ソフトボール
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1986年4月27日日曜日、俺は朝6時に起床した。
なぜ日曜日にこんなに早起きしたのかというと、今日から子供会のソフトボールの練習が始まるからだ。
町内会の下部組織として小学生が参加する子供会というのがあり、各子供会対抗のスポーツ大会として、男子はソフトボール、女子はキックボールの大会が夏休み最初の日曜日にある。
ちなみに、11月には5年生以下の新人戦という大会もあり、一年の半分くらいの日曜日には早朝練習があるので、子供は休みだからといって寝坊するわけにもいかないのである。
ソフトボールの練習は大会までの毎週日曜日、朝6時半から8時まで行われる。
俺は『新町一丁目』という子供会に所属している。ちなみに、ジュンこと山口淳平は俺と同じ子供会で、イケこと小池伸二は『高山町二丁目』、フジダイこと藤井大介は『東高山町一丁目』、杉山京子は『田中町』という子供会に所属していた。
俺とジュンの所属する新町一丁目子供会の練習は新町公園という広い公園のグラウンドで行われる。広いグラウンドを俺達の新町一丁目だけでなく、新町二丁目、新町三丁目の三つの子供会が共用して練習する。
俺は起床して歯磨きをした後、前夜に母親が用意してくれていたユニフォームに着替えた。
新町一丁目のユニフォームは濃紺色に白で『SHINMACHI』と書かれている。当時のプロ野球で例えるなら大洋ホエールズのビジターユニフォームに似ている。
ユニフォームを着た後、ソフトボールの練習だからグローブが必要だと思い、部屋の中を探してみるがなかなか見つからない。何しろ31年前の俺がどこにグローブをしまっていたのかなど覚えているはずもない。
部屋の中をくまなく探し、見つからないので押し入れも探しているうちに、ようやくグローブを見つける事が出来た。
練習初日から遅刻するのはカッコ悪いので、俺は急いで家を出た。グラウンドまでは自転車で3分あれば着く。グラウンドに着くとすでに俺達の新町一丁目だけでなく、他の子供会の選手も多く集まっていた。
ジュンは相変わらず時間にルーズなのでまだ来ていないようだ。
「よう田村」
「おう竹中か、ジュンは来とらんようだな」
同級生の竹中徹が声をかけてきた。竹中は6年3組の児童で、同じ町内ながら学校で同じクラスになった事はない。少年野球をやっていて、ソフトボールでも四番を張っている。
「あいつが時間を守ったの見た事なかろうが、ハハハハハ」
竹中が大笑いしている。
「ハハハ、確かに」
俺もつられて笑った。
「お父さんが言ってたが、今日いきなり二丁目と練習試合するんだってよ」
なぜ竹中の父親が出て来るのかというと、子供会のソフトボールチームの監督が竹中の父親だからである。
「いきなりかよ。大丈夫かな」
「最初に実戦をやって、勘を取り戻そうって事じゃないんかなぁ」
俺は少し焦った、他の児童はソフトボールは去年の秋以来だから5ヶ月半ぶりくらいだが、俺は31年ぶり……いや、中学や高校の体育の授業でやった記憶があるので確かな事はわからないが、それでも25年ぶりくらいである。
(とんでもないヘマをしなければいいが……)
俺のそんな事情を他の児童に話すわけにもいかない。何とか、みんなの邪魔にならないくらいには頑張らなければならない。
「一丁目東北側へ集合」
声がかかり、グラウンドの東北側の隅に俺達は集合し整列した。姿が見えなかったジュンも整列には間に合ったようで、列の末尾にジュンの顔が見えた。
「よろしくお願いします!」
選手全員で竹中監督に挨拶をする。
「よし、体操してからランニングだ。行け!」
監督の号令で選手達は輪を作り準備体操を始めた。それが終わるとダイヤモンドを10周するランニングである。
ランニングで体が暖まったところで、守備位置についてノックとなるのだが、俺はどのポジションだったか忘れていた。
「伊藤君ライト、小金井君セカンド……」
監督が1年生から順番にポジションを指定する。
「山口君レフト」
ジュンはレフトを守るようだ。ジュンは名前を呼ばれるとレフトの守備位置に向かって走って行った。
「田村君、ショート」
呼ばれてようやく思い出した。確かに、俺は6年の時はショートを守っていた。
全員が守備位置につくと、ボールが渡されて近くの選手とキャッチボールをする。俺はサードの下級生とキャッチボールをした。
久々にボールを投げるので不安だったが、感触を確かめるようにゆっくりと投げた。投げ返されたボールの捕球もどうにかなった。
しかし、投げるのも捕球するのも、おっかなびっくりという感じで、ちょっとへっぴり腰になってしまっているのは自分でもわかる。キャッチボールをしながら、徐々に慣らしていくが、完全には小学生にはなりきれず、オッサンっぽいジタバタした感じが残ってしまった。
キャッチボールの次はいよいよノックである。監督が投手から順番にノックをする。
マウンドには5年生の丸山光則が一人だけ陣取っていた。俺は31年前の記憶を呼び起こしてみたが、やはり記憶の中でも光則がエースだった。
「ヘイ、ピッチャー!」
ノッカーである監督が声をかける。
「さぁ、来い!」
光則が掛け声を出して構える。監督が光則に向かってゴロを打つ。光則は素早い動きで捕球すると、後ろを振り向いて一塁に矢のような送球をする。
(ボールを捕ったら捕手へ返球するのではなく、一塁へ送球するんだな)
こういう段取りはこのチームでは暗黙の了解であるから、わざわざ説明してくれない。従って、自分見て覚える必要がある。
竹中監督のノックは一塁手、二塁手という順番で打っていく。俺は二塁手の次は三塁手かなと思った。
「ヘイ、ショート」
「さぁ、来い!」
いきなりショートを呼ばれたので、俺は一瞬驚いたが反射的に声が出た。そして、姿勢を低くして打球に備えた。
竹中監督が打ったボールは地を這うようなゴロで、俺の真正面に飛んで来た。俺はボールに向けてグローブを出す。捕球して一塁へと思ったのだが、しっかりと捕球していなかったため、グローブ内でボールが暴れ前へこぼしてしまった。
俺はこぼれたボールを素早く拾い、一塁へと送球した。まだボールを投げる要領を完全につかんでいなかったため、少しフワリとした山なりの送球だったが、一塁手の小野正弘という4年生のグローブへとボールは吸い込まれた。
(打球じたいは大して速くないから、肩の力を抜いてリラックスすれば捕れるだろう)
おれは打球をこぼしたものの、1球のノックで要領はつかめたので、一応の手応えを感じていた。
俺の次は三塁手、それからレフトのジュンがノックを受ける。運動音痴のジュンはソフトボールもあまり得意ではないが、当時の男子は全員が遊びで野球をやっているので、21世紀のようにボールを投げられない、バットを振れないというような救いようがないレベルの下手くそはいなかった。
レフトのジュンの所へ打球が飛んで行った。三遊間をフワリとした小飛球が抜けて行く。打球はジュンの手前でワンバウンドし、ゴロになってジュンのグローブに納まった。ジュンはボールを二塁のカバーに入った二塁手に送球した。
(レフトに飛んだ時はセカンドが、センターとライトに飛んだ時はショートがカバーに入るんだったな)
俺はベースカバーの要領を思い出した。
レフトに続いてセンターにノックの打球が飛ぶ。俺は二塁へカバーに入った。センターからはフンワリとしたゆるい送球で、難なくキャッチして振り向きざまにキャッチャーへ送球した。矢のような送球がキャッチャーの竹中修のミットに納まった。
(何だ、体もちゃんと動くじゃないか)
俺はスムーズに動けた事に安堵した。センターに続きライトへのノックの時もベースカバーは上手くいった。
このノックを三度繰り返し、今度は内野手のダブルプレーの練習である。ピッチャー、キャッチャー、ファースト、セカンドへの打球はショートが二塁のカバーに入る、サードとショートの時にはセカンドが二塁に入るように監督に教えられ実践した。多少もたつきはあったが、どうにかこなす事が出来た。
次いで、外野手のバックホーム練習、バントシフトといった守備練習を行ってからようやく打撃練習となった。
打撃練習はシート打撃という守備位置に選手についた状態で行われた。打った選手は走者となり、セーフになれば塁上に残る。フリー打撃とは異なり、実戦に近い練習と言える。
学年が低い方から順番に打席に入る。まずは外野手の後ろで球拾いをしていた1年生が最初に打席に入る。監督に名前を呼ばれた選手が打席に向かって走って行った。
投手の光則も相手が1年生なので、打ちやすい緩い球をストライクゾーンの真ん中目掛けて投げ込む。
打席に入った1年生の選手は重い金属バットを振った事がないのだろう、普段遊びで使うプラスチックバットの感覚で振っているようだが、思ったように振れず振り遅れているうえに体がふらついていた。
結局、最初に打席に入った1年生は三振に終わり。今度は別の1年生が打席に入る。先に打席に入った選手は再び球拾いに戻っている。
1年生はさすがにバットを振るのが精一杯という感じで、3人の1年生はバットに当たっても前には飛ばずファウルになっていた。結局、全員が三振に倒れて2年生2人の順番になる。
2年生は少しはバットを振れるようだが、スイングがバットの重さに負けていてまだまだパワー不足のようだ。2年生の2人目の選手は年齢のわりには体格が良く、少しは期待が持てそうだが、力任せに振り回すので体勢が崩れていた。
「無茶苦茶に振り回さずに、ゆっくりでいいからきれいに振った方がいいよ」
主審役を努めていた竹中監督がアドバイスをした。
その選手はアドバイスを受け次の投球からフォーム重視で慎重にスイングした。すると、バットに当たりフェアゾーンに打球が転がった。セカンド正面への弱いゴロで二塁手の藤野智という3年生が捌いてアウトにした。
「いいよ、いいよ」
竹中監督が声を出す。小学生なので、フェアゾーンに飛びさえすれば思わぬエラーで出塁出来る可能性は低くはない。従って、まずはバットにちゃんと当てる事が大切である。
3年生は藤野だけである。藤野が打席に入る時はセカンドのポジションが空くので、ライトを守っていた4年生の川中圭太郎がセカンドに回り、ライトに2年生の1人が入った。
このあたりから打撃練習らしくなり、打球が飛び始める。藤野は一二塁間をゴロで抜いてライト前ヒットで出塁した。
次いで4年生3人、センターを守る前川拓也が打席に入った。このあたりから、投手の光則も本気を出して投げる。
2球ファウルした後の3球目、前川の打った球が俺の正面に転がって来た。一瞬ビビったが、すぐに落ち着いて前進してから姿勢を落としてしっかりと捕球する。すぐ近くの二塁を見る、二塁手の川中がカバーに入ろうとしている。ランナーの藤野はまだ一二塁の中間付近である。
(二塁はアウトに出来そうだな)
俺は川中がカバーに入るタイミングに合わせるように二塁へ送球した。川中が送球をキャッチして二塁はアウト、川中は一塁へ投げたのだが、タイミング的にセーフだったうえに慌てていたのか暴投になって前川は二塁へ進塁してしまった。
「川中君、間に合わないと思ったら無理して投げない方がいい」
竹中監督がアドバイスをした。こういう場合は状況判断を誤ると大きなエラーに繋がってしまう。
とはいえ、ランナーがいた方がより実戦的であり、練習としては都合が良い。
4年生が終わると5年生だ。5年生は光則と三谷の二人であるが、光則は投手なので代わりの投手が必要だ。
「修、ピッチャー行け。小野君キャッチャー」
キャッチャーの竹中がマウンドに立つ、そういえば、光則が先発して竹中がリリーフした事があったなと思い出した。ただ、その時は光則がキャッチャーに入り、バッテリーが入れ替わるだけだったはずである。今は光則が打席に立っているのでキャッチャーを普段は一塁を守る小野に任せるのだろう。
(竹中は6年だから、新チームはたぶん光則と小野のバッテリーになるんだろう)
俺はそんな事を考えていたが、いきなり初球を光則が打ち返した。打球は俺の頭上を越えそうなフライである。
急げばギリギリ捕れるかもしれないと思い、落下点目指して走るが、最初に目測をやや誤って遠回りしたため、打球には届かず俺の1メートル先にポトリと落ちた。ジュンが拾ってどこに投げようか一瞬考えてから二塁へ送球した。
二塁ランナーはフライだったため、スタートを切れなかったため三塁止まりだった。
続いてサードを守る三谷雄一が打席に向かう。サードへはレフトからジュンが回って、二年生の選手がレフトへ入った。三谷は初球をいきなり打ったがボテボテのピッチャーゴロで簡単にアウトになった。
5年生の打席が終わり、いよいよ6年生の番である。
6年生の先陣を切るのはレフトからサードへ回っていたジュンだった。サードへは先程アウトになった三谷が戻った。ランナーはニ、三塁である。
ジュンは初球をスイングしたもののバットは空を切った。二球目、三球目は見送りいずれもボール。四球目、竹中が打ちやすいように真ん中に投げた緩い球にジュンはバット出した。
ジュンの打球はホームベース付近で高くバウンドして俺の真正面に飛んで来た。二塁、三塁ランナーはいずれもジュンが打つと同時にスタートを切っている。
(バウンドが高いからホームは無理だな)
俺はホームがタッチプレーだし、捕ってからホームに投げてもセーフだと判断した。高くバウンドした打球の落下点に素早く走り、捕球したら一塁へ投げる。間一髪間に合ってジュンアウトになった。
「次は田村君、山口君はサードへ、サードの三谷君はショートに入って」
竹中監督の指示でポジションチェンジする。俺は打席に向かい、ホームベース付近に転がるバットを持って打席に入った。
竹中が真ん中ややアウトコース寄りへ投げた第1球、俺はしっかり引き付けてからスイングをした。鋭いライナーが放たれたが一塁方向へのファウルだった。
2球目、今度は真ん中低め、低いと判断し見送ってボール。
3球目、インコースへの緩い球、見送ってストライクで、ツーストライクワンボールと追い込まれてしまった。
次の球は3球目と同じようなコースにやや速い球。スイングしてバットに当たったが三塁線の外側にボテボテのゴロが転がりファウル。ツーエンドワンは変わらず。
5球目、インコース低め。ワンバンするような投球だけに見送ってボールとなり、ツーツー。
6球目、真ん中低め。これは打ち頃と思いきりスイングした。しっかりと捕らえたかに思えたが、力が入りすぎたのかバットの芯を外れていたようで、サード正面へのゴロ。
サードを守るのはジュンである。二塁三塁のランナーは動けない。ジュンがゴロを捕球し一塁へ投げるが暴投となってしまい一塁手が捕れなかった。
ボールはファウルグラウンドをランニングホームランになりかねないほど遠くまで転がって行ったが、こういう場合はワンパスと言って、ランナーはエラーによって進塁出来るのは一つ先の塁までというルールがあった。
つまり、各ランナーは打球によって一つ、エラーによって一つの計二つの進塁となる。したがって、三塁ランナーはホームインするのは当然だが、二塁ランナーもホームイン出来る。俺は二塁まで進塁となる。
次いでチームのキャプテンの竹中の番だ。マウンドを降りて打席に入る。ホームインしたばかりの光則がマウンドへ戻った。
少年野球をやっていて、チーム最強打者である竹中は光則が投じた初球をフルスイング、打球は左中間を抜くランニングホームラン。これには守備についていた選手からも「すげぇ〜」と声が上がった。
全員のシート打撃が終わり、普通なら二回り目でまた1年生の打順となるのだが、今日は練習試合が組まれているためにここで切り上げとなった。
新町二丁目との練習試合は新町公園グラウンドの南西側で行われる。このグラウンドはかなり広く、北東、南東、南西、北西側の四隅にダイヤモンドがあり、四チーム同時に練習出来るほどである。
俺達は新町二丁目チームが使っていた南西側へ移動した。ちなみに、南東側では新町三丁目が練習していて、北西側では新町二丁目の女子のキックベースチームが練習している。
南西側では二丁目チームが既に準備を整えて待っており、一塁側のベンチに陣取っている。従って、俺達は三塁側ベンチに入る事になった。
ベンチに入ると監督からスタメンが発表された。
一番、ピッチャー、丸山光則(5年生)……俺の家のすぐ近所に住む下級生、運動神経が優れており、全ポジションを守れる。普段は先発投手としてマウンドに立つ。打撃も良く足も速い
二番、センター、前川拓也(4年生)……4年生にしては背が高く6年生の俺と大して変わらないほど。普段はセンターを守るが、守備範囲が広く肩も強い
三番、ショート、田村英樹(6年生)……俺の事。ソフトボール自体久しぶりだし、体が動くかどうか心配。小学生時代はしぶとい打撃と堅実な守備が売りだったが、中身はオッサンだけに勘が鈍っている可能性も
四番、キャッチャー、竹中修(6年生)……チームのキャプテン。少年野球の選手でありチームで一番の強打者。普段はキャッチャーだが、途中からリリーフとしてマウンドにも上がる
五番、サード、三谷雄一(5年生)……3年生の時、九州から転校して来た。運動会ではいつもリレーメンバーに選ばれる駿足。守備も上手。
六番、ファースト、小野正弘(4年生)……太っていてパワーたっぷりの強打者であるが、なかなかバットに当たらないのが欠点。右投げ左打ちで、チーム唯一の左打者
七番、レフト、山口淳平(6年生)……ジュンの事。俺の家のすぐ近くに住む親友。スポーツ全般苦手でソフトボールもあまり上手くない
八番、セカンド、藤野智(3年生)……小柄であるが動きは俊敏で守備は上級生に負けないほど上手い。打撃はややパワー不足
九番、ライト、川中圭太郎(4年生)……実家はチームのメンバーほぼ全員が利用する『川中理髪店』。あまり上手くないが、とても頭が良く知識は豊富
(俺は三番ショートか……)
俺の記憶でも、31年前の時も三番ショートだったような気がする。ヘマをして迷惑をかけないようにしなくてはならない。
キャプテン同士のジャンケンは、新町二丁目のキャプテンが勝って先攻を選んだため。俺達は後攻になったが、子供のソフトボールに、先攻後攻どちらが有利というのもないだろうから、問題ないだろう。
試合前、ベンチ前で竹中監督を中心に円陣を組んだ。
「練習初日からいきなり練習試合だが、向こうもそれは一緒だから条件は同じだ。二丁目とは何度も試合をしているが、うちが少し分が悪い。しかし、今日は全員思い切りやって、どれくらい通用するか試してみよう」
監督の話が終わり、選手全員で輪になって肩を組む。
「行くぞ!」
「おう!」
掛け声をかけた後ベンチ前に整列する。そして、相手チームもベンチ前に並ぶとホームベースの後ろにいた審判が号令をかける。
審判は二丁目チームのコーチと、同じグラウンドで練習していた三丁目チームのコーチである。俺達の新町一丁目チームは竹中監督の他に小野の父親がコーチをしているが、今日は用事があるのか練習に来ていなかった。
「整列」
審判の号令と共に、両チームの選手がホームベースを挟んで向かい合わせに整列した。
「これより、新町一丁目対新町二丁目の試合を行います。試合は5イニング制で、先攻は新町二丁目です。それでは、両チーム共に正々堂々とプレーするように。以上」
審判からの注意の後、両チームの選手が脱帽しお辞儀をする。その後、俺達は後攻なので守備につく選手はグラウンドに散らばって行った。
先発投手の光則が7球の投球練習を開始した。光則はコントロールが定まらずワンバンするような投球もあったが、キャッチャーの竹中はさすがに上手く、難しい投球も後ろに反らす事なく捕球していた。
投球練習の最後はキャッチャーが二塁へ遠投するので、ショートの俺が二塁へカバーに入る。竹中から二塁へドンピシャに鋭い送球が来て俺のグローブに収まった。
いよいよ、試合開始。
先発の光則はコントロールが定まらず、一番、二番に連続フォアボールを与え、いきなりノーアウト一塁二塁のピンチ。
しかし、三番バッターをキャッチャーへのファウルフライに打ち取って落ち着きを取り戻し、続く四番の6年生、岩田真一を三振に仕留めツーアウト。
6年4組の児童でガタイも良く、二丁目チームの最強打者を打ち取りピンチは脱するかと思えたが、続く五番の4年生か3年生の選手が打った当たりは鋭いライナーでセンター前へ。二塁ランナーがホームインして二丁目に先制点を許してしまった。
六番バッターは初球を打ってピッチャーゴロでアウトとなりチェンジ。
先制点は許したが2点目を与えなかったのはとりあえず良かったといえる。
一回裏、今度は俺達の攻撃だ。一番は光則である。
二丁目チームのマウンドには去年からエースの岩田ではなく、見た事のない選手が立っていた。
「二丁目は河合が投げるのか」
ベンチで三谷が言った。相手投手は三谷と同じクラスの河合博武という児童らしい。
相手投手が投球練習を始めたが、とても速い球を投げており俺達は驚いた。
「おい、こりゃ速いぞ」
俺はベンチで隣に座っている竹中に言った。
「速いしコントロールも良さそうだ。こいつが投げてるとこは初めて見たが、これは簡単には打てないよ」
竹中は相手投手に関心したように言った。
「相手はどんどんストライクを取って来そうだから、振らなかったらすぐ追い込まれるぞ。ストライクが来たらどんどん打って行け」
竹中監督がアドバイスをした。確かに、フォアボール狙いでじっくり見てもすぐに追い込まれるだけだろう。好球必打でどんどん打つ方が良さそうだ。
投球練習が終わり、一番バッターの光則が打席に入った。
光則は監督のアドバイス通り、初球から振ったのだがバットには当たらない。
結局、光則は3球続けて空振りをして三振に倒れてしまった。
「バットが出るのが遅れているから、少し短く持った方がいいぞ」
「はい、わかりました」
ベンチに帰って来た光則に竹中監督がアドバイスをして、光則がうなずいた。
二番バッターの前川が打席に入り、三番の俺はネクストバッターズサークルに向かった。俺はサークルで相手投手の投球をしっかり見る事にした。
河合は初球のボール球を振って空振り、続く2球目は打ち頃のコースに来て、前川はそれをしっかり捕らえたようにみえたのだが、球速に押されたのかサードゴロ。普段はエースとしてマウンドに立つ岩田が捌いてアウト。
ツーアウトランナー無しで俺の打順に回って来た。打席に入ると、軽く足場を固めて構えに入る。相手投手は構えに入るとすぐに投げて来た。
アウトコースへの速球、俺はやや体から遠いのでボールだと思って見送った。
「ストライク!」
審判はストライクをコールした。
(あのコースはストライクなのか)
次にあのあたりに来たらストライクなので振らなければならない、俺は軽く素振りをしてから2球目に備えてバットを構えた。
2球目は真ん中低めだが明らかに低い、これはどう見てもボールなので見送った。これでワンボール、ワンストライク。
3球目は初球と同じようなコースだった。俺は迷わずバットを出した。バットから手に衝撃が伝わって来た。
(よし、捕らえた)
俺は手応えを感じたのだが、投球の速さに押されたのか打球は真横に飛んで行った。俺自身は捕らえたつもりだったが、やや振りだすのが遅れているのか、スイングスピードが出ていないのかのどちらかだろう。
4球目、5球目と高めに明らかなボール球だったので見送ってフルカウント。
6球目は真ん中付近への速球だった。ボールをよく見てスイングする。しかし、やや芯から外れた打球はショートへの小フライ、相手のショートが守備位置から数歩前にでてキャッチしてスリーアウト、一回裏の俺達の攻撃は三者凡退に終わった。
二回表、二丁目チームの攻撃は七番からの下位打線。しかし、光則は先頭の七番バッターをツーストライクに追い込みながら、それからボール球を続けてフォアボールを出してしまった。
続く八番バッターへの初球、一塁ランナーが盗塁を仕掛けてきた。俺は二塁のカバーに入りキャッチャーの竹中からの送球を受けようとした。捕球してランナーにタッチしようとしたが、きちんとグローブに入ってなかったのか、タッチする前にボールを落としてしまいセーフになってしまった。
ノーアウト二塁と初回に続くピンチとなってしまった。しかし、ここから八番、九番はしっかり抑えたい。今打席に入っている八番バッターは小柄な3年生くらいの選手である。
その八番バッターはフルカウントまで粘るが、最後は俺が守るショート真正面へのゴロだった。
バッターがゴロを打った瞬間に、通常は打球の方向を確認してからスタートするためショートゴロの場合は通常は走らない二塁ランナーが俺の前を通過して行った。
(これはサードで殺せるだろう)
俺はサードに投げればランナーを殺せると判断した。ゴロを捕球してすぐさま三塁を送球した。ランナーはそのままサードへ滑り込みタッチアウトとなった。
ワンナウト一塁から九番バッターが三振してツーアウト二塁になって、打順は一番にもどった。一番バッターをしっかり打ち取りたいところだったが、今日の光則は調子が良くないみたいで、一二塁間をゴロで抜かれツーアウト一塁二塁になった。
続く二番バッターはワンボールツーストライクと追い込んだ後にもかかわらず、甘く入った球を捕えられレフトオーバーのランニングホームラン、これで4失点と厳しい展開になってしまった。
続く三番打者は何とか内野ゴロに仕留めてようやく二丁目の攻撃が終了した。
二回裏、4点を追いかける一丁目の攻撃は四番の竹中から、俺達とすれば、チームの主砲竹中に期待したいところである。
竹中は相手投手の速球を打ち返しサード方向へのゴロ。捕球しようと、少し三遊間方向に移動した相手のサードのグローブの下をかろうじて打球が抜けて行き、チーム初ヒットで竹中が出塁した。初めてのランナーに俺達もベンチで盛り上がった。
しかし、続く五番の三谷が3球連続で空振りして三振。六番の小野はファウルで粘っていたが、どうしても打球が前に飛ばず最後はファーストへのファウルフライに倒れてしまった。
七番はジュン、速球にバットが出なかったが、逆に幸いして一度もバットを振らなかったにもかかわらず、フォアボールで出塁した。これでツーアウト一塁二塁のチャンスとなった。
チャンスで打席に入ったのは八番の藤野、レギュラー最年少の3年生だが、なかなかセンスが良いので期待出来る。しかし、藤野はノーボールツーストライクから高めのボール球にバットを出してしまい、空振りの三振に倒れてしまい、結局は無得点に終わってしまった。
三回表は相手の中軸打者が登場するが、先発の光則はようやく落ち着いてきたのか連続三振を奪いツーアウト、三人目もファーストゴロに打ち取り三者凡退。
ベンチの竹中監督も手応えを感じたのか戻って来た選手を笑顔で迎えた。
三回裏の攻撃前、監督の指示で俺達は円陣を組んだ。
「相手のピッチャーは高めへの速球で空振りを取りに来ているが、空振りしているのは全部ボール球だ。振りたくなるのを我慢しなければ相手を助けてしまうぞ。逆に低めを狙うと、球速は少し落ちるから、低めの球を狙った方がいい」
竹中監督が相手投手の攻略方法をアドバイスした。
三回裏の攻撃は九番の川中から、川中は勉強は出来るがスポーツは苦手なタイプだけに、あまり期待出来ないだろう。監督の指示通りに低めの球を狙っていたようだがピッチャーゴロでアウトになった。
ワンナウトになり、打順はトップに戻り光則である。
「丸山君、足が速いんだから、転がせば何かが起きるかもしれない。力任せに振り回すのではなく、しっかりミートして、とにかく転がそう」
竹中監督がネクストに控えていた光則にゴロを打つようにアドバイスした。光則は監督にうなずいてから打席に向かった。
光則はいきなりストライクを2球見送って追い込まれたが、そこからファウルで粘って11球目にフォアボールで出塁した。
一塁ベース上の光則が三塁側ベンチの竹中監督の方をじっと見ていた。これは光則が盗塁してみたいと監督にアピールしているのである。竹中監督は光則に一度二度うなずいて見せた。
ワンナウト一塁で二番前川の打席。三番の俺はネクストで控えていた。
初球ボールの後の2球目、光則は投球と同時にスタートを切った。投球はアウトコースギリギリのストライク、バッターの前川はこれを見送った。キャッチャーが捕球してから二塁へ送球したが余裕でセーフとなった。
「あのキャッチャーは動きがモタモタしてるから、盗塁すれば全部セーフになるな。みんなランナーに出たらどんどん走れよ」
竹中監督はキャッチャーの動きを見て、盗塁しやすいと判断した。もっとも、盗塁以前に出塁する事が出来るかどうかが問題ではあるのだが。
ワンナウト二塁となり、ここから中軸に回る。これは得点の可能性が高まったと言えよう。
しかし、前川は3球目をファウルした後の4球目、インコースの球に空振りして三振に倒れてしまった。
俺はネクストバッターズサークルから相手投手の投球を見ていたが、目が慣れてきたのか相手投手のスタミナが切れてきたのかわからないのだが、投球のスピードが初回より遅くなっている気がした。
(ツーアウトだから俺がアウトになるとチェンジになる。フォアボールでも何でもいいから、出塁して四番の竹中につなげよう)
ネクストから打席に向かって歩きながら俺は考えていた。
ツーアウトながらランナーは二塁にいる。三回表を三者凡退に抑えた後だけに、ここで1点でも返したいところである。
俺の二打席目、初球はアウトコース寄りのストライク、2球目はアウトコースに外れてボール、3球目4球目は高めの球を見送ってスリーボールワンストライクとなってからの5球目、真ん中やや低めへの速球、しかし、俺も目が慣れていたためタイミングも取りやすい。俺は投球をバットでひっぱたいた。
バットにボールがあたり打球はピッチャーの足元への鋭いゴロ。投手がグローブを出す前に打球はセンター前に抜けていった。
二塁ランナーはホームへ突入してもセーフになりそうなタイミングだったが、次が四番なので無理せず三塁に止まった。
ツーアウト一塁三塁の絶好のチャンスで四番の竹中に打順が回った。ここで最低でも1点は返したいところである。
竹中は初球のアウトコースを見送りワンボール、そして2球目、インコース低めの投球がホームベース手前でワンバンしてキャッチャーが後逸してしまった。
これで三塁ランナーがホームイン、一塁ランナーの俺も二塁に進塁した。
三回裏、ツーアウト二塁に場面は変わり、カウントはツーボールナッシング。次はストライクが欲しいところだけに、バッターとしては狙いどころである。
3球目は真ん中やや外寄りで、竹中はバットを出した。しっかり捕らえた打球は流し打ちの速いゴロで、二塁ランナーの俺も、ヒットになった場合は一気にホームインするつもりでスタートを切った。
しかし、不運にもゴロはセカンド真正面。セカンドが捕球し丁寧に一塁に送球してアウト。スリーアウトチェンジになった。
1対4で四回表二丁目の攻撃へ移る。
相手の攻撃は七番からの下位打線、ここも三回に続いて三者凡退といきたいところである。
光則は期待に応え、七番八番を連続三振、九番には代打で小柄な2年生か3年生くらいの選手が出て来たが、初球を打たせてショートゴロ。打った瞬間、俺の正面にボテボテのゴロが飛んで来て一瞬焦ったが、素早く前進して捕球して、しっかりと一塁に送ってアウトにした。
ようやく、俺達も調子が出て来たので、選手は意気揚々とベンチ引き上げて来た。四回五回と2イニング攻撃は残っている。3点差なら追い付けない点差ではないので、ベンチの雰囲気も序盤に比べると格段に明るくなった。
四回裏、ここで二丁目はピッチャーを代えてきた。先発の河合がサードに回り、サードを守っていたエースの岩田がマウンドに立った。岩田はコントロールが良く、二丁目とは何度も練習試合をしているが、岩田はなかなか打ち崩せていなかった。
今日先発した河合とエースの岩田と揃えば新町二丁目チームは今年は優勝候補に数えられそうである。
俺達の攻撃は五番の三谷から、岩田はゆったりとした投球フォーム投げたり、クイックで投げたりして、バッターとすればタイミングを取りづらい。
しかし、三谷は変わりばなの初球をジャストミート、鋭いライナーがレフトを襲った。
「よっしゃー!」
打った瞬間、俺達新町一丁目のベンチは盛り上がったのだが、打球は失速しレフトライナー。当たりがレフト正面だったのも不運だった。
ワンナウトとになり、六番の小野、左打ちのパワーヒッターだけに、うまく捕らえれば長打も期待出来る。
しかし、小野はクイックで投げた初球のど真ん中を見逃してしまい、焦ったのか2球目、3球目とボール球を続けて振ってしまい三振に倒れてしまった。
ツーアウトランナー無しで七番のジュン。
ジュンは初球、2球目とファウルでいきなりツーナッシングと追い込まれたが、その後ボール3球でフルカウント、6球目、真ん中高めの絶好球を思い切りひっぱたき、三塁線に速い打球を打ったものの惜しくもファウル。結局、続く7球目のインコースを空振りして三振になりスリーアウト。
追撃ムードで迎えた四回裏が三者凡退に終わりベンチのムードは再び停滞してしまった。
五回表、二丁目は一番からの好打順、しかし、この回は絶対に無失点で切り抜けなければならない。
先頭の一番バッターは、ツーボールワンストライクから打ってピッチャーゴロ。
ワンナウトとなり二番バッター、初球、光則がコントロールをミスしてど真ん中に投げてしまい、鋭いライナーのレフト前ヒットを打たれてしまった。
しかし、光則は気を取り直し、つづく三番バッターをファーストへのファウルフライに打ち取り、更に四番の岩田をセカンドゴロに抑え無失点で切り抜けた。
いよいよ、最終回五回裏、八番の藤野からの攻撃。
藤野はワンボールからの2球目を打ったがセカンドゴロ、先頭バッターの出塁はならなかった。
しかし、九番の川中がボテボテの三遊間のゴロが内野安打になり、ワンナウト一塁で一番に繋いだ。
一番の光則はツーナッシングから3球目を打ったもののファーストゴロ、二塁に送球され一塁ランナーはフォースアウト、これでツーアウト一塁。
二番の前川がアウトになると試合終了となり、三番の俺に回らない。先程の打席でヒットを打った俺は、出来ればもう一打席立ちたい。ネクストバッターズサークルで祈るような気持ちで前川の打席を見つめていた。
前川は初球、2球目とボール球を見てツーボールナッシング、3球目ストライクでツーボールワンストライク、そして、4球目の真ん中あたりの球を打った。
(あぁ……当たり損ねだ)
俺は打った瞬間ダメだと思った。
打球はショートフライだ。
「落とせ!」
「ウォーッ!」
「こら死ね!」
俺達のベンチから守備を妨害するために選手全員で大声を出す。しかし、相手のショートはフライをしっかりとキャッチしてスリーアウトで試合終了となった。
1対4で俺達新町一丁目の負けで試合は終わった。
ホームベースを挟み、両チームの選手が向かい合い試合終了の挨拶をして、それぞれのチームの選手は相手チームのベンチに挨拶に行った。
「ありがとうございました」
相手チームのベンチ前で整列して相手監督やコーチに挨拶をしてから自分達のベンチに戻った。
「お疲れさん。丸山君は試合前に投球練習をする時間がなくて、立ち上がり苦労したが中盤からはナイスピッチだった。他のみんなも思ったより落ち着いていたと思う」
ベンチに戻り竹中監督を中心に円陣を組み、監督の総括が始まった。
「バッティングは、最初は相手の河合君の速球にビビっていたが、だんだん慣れてきて打てるようになりつつあった。あのまま、河合君が投げ続けていたら、もっと点が取れたと思う。ただ、全員まだまだスイングが弱い、これからしっかり振り込んでスイングが鋭くしなければならない」
バッティング面の総括では、一丁目チームにはいない速球派のピッチャーの対策がポイントになりそうである。
「守備に関してはみんなよく頑張ったと思う。守備は二丁目チームと比べても負けていなかった」
守備については監督は満足していたようだ。
「では、これで解散。みんなお疲れさん」
最後に監督が選手を労い解散となった。
俺も他の選手も自転車で帰路についた。
今日は久しぶりにソフトボールをしたが、最初は戸惑いもあったが、それでも楽しかった。スポーツ自体しばらくご無沙汰だったため、チーム一丸となり勝利を目指すスポーツはとても楽しいのである。
大会までまだ4ヶ月近くある。それまでにずっと上手くなりチームを勝ちに導くぞと固く心に誓ったのであった
次回はゴールデンウィークの生活についてのお話です。
お楽しみに




