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この世界  作者: 林 広正
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ヘルプ!


   ヘルプ!


 不思議だけど、身体が急に軽く感じられたよ。それまでは身動き出来ないほどに重く、あちこちに痛みを感じていた。けれど、僕の身体にだけ傷一つないことに気がつくと、突然その身体に自由を感じたんだ。

 僕は立ち上がり、一番近くの瓦礫に埋まっているまだ生きてる人に近づいた。残念だけど、死んでいる人には目を向ける余裕も無かったよ。それに、目の前で埋もれている店員を助けようとも考えはしなかった。確実に死んでいる? そう感じたからじゃないんだ。どういうわけか、僕にはそこから命を感じることが出来なかったんだ。死んでいる命さえもね。そこには誰もいないって、確信に近いものがあったよ。店員がいるはずなのに、ね。それもまた、確信に近いはずだった。あのタイミングで逃げ切れるはずはないんだ。

 瓦礫をどかし、なんとか助けようとしたけれど、大きな瓦礫に埋まっているため、僕一人ではどうすることも出来なかった。

「おい! 動ける奴は手伝ってくれ!」

 僕の大声を合図にしたかのように、背後で轟音が響いた。振り返ってみると、勢いよく天井が崩れ落ちていたよ。そこは僕がついさっきまでいた売店の目の前の場所だった。僕が座り込んでいたその場所に、大量の瓦礫が積み上げられていた。

 そんな光景に、僕の動きが止まった。砂埃が舞い上がるその場所から、目を離すことが出来なかった。

「悪いんだけど、早く助けてくれないか? こっちも、やばそうなんだよね」

 僕が助けようとしていたその人のかぼそい声が耳に聞こえてきた。そのときだよ。僕の肩に小さいけれど痛みを感じるほどのコンクリートの欠片が落ちてきたんだ。砂埃も舞っている。天井を見上げると、大きなヒビ割れが、いつ崩れてもおかしくないように感じられた。

「おい! 誰か手伝ってくれ!」

 近くの人影に向かって大きく呼びかけた。どうしてなんの反応も示さない? その人影が生きていることは明らかだったよ。しかし、立ち上がる力がまだ戻っていなかったんだろう。僕はそう考えることにした。

 僕は一人、必死に力を絞り、瓦礫に手をかけていた。すると背後から近づいてくる足音が聞こえてきたんだ。瓦礫をどける手助けをしてくれる。勝手にそんな期待をし、振り返った。

 始めはゆっくりと、歩いているスピードだった。次第にというか、突然リズムが変わった。スピードが上がっていく。真っ直ぐ僕に向かっているような気がしてならず、じっとその足音のほうに目を向けていた。僕の動きは完全に止まってしまっていたよ。

「お願いだから早くしてくれよ!」

 そんなかぼそい怒鳴り声は僕の耳にはなんの刺激も与えてくれなかった。彼には悪いけれど、僕の興味は完全にその足音に向かっていたんだ。目を凝らすと、勢いよく回転する足が見えたよ。白い布から覗いて見える綺麗な足だった。足元だけが灯りに照らされているかのようにくっきりと見ることが出来たのは何故だ? そんな疑問は今になって浮かんできただけで、当時はまるで気にもなっていなかった。

 その足はぐんぐんこっちに近づいてくるんだ。僕には目を離すことなんて出来なかった。けれど、見つめていたその足が、突然視界から消えた。無意識に顔を上に向けたよ。その足が飛び上がったと感じたんだ。天井に足は見えなかった。コンクリートの欠片がいくつも落ちてきただけだった。グワグワと、奇妙な響きの音が聞こえていたよ。

 その瞬間には別の大きな物音が二種類聞こえてもいた。なにかが崩れるようなゴゴゴゴーッという物音と、人工的な軽やかに地面を踏み切るようなタンッという音だった。

 その瞬間には真上の天井が崩れ落ちていく様が見て取れた。大きな塊が一つ、僕の顔に向かって一直線だ。小さな欠片も埃と共に降っていた。僕にはその瞬間がスローモーションのように感じ、見ることが出来ていた。

 不思議と? 僕の心は落ち着いていたよ。天井の塊に押し潰されて死んでしまうなんて恐怖は、これっぽちも湧いていなかった。

 身体に衝撃を感じ、スローモーションが終わりを告げた。上からではなく、横からの衝撃だった。全くの予想外の衝撃に、驚く暇もなかったよ。お腹から膝にかけての間にほんの少しの痛みを感じ、僕の身体は大きく後方に突き飛ばされたんだ。

 なにが起きたのか理解を出来ずにいた僕の目の前に、真っ白な布で身を包んだ色白の綺麗な女性が立っていた。その女性のすぐ背後で、天井が崩れ落ちていた。僕が必死になって助けようとしていた人の悲鳴と呻きが聞こえていたよ。助けられなかったことは悔しく感じたけれど、僕にはどうすることも出来ないんだ。呻きはすぐに途切れ、その人が死んだことを教えてくれた。瓦礫に埋もれるその人の顔が僕には見えていた。血だらけの顔、その目が僕に向けられていた。僕になにを求めていた? 僕は頑張ったんだ。仕方がなかったんだよ。僕が必死に自分自身を庇護していたよ。そして目の前の女性に向かって声をかけた。

「ありがとう・・・・ 君がいなかったら、僕も死んでいたよ」

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