神様に会う
拙著を読んでいただき、誠にありがとうございます。
今回も主人公の自己紹介的な話になります
「ここは、どこだ?」
俺は思わずつぶやいた。俺がどこにいるのか理解出来なかったからだ。また、なぜ、こんな理解出来ないような場所にいるのかもわからなかった。
俺が今いる場所は、ただ広いだけの部屋、広さは10メートル四方くらいあるだろうか。
壁も天井もコンクリートむき出しの無機質な部屋で、俺がただ一人、ポツンといるだけで何もない。
俺は何者かに拉致されて監禁されているのかもと思ったのだが、俺自身、拉致されるような理由が見当たらない。俺は、今日は何をしていたのかを思い出す事にした。
それより、時間が気になったので、スマホを背広のポケットから出そうとしたが、スマホが無い。どこかで落としたのか、家か会社に忘れたのかと考えた。
「家…会社……………!!」
家、会社というキーワードで思い出した事があった。
「今日は仕事じゃないか!こんな訳のわからない場所にいて、もう絶対に遅刻だろ!」
俺は自分がなぜこんな場所にいるのかを考えるより、まずは会社に連絡しなければと考えた。
「スマホだ。スマホを見つけなければ!」
ひょっとしたら、この部屋にスマホを落としてるのかも知れないと思い、コンクリートの床を見ながらやみくもに歩いた。しかし、スマホは見つからない。
今度は外に出れば、何らかの方法で連絡が取れるはずだし、ここが会社に近い場所なら直接会社に行けばいいと考えたのだが…
「どうなっとるんじゃぁ、こりゃあ〜!!!」
俺は思わず方言で怒鳴ってしまった。この部屋の四方の壁を見渡したのだが、出入口らしき物がない。俺は混乱したのだが、俺はこの中にいる、中にいるという事はどこかから入ったという事だ。必ずどこかに出入口があるはずとコンクリートの壁に近付き、じっくりと見つめながら、壁に手を当てて何か引っ掛かる物でもないか探りながら歩き回った。
「あなた、何してるのよ?」
いきなり後ろから声をかけられた。
「うぉあーっ!?」
俺は言葉にならない声を発して振り返った。
「田村英樹さんよね?」
振り返った先にいた人物は俺の名前を言った。確かに俺は『田村英樹』という名前だ。なぜ、この人物が俺の名前を知っているのかわからない。何より俺はこの人物を知らないのだ。俺は目の前にいる人物を観察してみた。
目の前いるのは女、見た目俺より歳は上だろう。俺が42歳だから50歳まではいかないにしても、45歳よりは上に見える。髪は茶髪で毛先を巻いている。厚化粧に真っ赤な口紅、ベージュ色の服、どこかのスナックのママだろうか?
俺は過去に行った事のあるスナックの名前と、そのスナックのママの顔を思い出そうとした。
「あの、田村さん、どうしたのよ。そろそろ、面接を始めたいんだけど」
目の前の女は営業スマイルにしか見えない笑顔を見せながら言った。
「は?面接?」
俺は状況が理解出来ないまま女に言った。
「そんな事より、あんた誰だ?ここはどこなんだ?」
俺は疑問に思っている事をそのまま口に出す。すると、女は何かを納得したような表情でうなずいた。
「あぁ、そうだったわね。まだ、田村さんが置かれている状況を説明してなかったわ。自己紹介するけど、私はあなた方の世界で言うところの神様みたいな存在よ。そして、ここはあなた方があの世と言われている場所。つまり、田村英樹さん、あなたは死んだのよ」
女は涼しげな笑顔で俺の想像を絶するような事を言った。この女、自分を神様だと言ったり、俺が死んだと言ったり、何かヤバい人じゃないのかと思ったのだが、それは口には出さなかった。まずは、相手にしゃべらせて情報を少しでも引き出したかったからだ。
「死んだ?そんなはずはない。俺は現にここにこうして生きてるじゃないか。死んだというなら証拠を見せてみろよ」
俺は相手に探りを入れるように言ってみた。
「証拠なんてないわね。まぁ、あなたには私の言う事を信用してもらうしかないのよ」
女はにべもなく言う。
「あなたは2017年4月1日6時53分に東京都武蔵野市にて亡くなったのよ。思い出したかしら、あなたは、出勤するために武蔵境駅に向かう途中、赤信号を待つ間にスマホを見ていて、わき見運転の自動車が歩道に突っ込んできて、あなたは跳ねられたのよ」
女は真面目な顔で説明したのだが、俺は説明を聞きながら自分の記憶を紐解いていた。たしかに、俺は出勤する途中に赤信号に引っ掛かり、信号待ちの間にスマホでニュースを見ようとしていた。だが、その先は思い出せない。
「スマホを見ていたのは思い出したが、跳ねられたのは記憶にないな」
俺はこのように言ったのだが、本能的にこの女の言う事が正しいと考えるようになっていた。
「跳ねられたのは一瞬の出来事だったから、記憶する時間が無かったのね。とにかく、あなたはもう死んでるの。これはどう転んでも動かせない事実よ」
女は相変わらず真面目な表情で言った。まぁ、本当かどうかはともかく、女の話を受け入れなければ話が進まないと思い、とりあえず、俺は死んだという事にしておく事にした。そうなると、気になるのは家族の事だ。
「俺が死んだら…家族が困るよな?子供は来週に中学に入学するし、そこから高校、大学となると…まず、金に困るよなぁ」
家族が悲しむどうこうよりも、金の事が心配になるのはサラリーマンの悲しい性なのだろうか。俺は気になった事を言ってみた。
「ご家族…奥さんの田村優子さん、ご子息の田村直人さん。このお二人が今後どうなるかは私にはわかりません。また、わかったとしてもあなたにはお教え出来ないのが規則です」
女は気の毒そうに言った。
「それで、俺はこれからどうすればいいんだ?」
俺は女に尋ねた。
「そうだったわね。これからが本題よ。あなたにはこれから私が話す事を聞いて、ある選択をしてもらう事になるの。だから、私の話をよく聞いてほしいわね」
女は説明口調で言った。さて、俺はどうしたものかと考えた。俺は死んだのかも知れない。ただ、俺は死後の世界など信じていないし、何より目の前にいるのが神様だとは思えなかった。人を…自称神様だから人ではないのだが見た目で判断するのは良くないとは思うのだが、どう見ても水商売風の女で神様には見えないのだ。
「あんた、神様なんだよな?ちょっと、何て言うか神様ってイメージじゃ…」
俺は相手が嫌がるかなと思いながらも、つい口を滑らせてしまった。
「あぁ、そうね。あなた方の神様のイメージって、おじいさんだったり、威厳のある人だったり、女神様だと中世ヨーロッパの女王みたいな感じの人だったりするのよね?あなたの期待に応えられないケバい女神だけど、諦めてほしいわね」
女…いや神様は苦笑しながら言った。
「神様、あんたは俺に話す事があるって言ってたけど何の事だい?」
俺は尋ねた。早くどんな話か聞きたかった。
「あなたは、生前に善い行いをしていたので、一度だけ死んだ事を無かった事にする。つまり、自動車に跳ねられずにうまく自動車から逃げれた事にして、人生の続きを生きて行けるチャンスを与える事が神である私には出来るのよ」
神様は俺の目をジッと見つめながら言った。死んだ事が無かった事になるなら、それに越した事はない、俺はそうして貰いたいと思った。「死んだ事を無かった事に出来るのなら、すぐにそうしてくれ。今からならまだ会社にも遅刻とはいえ間に合うし」
俺は一刻も早く元の世界に戻らなくてはと思い、早口でまくし立てた。
「まぁ、そう慌てないで。ただで死んだ事を無かった事には出来ないわ。それには神より与えられたテストに合格してもらう必要があるの」
神様はようやく本題に入れたので安心したのか、落ち着いた口調で言った。
「テスト?そんなのがあるのかよ。で、どんなテストなんだ?」
俺は正直なところ、テストとかめんどくさいなと思った。だが、とりあえずテストの内容を聞かない事にはどうしようもなし、話が進まない。俺はテストの内容を聞いてみる事にした。
「テストとは、あなたのこれまでの人生のある瞬間に転生してもらい、そこから一年間未来が変わるような事を起こさず、無事に一年間暮らす事が出来たら合格、晴れてあなたは自動車に跳ねられずにうまく自動車から逃げられて、続きの人生を暮らす事が出来るわ」
神様はテストの内容を説明した。俺はテストの内容を聞き、これは簡単な事だろうと考えた。
つまり、俺は過去に戻り、一年間普通に暮らせばいい、変な事をしなければ未来なんてそんな簡単に変わらないはずだ。
「ハハッ、楽勝だな」
俺は笑顔で言った。神様は俺を見てちょっとニヤリとした。
「あなたは簡単に考えたのかも知れないけど、未来なんて簡単に変わるわよ。このテストを受けた人で合格出来るのは半数以下よ」
神様は言う。俺はそんなはずはないと思った。
「ある人は幼児期に転生したのだけど、頭脳や記憶はそのままで転生したから、つい自分の知識を披露してしまい、天才児という事になってしまい。両親が私立小学校を受験させたりして未来が変わってしまったのよ。平凡な人生を歩んだはずの人が、幼児期に天才児とされてしまったため、エリート教育を受けるはめになり、その後の人生が大きく変わる事になって、テストは不合格だったのよ。他にも、転生先でうっかり自動車に跳ねられて死んだ人や、本来結婚するはずの人とは別の人と恋に落ちたり、中には過去に戻った先で結果を覚えていた競馬のレースの馬券を大量購入して大金を手に入れてしまったり、これらはいずれも未来が変わってしまうので不合格になったわね」
神様はちょっと意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。そう言われてみると、今の俺が過去に戻り、未来を全然変える事なく一年間を暮らすというのは、確かに簡単に見えて難しいようにも思えてきた。
「テストの内容はわかった。そこで疑問があるのだが、何でそんなテストをやるんだい?」
俺はテストの説明を聞きながら疑問に思った事を言った。そんなテストをしなくても、神様なんだから、誰にでも一度くらい死んだのを無かった事にしてくれてもいいじゃないかと思ったのだ。
「せっかく、死ななかった事にしても、またすぐ死んでこっちに来るようでは死んだのを無かった事にする意味がないからよ。これは慎重に生きて行けるかをテストするためのものなの」
神様はテストの趣旨を説明した。「そうか…未来への影響とか、想像もつかないところで影響してる事があるからな。考えてみれば慎重に行動しないといけないな」
俺は考えれば考えるほど、このテストは難しいかもと思えてきた。
「このテストを受けられるのは一度限り、仮にテストに合格し、死ななかった事にして人生の続きを生きたとしても、また死んだらもうテストは受けられないわ。それに、このテストを受けられるのは生前に、犯罪歴、補導歴が無いのは当然として、免許を持っている人は違反歴ゼロ、なおかつ、生前にボランティア活動等の善行のある者に限られるわ」
俺は自分自身の人生を振り返り、大して善人だったとは思えないのだが、とりあえず前科は無い、免許はあるが、自動車を運転するのは休日だけという半ペーパードライバーだから、交通違反で捕まる確率は低かっただけである。
そういえば、神様は生前の善行も受験の条件だと言っていたが、果たしてそんな善行など俺にあったのかと思ったのだが、俺は猫が好きなので、捨て猫を保護している施設に少額ながら定期的に寄付をしていた事を思い出した。
大した事ではないが、こうなってみると『情けは人のためならず』ということわざも間違っていなかったわけである。
「よっしゃ!それならさっそくそのテストを受けたいのだが、俺はいつの自分に転生するんだ?」
俺は肝心な事を聞いていなかったので尋ねた。
「それは、転生してみないとわからないのよ。じゃあ、さっそく始めるわ」
「何だ、向こうに着くまでいつの時代かわらないのかよ。つまらん!」
俺はガッカリして言ったのだが、それがわかったところで大して役に立つ情報というものでもない。
「あなたはこれからすぐに転生するわ。目を閉じなさい」
神様は静かに言った。俺は言われた通りに目を閉じた。
「では、行ってらっしゃい」
俺は目を閉じたまま、神様の言葉を聞いていた。その言葉を聞き終わるか終わらないか微妙なあたりで、俺は意識が遠のいて行くのを感じていた。
次回からいよいよ本来のストーリーに突入となります