何やってたんだよ?」


試合が終了し、退場門から退出しながらディフェンスに残っていたジュンに尋ねた。


「肩車から相手が降って来て、みんなバラバラになってそいつらを殴ったり蹴ったりしていたんだけど、その隙間に相手が次々に入って来て棒を倒されてしまったんだ」


俺には勝負の分かれ目がどこにあったのかはわからないが、負けは負けである。


「あぁ、惜しかった。肩車をもっとたくさんやっとけば良かったな」


退場門を出て、ヘッドギアを外していると1組の坂本が俺に話し掛けてきた。


「最初に何人か退場したのが痛かったな」


結果的に見れば、最初のスクラム戦法で突進して、すぐに肩車に移行すべきだったのかもしれないが、今となっては結果論である。


「田村、お前、やたら色んなやつに殴りかかられていたけど、何か恨まれているのか?」


坂本に訊かれたのだが、俺は他人に恨まれるような覚えがない。


「さぁ、わからんな」


俺は簡単に答えて疲れた体を休めるために、俺達にテントに戻って行った。なお、この棒倒しという競技、殴る蹴るといった野蛮な競技のため、俺が卒業して3年くらい後に廃止されている。児童同士の喧嘩は日常茶飯事、親や教師による体罰は当然、虐めは虐められる方が弱いからしかたないと、ある程度は容認されていた時代だからこそ開催できた競技だったのだろう。21世紀を生きる子供達にこんな競技が運動会で行われていたなど信じないだろうし、やりたいとも思わないはずである。


俺は6年2組の児童が観戦するテントに戻り、ビニールシートの上にいつも通りジュン、イケ、フジダイと並んで座ったのだが、急に疲れが押し寄せて来た。


校庭ではメインイベントである、高学年の学年別リレーが始まろうとしていた。まずは4年生女子からであるが、疲れを感じていた俺は校庭に目を向ける気力が失せていた。



「ちょっと疲れた。ひと眠りするわ」


疲れるとひと眠りしたくなるあたり、オッサンじゃあるまいしと周りの児童は思うだろうが、俺は中身がオッサンなのだからしかたない。


リレーとあって、周囲の児童の盛り上がりが最高潮に達していたが、横になったとたんに睡魔に襲われた俺にとっては、周囲の喧騒が子守唄のようなものである。ほどなくして、俺は眠りについてしまった。


「おい、ヒデ、いつまで寝てんだ? 起きろよ」


ジュンの声がどこかから聞こえて来る。俺はまだ夢の国から戻ってはいない。


(うるせえな。ジュン、少し黙ってろよ)


俺は夢の中でジュンに言った。


「おい、早く起きろ」


ジュンはまだ何か言っている。更に俺の肩を揺すった。肩を揺すられてようやく俺は目を覚まして、ここが校庭のテントだと思い出した。


「おう、これからリレーかよ?」


俺はジュンに尋ねたが、ジュンは俺の言葉に笑い出した。


「リレーの時、何度も起こそうとしたけど起きなかっただろ。リレーが終わって閉会式だから、全員校庭に整列するから無理矢理起こしたんだよ」


ジュンの言葉に周囲を見渡すと、他の児童はゾロゾロと校庭に向かって歩いて出るところだった。


「なんだよ、リレー終わったのか……」


俺は頭に残った眠気を振り払いながら校庭に歩き始めた。


聞くところによると、6年生のリレーは女子は二走でトップに立った俺達の2組がそのままアンカーの京子までトップを守って1位だったらしい。一方の男子は一走のフジダイが2位と健闘したものの、その後の三人が抜かれて最下位に終わったとの事だった。


(京子がトップでゴールするところを見たかったな)


俺は閉会式のために、校庭に整列しながらふと思った。一番いい場面を見逃すあたり、俺は持ってないとは思ったが疲れには勝てない。こういうあたり、子供に混じってみると精神的に歳を取ってるなと思ってしまうのである。


閉会式が終わると後は帰るだけである。翌日は代休なので学校は休みとなる。祝日でもない平日の休みが珍しいのか、どの児童もどこか浮わついているように見える。


(日曜に学校に出たのだから、月曜が休みでも、休みの日数は同じだぞ)


俺は心の中で突っ込みを入れたのだが、子供達にはそんな事は関係ないのだろう。珍しい事があると単純に嬉しいのである。


俺はジュン、イケ、フジダイに一緒に遊ばないかと誘われたので、午前中だけ一緒に遊ぶ事にした。朝からイケの家の近所の児童公園で遊ぶ事になった。俺は昼まで寝ていたいところだが、友達の誘いを断るのも良くないので、頑張って早起きする事にした。


午後は京子に会う約束がある。京子に大事な話を聞かなければならない。


何を言われるかわからないが、京子との面会を楽しみにしている俺がいる事にふと気付くのだった。

次回は京子の家を訪ね二人で時間を過ごしながら、主人公は自分の気持ちに変化が生じている事を知るという話です。

お楽しみに。

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