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大人デート

ご覧いただき、誠にありがとうございます。

1986年5月11日の日曜日、俺は昼ごはんを普段より早めに食べた。日曜日はだいたい12時過ぎに昼ごはんを食べるのだが、今日は11時半に食べる事にした。


なぜかというと、12時半に待ち合わせがあるからだ。


昼ごはんを食べると、俺は部屋着から出掛ける時の服に着替えた。今日は朝から小雨が降り続いていて、少し肌寒い。1980年代の小学生は短パンが当たり前だが、今日は肌寒いのもあるが、少し気取った服装にしたいので、長ズボンを履く事にした。ズボンにベルトを通す時に、ベルトの短さを見て改めて自分が小学生なのだと実感させられた。


部屋着のジャージを脱いでズボンを履いた。ちなみに、この時代にはジャージというよりトレパンという呼び方が主流だった。


俺はベージュ色の長ズボンに合う服が何かないか探して、茶色っぽい柄のシャツを選んだ。短パンやジャージならTシャツでよいが、長ズボンだとやはり襟のあるシャツでなければならない。


シャツを着て部屋を出たのはよいが、階段に到達する直前にちょうど階段を上がって来た姉と鉢合わせしてしまった。


「おー、ちゃんとした服なんか着て、さては、あの綺麗な彼女さんとデートだな」


「違うって」


俺は肯定するとめんどくさい事になりそうなので、とりあえず否定しておいた。


「別に隠さなくてもいいじゃん」


「もう、出掛けるから、じゃあな」


「待ちなさい!」


姉は無視して階段を降りようとした俺を鋭い声で呼び止めた。


「何だよ?」


「歯は磨いた?」


「朝起きて磨いたよ」


「はぁ? バカなの? 今から磨きなさい」


「別に歯に何か挟まってるわけじゃないからいいよ」


俺は姉がなぜ歯を磨くように言うのか理解出来なかった。


「昼ごはんにギョーザがあったでしょ。ヒデ君、キスする時に口臭がキツいと嫌われるよ」


姉はニヤニヤしながら言った。


「キスなんてしねーよ」


「こないだしてたじゃない。洋画でしか見た事ないような舌をからませるやつ」


「あれは、あの女が勝手に舌を使って来ただけで、俺は絡めてないから」


俺は姉に見られたのは大失敗だと思いながら言った。


「えーっ!? あんた、女がキスしながら舌を使って来たのに、あんたは絡ませてあげなかったの? うわっ、サイテー」


姉は大袈裟に呆れたような言い方をした。


「あれは舌を絡ませようとしたのではなく……」


「はいはい、もういいから、とにかく歯を磨きなさい」


俺はあの時はディープキスをしようとしたのではなく、口の回りに付いたクリームを京子がなめて取ろうとしただけだと姉に説明したかったが 、姉はそれを遮って俺に歯を磨かせるために背中を押して階段を下りようとした。


「わかったから、歯を磨くから押すなよ」


「わかればよろしい」


俺は一階に下りて洗面所に行き歯を磨いた。その様子を姉はちゃんと見ていた。


「これでいいだろ」


「ええ、いいわ。じゃ、いってらっしゃい。頑張ってね」


姉は一見優しそうな、それでいて意地悪な笑みを浮かべて言った。


俺は急いで玄関に行き、靴を履いて玄関脇に止めてある自転車に飛び乗った。


雨が降っているので、傘をさしていたが、普段より急いで自転車を走らせて京子が住むアパートへ向かった。


アパートの前に自転車を置いて、階段を駆け上がり京子の部屋の前まで来た。そして、急いだために乱れていた呼吸を正すために、一度大きく深呼吸してから呼び鈴を押した。


「あぁ、いらっしゃい」

数十秒待って京子がドアを開けた。


「あらあら、雨でぬれてるじゃない。傘はちゃんと水を切って傘立てに入れといてよ」


俺は雨の中傘をさして自転車を飛ばしたのでびしょぬれだった。


「いや、すぐ出掛けたいから」


「まだ仕度出来てないから上がって。コーヒーでも出すわ。小学生じゃ、家ではコーヒーは出してもらえないでしょ」


京子はそう言ってから台所に向かい、カップに二人分のインスタントコーヒーを入れ始めた。


「じゃ、お邪魔するよ」


俺は傘をちゃんと傘立てに入れてから部屋に上がった。


「私の部屋で飲みましょう」


京子はカップを二つ持って自分の部屋に入って行った。俺も京子に続き部屋に入った。


「俺がコーヒーはブラックでしか飲まない事をちゃんと知ってるんだな」


俺は京子がコーヒーにミルクも入れず、砂糖も持たずに部屋に向かったのを見て、俺の好みを理解している事に気付いた。


「当たり前でしょ」


京子は前の人生で俺と何年間も恋人同士だったので、そのような事は当たり前なのだろうが、俺からすれば少し驚いたのだ。


部屋に入りベッドに腰掛けてカップを渡されてコーヒーを飲む。


熱いコーヒーを京子は平気で飲むが、猫舌の俺はなかなか飲めない。


「猫舌なのも変わりないのね」


京子は楽しそうに言った。俺が京子についてはほとんど知らないが、京子は俺についてよく知っている。従って、二人でいる時の主導権は常に京子にある。


「服、着替えるわ。こんな雨じゃスカートだと寒そうだから」


京子は白のシャツに青のスカートを着用していた。京子は部屋の隅っこにある収納ボックスからジーンズを取り出した。


「シャツと合ってるかしら?」


京子はシャツとジーンズの相性を俺に訊いた。


「白だから悪くないと思うよ」


「じゃ、シャツはこのままで、スカートだけ履き替えるわ」


京子はそう言ってから部屋を出て違う部屋に行ってしまった。


「お待たせ」


京子がジーンズに履き替えて戻って来た。


「いいんじゃね?」


「あら、ありがとう」


俺の言葉に京子は軽く微笑んだ。


「で、今日は何をするつもりなの? あんまりお金のかかる事は出来ないわよ」


「俺が出すから大丈夫だよ」


京子は一昨日の体育の授業で俺が京子のお尻を触ったり、股間のにおいを嗅いだりしたので、お触り料として俺の奢りでデートすると言っていたのだが、本気ではなかったようだ。


「小学生が貰うお小遣いなんてたかが知れてるし、そこから二人分出してたら、あなたの財布が空っぽになっちゃうから悪いわ」


「大丈夫だって、まぁ、触らせてもらったお礼もしなくちゃな」




「あら、だったら私が田村君の股間を触ったり揉んだりしたのだからおあいこよ」


「実は、オヤジから一万円貰ったから、小遣いは大丈夫なんだよ」


俺は財布から一万円札を出して京子に見せた。


「何だ、ずいぶん持ってたのね。じゃあ今回は甘えさせていただくわ。ありがとう」


京子は素直に礼を言った。


「それで、今日のプランは考えてるの?」


「今日は気持ちだけは大人に戻ってみようか?」


「なるほど、どこへ行くつもり?」


「お金はあるから、駅から電車に乗って福山を出てみようかと思う。福山から出れば知ってる人には会わないから、いちゃいちゃしても大丈夫だし」


俺は具体的なプランはなかったが、福山から出てみるという大まかなテーマは決めてあった。


「福山から出てどこへ行くかは決めてないんだけどね」


「すぐ行ける場所なら尾道とか……でも、それなりに遊べる街があるとなると、倉敷か岡山まで足を延ばさなきゃならないんじゃないかしら?」


「倉敷なら美観地区でも歩いてみるか?」


「いいわよ」


これで決まった。今日は倉敷に行く。


「じゃあ、駅に出るか」


「そうね」


俺と京子は部屋を出て、それぞれ自転車に乗り福山駅に向かった。福山駅には数分もあれば着く。自転車を駅の脇の歩道に停めて構内へ入って行った。


券売機で倉敷までの切符を二枚買う。小学生なので子供運賃なので大人の半額である。


「さぁ、行こう」


俺は京子に切符を渡すと改札口に向かって歩き出した。


改札口の駅員に切符を渡し、特殊なハサミで切符に切れ込みを入れて貰う。


「岡山方面は……」


「13時22分ね」


案内板を見ながら出発時刻を確認した。


「5番乗り場だな。それならこっちだ」


俺は5番乗り場へ通じる階段を上がる。京子もそれに続いた。


5番乗り場で少し待っていると列車が到着して俺達は乗り込んだ。日曜の真っ昼間とあって車内は空いており、二人並んで座る事が出来た。


「ようやくこれで福山脱出ね。知った顔がいないからリラックスしましょう」


俺の隣に座る京子がわざわざ俺にピッタリくっついて、更に俺にもたれ掛かりながら言った。


「ちょっと近すぎない?」


「これくらいで丁度いいのよ」


俺は気恥ずかしさを感じるのだが、京子は全く意に介していないようである。


「田村君が一万円持ってて助かったわ。お父様に感謝しなくちゃ」


京子が普段学校等で見せる、キリッとした表情とは対照的なうっとりしたような表情で言った。


「あんまりピッタリくっつかれると、変な気起こしそうだ」


「いいわよ。変な気起こしてちょうだい」


俺は京子に襲いかかりたい衝動を何とか理性で抑えた。しかし、俺の下半身は抑えられない。


「ねぇ、田村君」


「何?」


「ちゃんとシコってるの?」


「は?」


京子から思いもよらぬ言葉を発せられて俺は返す言葉を失った。


「ちょっとくっついたくらいで、ズボンをふくらませるなんて、そんなに溜まってるの?」


「さ、さぁ、どうだろうな」


俺はもちろんやる事はやっているが、何しろ体は若々しすぎるのである。反応してしまうのは仕方ない。


「頭はオッサンでも、体はチェリーボーイなのね。フフッ、かわいい」


俺が京子に性的な興奮を覚えている事に対し、京子はご機嫌だった。


「あのさ、倉敷着いたらどうする? 美観地区行ってすぐ帰るわけじゃないだろ?」


俺はとりあえず話題を変えないと、ずっと列車内でイチャイチャしたままになりそうな気がしたので、無難に今日のデートプランの話題を持ち出した。


「でも、夕方6時には家に帰らないといけないから、現地には2時間くらいしか滞在出来ないわね」


「たったそれだけか? 大人デートだから、もっといろいろしたいけどな」


「小学生の身分なんだから、暗くなるまでには帰らなきゃね」


俺は物足りなさを感じたが、確かに、小学生なのだからデートの後にホテルで一夜という訳にはいかないだろう。


その後、倉敷に着くまではこれといった話題が無く、俺達は景色を見たり、ウトウトして時間を潰した。


倉敷に着いて列車を降りた俺と京子は、改札口から出て、トイレに行ったり自販機でジュースを買ったりしてから駅を出た。


外はまだ小雨が降っているので、俺達は持っていた傘を開いた。道行く人は誰もが傘を差しており、まだ透明なビニール傘の無かった時代だったので、道には色とりどりの傘の花が開いている。ちなみに、俺は青、京子は黄色の傘だった。


「これからどうするの? 倉敷で観る所って美観地区くらいしか思いつかないけど」


二人揃って駅前に出たは良いが、この後どうするのかはっきり決まっていなかったので、京子が俺に尋ねた。


「美観地区を見て回るだけで、時間が経ってしまうんじゃないかなぁ」


「じゃ、とりあえず、その美観地区に行ってみましょう。それで、美観地区ってどこにあるの?」


「ほら、あそこに美観地区はあっちだと案内表示があるよ」


俺は美観地区の案内表示を見つけていた。とりあえずは矢印が示す方向に歩いてみる事になった。


俺達は雨の中倉敷の駅前大通りを歩いた。足元の水溜まりに踏み込まないように注意が必要である。


しばらく歩いて、疲れを感じ始めた頃に『美観地区入口』という交差点があり、歩道には美観地区は左だという案内表示があった。


「ここを左に入るみたいね」


「そうだな」


俺達は案内表示に従って交差点を左に入った。


路地に入った所から古い街並みが再現されていて、更に進むと水路を挟み両側がそれらしい街並みとなっている。


「このあたりが美観地区かぁ」


「綺麗すぎて逆に趣が無いわね。こういうのはボロボロの建物だからこそいいのに」


「観光地なんだから、汚い建物を並べるわけにはいかないんだろうな」


俺も京子も、実は古い街並みなど全然興味がないので、正直なところ美観地区の佇まいを見ても、突っ込みどころしか思い浮かばなかった。


「あそこ、有名な美術館よ。入ってみる?」


京子が街並みの隅の方に美術館を見つけて言った。


「いいね。小学生料金だから安く入れそうだし」


俺が小学生になってみて良かった点の一つに、子供料金で安く済ませる事が出来るというのがあった。


美術館では常設展示の他に、期間限定で俺は知らないが、おそらく有名だと思われる19世紀のイタリアの画家の作品が展示されていた。


俺は美観地区という、古い街並みの中の美術館だけに、日本人の作品を展示した方が良いと思ったが、この美術館に展示されている作品は悪くないだけに、時間潰しにはちょうどよかっただろう。


美術館を出て、街並みに溶け込みすぎて逆に目立たなくなってしまい客の入りが悪い茶店に入り、緑茶とカステラを注文した。京子は緑茶が好きでないようで紅茶とカステラである。


「緑茶とカステラって合うの?」


緑茶を飲みながらカステラを食べる俺を見ながら京子が言った。


「緑茶の苦みにカステラが合うんじゃないか。紅茶だと砂糖を入れると甘い物同士になるから、砂糖を入れずに飲まなきゃ」


俺にとってはカステラの甘さを際立たせるために、苦いお茶でアクセントを付けた方がいいと思っていた。


「私は甘いカステラに甘い紅茶の方がいいわ。田村君、味覚は中年のままなのね」


「ハハハ……中身はオッサンだからな。そういや、そっちは女子大生だったか、甘い物は別腹って年頃だもんな」


「そういう事」


甘い物の食べ方に違いはあれど、このカステラは非常に美味しくて、俺も京子もホッと一息つけた気がした。


「今、何時かな?」


俺は時間が気になって京子に尋ねた。しかし、俺も京子も腕時計を持っていないので、店内に時計がないかキョロキョロと探した。


「3時半過ぎね。もう、福山に帰りましょうよ」


「まだ早くないか?」


「やりたい事があるから」


「そうか」


俺はせっかくのデートなのに、帰りたいと言われると気分が良くない。しかし、そんなそぶりを見せたくないので平然としていた。


「じゃ、出ようか」


俺は二人分1850円払って店を出た。観光地だけに、お茶とカステラだけなのにけっこう高い。


来た道を逆戻りして倉敷駅に向かう。


「そっちに行くわ」


「は?」


倉敷駅へ歩いて戻る途中、京子が突然自分の傘を閉じて俺の傘の下にやって来た。俺は予想外の出来事に驚いた。


「そっちも傘を持ってるんだから、相合い傘はおかしくない?」


「おかしくない」


俺は小学生カップルの相合い傘自体おかしい気がしたので、出来れば断りたいのだが、京子は有無を言わせないつもりのようだ。


「わかったよ。じゃ、駅まで戻ろう」


俺は諦めて駅に向かって相合い傘で歩き始めた。


「傘が小さいから雨にぬれるよ。やっぱり、傘を使った方がいいよ」


二人の真ん中に傘をさしたのだが、傘が小さいから二人とも肩がはみ出してしまい、雨粒に肩を叩かれてしまうので、俺は京子に自分の傘を使うよう提案した。


「じゃ、こうすればいいわ」


京子は俺の方に体を寄せて、手を俺の腰に回した。


「えっ?」


「デートなんだから、これくらいしなきゃ」


京子は驚く俺に悪戯っぽい笑みを向けた。


「わかったわかった」


俺は肩を竦めてため息を吐いてから歩きだした。見た目が小学生の男女が、ここまでピッタリと寄り添って歩くのは周囲から見ればおかしいだろうが、京子は周りは知らない人ばっかりなので、そのような事は気にならないようである。


周囲から見れば、マセガキのバカップルにしか見えないのだろうが、京子はその周囲からの視線すら楽しんでいるようである。


俺達は駅まで相合い傘で戻ると、すぐに福山までの切符を買ってホームに向かった。


しばらくしてやって来た広島行きの列車に乗って福山に帰った。


福山駅に戻った俺達は自転車を置いた駅前の歩道脇に向かった。福山に着いて気付いたのだが、いつの間にか雨は上がっていた。


「どうせ上がるなら、出発前から上がっとけ」


俺は天気に文句を言いながら自転車に鍵を差した。


「雨、上がって良かったわ」


京子が自分の自転車に乗って俺の所にやって来た。


「これからどうする? ここで解散して帰る?」


「あ……あー、あの……ちょっと、うちに寄ってってくれない?」


ちょっとおかしな喋り方で京子が言った。


「迎えにいった時、部屋に上げてもらったじゃないか。それにやりたい事があるんだろ?」


俺は京子の喋り方に不審を覚えたが、帰り道でも京子の部屋に上げてもらう必要はないと思った。


「その、やりたい事は田村君いなきゃ出来ないから。それにまだ4時半だし、6時には家に帰れるようにするから」


どうやら、京子はどうしても自分の家に俺を連れて行きたいようである。


「しかたないなぁ」


俺は渋々承諾した。


自転車で京子のアパートに戻って来た。


「あぁ、お母さんは今日は仕事無いけど、用事で7時頃まで帰らないから、遠慮せず入って」


京子が先導して玄関から中に入って行く。そして、京子の自室に入った。


京子は自室のドアを開けた後、自分は脇にどいて、俺に「どうぞ」という感じで手招きして、俺を先に部屋に入れた。そして、京子の部屋に入った時には椅子代わりに座る京子のベッドに腰掛けた。


京子は俺がベッドに座るのを部屋の入口の外から見ていたが、俺が座るのを見てから部屋に入って来た。入口のドアはもちろんしっかりと閉めている。


「今日は大人デートありがとう」


今日が俺の前に立ち、優しい笑みを浮かべながら言った。


「大人デートってわりには、ちょっと味気なかったかな?」


「そうね。味気なかったわね」


「だよな。今度は朝から晩まで時間をかけて行こう」


俺は京子に言ったが、京子の表情が少し変化しているのに気付いた。京子は笑みを浮かべこそいるが、優しい笑みではなく、妖艶な笑みに変化しており、視線もどこか遠くを見ているようだった。


「でも、大人デートなら仕上げをしなくちゃ……」


京子は妖艶な表情で俺に言った。


「仕上げ?」


「そう、仕上げ」


京子が一歩進み出て俺に近付いた。


(いったい、何をする気なんだ?)


俺は京子が何をしようとしているのか理解しようとした。


(いや、何をしようとしているのかはわかっている。しかし、それをやるのか? ここで)


俺は京子の出方を見るために、何もせず京子の動きを待った。


京子はベッドに座る俺の前にひざまづき、まるで夢を見ているかのような表情で俺を見つめた。


京子は両手を俺の肩にかけたが、俺は何も出来なかった。


「やっと……やっとだよ」


京子は笑みを浮かべていたが、瞳から水滴が流れ出していた。


「やっと英樹に触れられる」


京子は涙を流しながら、肩にかけた両手で俺をベッドにゆっくりと押し倒した。


「杉山さん?」


「京子って呼び捨てにしてよ。少なくとも今だけは……」


京子は俺をベッドに押し付けたまま、上から俺に微笑みかける。京子の瞳からは後から後から涙が溢れ出してくる。京子は俺をいとおしい物を見るかのように見つめ続けていた。


「き、京子?」


「ごめん……止められない……止められないのよ、自分を」


「……」


「だから、このまま続けさせて……」


京子は泣き顔になっていた。涙は京子の頬から俺の服の上にこぼれ落ちていた。


「わかった。後は京子にまかせる」


俺もダテに42年生きていたわけではない。ここで京子を拒絶してはならない場面だというのは察している。


「英樹……ごめんなさい、あなたの胸、貸してちょうだい」


「あぁ……だが、ちゃんとベッドに寝かせてくれないか」


俺はベッドに座ったまま押し倒しされたので、足は床に付いたままであるが、この体勢は辛いので完全にベッドの上に上がって寝転んだ。


「あぁ……英樹」


京子はベッドに寝転んだ俺の上に無造作に体を投げ出して来た。俺は京子の首の後ろに両手を回した。京子は俺の胸に顔を埋めて泣いている。俺はそれを優しく包み込んだ。


そのまま時間が過ぎた。


ほんの数分だが、俺にはそれがとても長く感じた。


「英樹……今だけは私だけの英樹になってくれる?」


京子は俺の胸から顔を上げて言った。俺は無言でうなずいた。


京子は俺の服のボタンを外し始めた。


京子は俺に跨がったまま、シャツのボタンを一つずつゆっくりと外し、全てのボタンを外した後、俺の体を引っ張り起こしシャツと肌着を脱がせた。



俺もこのままやられっぱなしというわけにはいかないので、ここで反撃に転じる事にした。


京子は再び俺をベッドに押し倒そうとしたが、俺は無言で両手を京子に伸ばして制止した。


まさか制止されるとは思っていなかった京子は「えっ、何?」という感じで目を見開いたが、俺は無言で伸ばした両手を京子のブラウスのボタンにかけた。


京子は観念したかのように、何ら抵抗する事はなくブラウスを脱がされた。そして、京子のインナーに手を掛けるのだが、さすがに未発達の乳房を見せるのは恥ずかしいのか、俺の手を押さえてから俺を見つめて首を横に振った。


(どうやら、これ以上の事はしないつもりか)


俺は京子の意図を察したので、無理にインナーを脱がせるような事はしなかった。


京子は俺の上に跨がったまま体を起こしているので、互いの性器がズボン越しに密着している。その距離は1㎝かそこらだが、二人の性器を隔てる二人分のズボンと下着の布地がぶ厚いコンクリートの壁のように思えた。


京子は俺の後頭部に両手を回し自らの唇を俺の唇に合わせて来た。そして、そのままベッドに倒れ込んでいった。


それから数十分後、俺と京子はベッドの上で並んで仰向けに横たわっていた。


京子は欲望のスイッチが入っていたのか、俺の唇だけでなく上半身をくまなく吸い尽くし、俺に反撃されてまだふくらみの少ない胸を揉みしだかれるまで俺を攻め続けていた。


しかし、ある瞬間、京子のスイッチが突然OFFになったのか、俺の体を離れてベッドに仰向けに横たわったのである。


さて、互いに沈黙していて妙に気まずい。ここでどちらかか沈黙を破らなければならない。京子も中身は大人なのだから、それはわかっているのだろうが、どのように沈黙を破るか迷っているようだ。


「田村君?」


京子がポツリと呟いた。呼び方が元に戻っていた。


「何?」


俺は応じた。


「私、どうかしてたみたい。ごめん」


スイッチが切れて、元の京子に戻ったためか、気まずさに堪えかねて俺に謝罪した。


「大人デートだし、いいんじゃないか?」


驚きはしたが、俺も楽しんだので謝罪される必要などなかった。


「今度やる時は、もう少し先までやってみるか?」


「さすがに、それはマズい事くらいはわかってるわよ」


俺は京子が拒絶するとわかっていてあえて誘ってみた。そして、予想通りに京子は拒絶した。もっとも、ここで「やりましょう」と言われたら対処に困っていたのたが。


京子は普段はクールでちょっと意地悪なのだが、こうなってしまうと、やはり、ただの一人の女なのだと実感する。そして、それがたまらなくいとおしい。


俺はすぐには無理でも、いつかはこの女を抱きたいと本気で思った。


「一晩こうしていたいなぁ」


「私もよ……でも、小学生の身分では無理だわ」


俺が半ば独り言のように発した言葉に京子が反応した。そして、その時、俺はある事を思い出した。


「あのさ、一晩どころか、二日も三日も二人で過ごせる方法があるんだけど」


俺が静かに話し始めると、京子が体を起こして寝転んだ俺を上から見下ろした。


「そんな方法があるの?」


京子は半信半疑のようである。


「俺のオヤジが、つい先日に東京に単身赴任したんだよ」


「それがどう関係するのかしら?」


「東京にはアパートを借りて一人で暮らしている」


ここまで話して京子は察しがついたのか、二、三度うなずいた。


「そのアパートに泊まりに行くの? でも、お父様がいらしたら二人きりとは言わないわよ」


「いや、だからさ、単身赴任といっても、盆には帰省するだろ」


ここまで言うと京子にも俺の考えている事がわかったようである。


「まさか、お父様と入れ違いに私達がそのアパートに行くわけね」


「そういう事」


「でも、どんな理由で東京に行く事にするの?」


やはり、問題はそれである。


「それはこれから考えるしかないだろ」


まだ時間はあるし、何かしら理由は見つかるだろう。


「私も理由を考えなくちゃ」


京子はもう乗り気のようである。


「あら、大変。もう6時よ」


京子が壁に掛けてある時計を見てから言った。小学生はそろそろ帰宅する時間である。


「じゃ、帰るよ」


俺は慌てて服を着て京子の部屋を飛び出した。京子は俺を玄関まで見送りに来ていた。


「じゃあ、また明日」


「ええ、また明日」


軽く挨拶をしてから、俺は自転車に飛び乗り家へ帰って行った。


家に帰り着いて玄関から中に入ると、晩ごはんはカレーなのだろう、家の中には台所から流れ出た食欲をそそるにおいが広がっていたので、そのまま台所へ向かった。


「ただいま」


晩ごはんの用意をしている母に挨拶をした。


「あら、おかえり。もう出来上がるからお姉ちゃん呼んで来て」


俺は母に言われて二階にある姉の部屋に向かった。


俺は姉の部屋のドアをコンコンとノックした。ほどなくして姉がドアを開けて姿を現した。


「母さんが、晩ごはんが出来たから来いってさ」


「うん、わかったわ。すぐ行く。ちょい待ち。それで、デートは上手くいったの?」


姉に晩ごはんだと告げて、すぐに回れ右をして台所に戻ろうとした俺を姉は呼び止めた。


「だから、デートとか……」


俺はめんどくさいので、デートではないという事にするつもりだった。


「いえ、デートでしょ?」


「違うって」


誤魔化そうとする俺を、姉はじっくりと見つめてから大きくうなずいた。


「気付かない?」


「何が?」


「服に他人のにおいが付いてるよ」


「そうか?」


俺は気付かなかったが、京子はデートという事で、何か化粧でもしていたのかもしれない。


「においが付くくらい抱き締めてから、服を脱いだか脱がされたでしょ?」


姉はニヤニヤしながら言った。


「服を脱いだりするわけないだろ」


俺はなぜ姉にバレたのかわからなかった。


「だって、服のボタン、ズレてるわよ。出掛ける前はそんな事なかったけど。私はちゃんと見てましたから」


姉はどうだと言わんばかりに勝ち誇ったかのような表情で言った。俺は京子の部屋で、帰る時間になっていたので慌てて服を着たので、その時ボタンをかけ違えたのかもしれない。


「ヒデ君」


姉は思いっきり意地悪な笑みを浮かべながら話しかけてきた。


「何だよ?」


「ヒデ君とあの彼女さん、小学生なのに、私もやった事ないような激しい事してるのね。ここ、見てみなさいよ」


姉は俺の喉の下、というより両鎖骨の間を指差した。


「見ろって、見えないよ。」


「ここ、彼女さんに吸われたでしょ? キスマーク付けられてるわよ」


「はあ?」


俺はそんな事など、気にもしていなかった。


「まぁ、晩ごはんにしましょ」


姉は相変わらず意地悪に微笑みながら部屋を出て、階段を下りて一階に向かった。俺も後を追い掛けた。


食事前だから、姉は台所ではなく洗面所に向かって手を洗っているようで、洗面所から水道を使う音がする。俺もまだ手を洗っていないので洗面所に向かう事にした。


「あっ、ほら、鏡でみてみなさいよ」


先に手を洗っていた姉が俺に気付き、キスマークを見るように言った。


俺は鏡で確認すると、確かに鎖骨の間に赤い内出血のようなものが出来ている。


「すごいわねぇ。彼女さん、わざと目立つ場所に付けたのなら、相当なしたたかな子だよ。ヒデ君にはこんな事をする相手がいるってわかる人にはわかるから」


「意味わからないな」


「つまり、別の誰かが彼女さんと同じような事をしようとしたら、必ずキスマークが目に入るでしょ。つまり、ヒデ君は私の男だからお前は手を出すなとヒデ君の体に書き込みしたのと同じよ」


姉はそんな経験もないくせに、わかったような事を言った。


「さぁさぁ、早く台所行きましょ」


俺をからかう良いネタをつかんだためか、姉は上機嫌で洗面所から台所へ向かった。


(あぁ、これは当分からかわれるなぁ)


俺はなるべく姉と顔を合わせない方法を考える必要があると思った。


晩ごはんの後、姉が俺の部屋に来て、あれやこれや根掘り葉掘り聞いて来たが、適当に誤魔化すしかなかった。


翌日、学校に行き教室に入ると、京子は既に俺の隣の席に座っていた。昨日の今日だけに、気まずく感じる必要はないのだが、やはり気まずい。


俺は黙って自分の席に座った。


「あら、田村君、おはよう」


「おはよう」


「宿題、ちゃんとやって来た。今日提出の宿題がけっこうあったけど」


「ちゃんとやってるよ」


「へぇ、小学生の勉強はバカバカしいとか言ってるけど、やるべき事はやってるのね」


京子は昨日の事など無かったかのように普通に話していた。


「あら? ……ふうん、気付いたか……」


京子が不適な笑みを浮かべて言った。


「何が?」


俺には何の事かわからない。


「カッターシャツのボタン、いつもは一番上は外してるのに、今日は何ではめてるのかしら?」


京子はニヤニヤしながら言った。


「姉さんにあれこれ言われたからな。見られるとマズいだろ」


「他の女に見せるためにわざわざ付けたのに」


やはり京子は意識的にキスマークを付けていた。


(やれやれ、かなわないなぁ)


俺は心の中でため息を吐いた。

次回は運動会の話です。


お楽しみに

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