単身赴任
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今回は短い話になります
1986年4月21日月曜日、今日は特に変わった事もなく、学校が終わり放課後はジュンこと山口淳平、イケこと小池伸二、フジダイこと藤井大介の四人でジュンの家に集まり、それぞれゲームソフトを持参してテレビゲームに興じてから帰宅した。
21世紀では小学生が外で遊ぶ姿を見る事はまれであるが、1986年当時も子供が外で遊ばなくなったと言われていた。当時はテレビゲームが急速に普及した時代で、子供達は専らテレビゲームで遊んでいたのである。
午後6時、ジュンの家から自宅に帰ると、ちょうど晩ごはんが出来ていた。俺が帰るのを待っていたのか、母は俺にすぐに台所に行くように言うと、階段のところに行き二階の自室にいると思われる姉を呼んだ。
程なくして姉がやって来た。子供二人が席についたのを見て、母は茶碗にごはんをよそった。
今日は焼肉らしく、子供達に焼きたてを食べさせたい母は、これから肉を焼くという。俺は早く肉を食べたいが、焼けるのを待つ間はごはんとおかずのジャガイモの煮付けで我慢するしかなかった。
やがて、肉が焼けたので熱々のまま母は皿に乗せて俺達の所に持ってきた。
それから、ようやく母は自分の食べる分を焼く。肉がいくらか残してあるのはまだ仕事から帰っていない父の分だ。
おいしい焼肉に舌鼓を打っていると父が帰宅してきた。
「ただいま、いいにおいだなぁ」
「あぁ、お父さんお帰りなさい。すぐに焼くから少し待ってて。お父さん、手を洗ってから席についてもらえないかしら?」
「父さん、汚い手で食事すんなよ」
「ホントおじさんになると、清潔にする事に関心ないんだから、こういうお父さん持ってて恥ずかしいわ」
「わかったわかった。洗うよ、洗えばいいんでしょ?」
父はやれやれといった様子で流し台に行き手を洗った。それから再び席に戻って来た。
「ちょっとみんな聞いてくれ。会社で大変な事が起きたんだ」
父は席に座るや、用意された晩ごはんに手を付けず家族に向かって話し始めた。
(あぁ、もうあれが起きる日だったんだな)
俺はかつて経験した事なので、父が何を言うのかは知っていた。
「実は、ゴールデンウィーク明けから東京に転勤する事になったんだよ」
父は家族皆に聞こえるよう、大きな声でゆっくりと話した。
「お父さん、それ本当なの?」
母が事実かどうか確認しようと父に尋ねた。
「嘘じゃないよ。急遽決まったんだ。だから、異動をゴールデンウィーク明けまで待ってくれるんだよ」
父が説明した。
「お父さんの会社って、東京にもあるの?」
今度は姉が質問した。父が勤める会社は福山市に本社があり、広島県と岡山県で活動している企業である。
「東京には東日本の取引先との連絡等のために、小さな出張所があるんだよ。所長と事務員が2人だけの出張所だけどね。そこには福山から単身赴任していた所長がいるんだけど、奥さんが病気で倒れたから急遽福山に帰る事になったんだ。それで、本社で適任者が俺しかいなかったから、俺が東京に行く事になったんだよ。転勤といっても、来年度には新しい所長を行かせるから、来年3月末までの期間限定だけどね。俺は新しい所長が来るまでの繋ぎだよ」
父が転勤の事情を説明した。とはいえ、一年近い期間を東京で過ごすわけだから、大変な事であるには違いない。
「向こうに住む所はどうするの?」
母が父に尋ねた。母としては父の生活が心配だからである。
「出張所の近くにアパートでも借りなきゃならんな。単身赴任だから、寝起き出来るだけでいいんだから、安い所を探そうと思う」
「何だ、単身赴任なの? 皆で東京に引っ越し出来るのかと思ったのに」
姉が残念そうに言った。
「来年3月までだからな。何年も行くなら家族も一緒に行けばいいけどな」
父が姉に言った。姉はチェッという感じで舌打ちした。
「じゃあ、ニューヨーク出張所に転勤する時は10年くらい行く事にしてよ」
姉が冗談を言った。
「まずはニューヨークに出張所が出来るように、社員全員頑張らないとな」
父が苦笑いしながら言った。
俺はこの一連の会話に特に驚きもなく、何も話す事はなかった。最初の人生で経験していたので、驚きもしなかったからである。
準備期間があるといっても、赴任まで二週間である。それから我が家は数日間はバタバタしていた。
まず、早急な問題として住む場所を探さなければならない。探して、契約して実際に住むとなると、二週間では足りないくらいだから、大急ぎでアパートを探さなければならない。
父は仕事中にも東京の不動産屋に電話をかけて部屋探しをして、ようやく出張所から徒歩数分の所にすぐに住めるアパートを見つけた。そして、その週の土曜日に日帰りで東京に行き、アパートの下見と契約を済ませて帰って来た。
出張所があるのは常磐線のの南千住という駅の近くである。
地下鉄の駅もあり、出掛けるにはわりと便利な場所である。
父は福山からは当面必要な衣類のみを持って行き、あとは現地調達する事になった。
東京での勤務が始まるのはゴールデンウィーク明けの5月6日からだが、生活必需品や家電品の買い出しなど、やらなければならない事がたくさんあるので、父は5月3日に東京に向かう事にした。ゴールデンウィーク中なので、列車はかなり混雑しているが、どうにか新幹線の指定席を確保出来たようだ。
俺は高校を卒業して大学に入学してからはずっと東京に暮らしていた。
大学時代は世田谷区祖師ヶ谷、社会人になって独身時代は中野区野方、結婚して花小金井、子供が出来て武蔵境と移り住んだので、南千住のあたりに住んだ経験はない。
しかし、妻が葛飾区綾瀬の生まれで、綾瀬に行く際に南千住も通ったので、あのあたりの雰囲気はだいたいわかる。
南千住なら買い物をする店も多いし、飲食店もたくさんあるので生活するには困らない場所である。何より、出張所まで徒歩で行けるのが良い。常磐線の糞みたいなラッシュに遭遇しなくて済むからだ。
父は福山市に生まれ育ち、大学こそ神戸だったものの、就職後は福山戻って来て実家住まい。母と結婚してようやく家を買ったのだから、独り暮らしは大学時代の四年間のみである。父は急な転勤に戸惑いこそあったものの、久々の独り暮らしは楽しみなようで、浅草が近いので、自転車があれば気軽に散策出来るとか、後楽園や神宮でプロ野球が見れるとか、東京暮らしを漫喫するつもりのようだった。
母はというと、いろいろな費用を考えると頭が痛いようだ。
姉は父の都会暮らしを羨ましがってるようである。
俺は……別に何の感慨もない。ただ、42歳にもなって小学生に戻り、親と暮らす事になって窮屈だったので、父が独り暮らしする事が羨ましくはあった。
家族の色々な思惑はあったが、間もなく父が東京に向かう事に変わりはない。
次回は互いに中身が大人である主人公と京子が二人きりになり、少し気がゆるんで油断してしまうお話です
お楽しみに




