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この世界  作者: 林 広正
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大地震

   大地震


 ちょうどそのときだよ。僕の足元を、地面が大きく縦に突き上げてきたんだ。僕の身体が数センチ宙に浮かんだ。昼間の工事現場の騒音とダムの放水を混ぜたかのような物凄い音が駅ビルの中全体に響いていた。何事か? なんて思う余裕は無かったよ。天井からはぱらぱらとコンクリートの欠片が降っていた。

 それからすぐ、足元が激しく揺れた。長い横揺れで、徐々にその勢いを増していく。足元の揺れは腰へと伝わり、胴体を揺り動かし、頭をも揺らしていく。

 揺れていたのは僕だけじゃなく、駅ビル全体が大きく揺れていたようだ。正確にいえば、地面が大きく揺れていたんだけどね。僕の体感では、舗装されていないデコボコ山道を軽自動車で全速で下っているようだったよ。目が回り、吐き気をもよおすほどの揺れだった。長い揺れが治まったとき、僕は地面に腰を落としていたよ。とてもじゃないけど、立っていられる揺れじゃなかった。それは僕が貧弱だからじゃない。っていうか、僕はそれほど貧弱じゃないよ。特別強靭でもないけれどね。周りにいたみんながしゃがみ込んでいたんだ。地面の揺れが治まっても、簡単には立ち上がれない。そこにいたみんなが同じだったはずだよ。

 僕の足はガタガタと震えていた。腕も胸も顔も、全身の震えが止まらなかった。特に酷かったのが首筋とアゴ、歯の震えだった。今でもアゴの裏に痛みが残っている。

 地面に両手をつけ、なんとか立ち上がろうとしたけれど、手が震え、力が入らない。何度も手の位置を変え、力を入れようと必死だった。

 そんなとき、手元になにかを感じた。なんだこれは? 軟らかいような硬いような、地面とは違うなにかが手に触れたんだ。顔を向けたけれど、なにかがあるのは確かだったけれど、はっきりとは見て取れない。一度目の大きな揺れで明かりは全て消えていた。昼間だというのに、電気がなければ駅ビルの中は真っ暗になるんだ。おまけに崩れかけているコンクリートの欠片で砂煙が舞っている。僕は地面を手探りし、そのなにかを掴み、目の前にかざしてみた。目を凝らしてよく見ると、そのなにかがゆっくりと浮かんでくる。あっ! 優人と優香が好きなヒーローの顔が浮かび上がってきた。僕は慌てて辺りを手探りし、もう二体の人形を探し当てた。

 ヒーローの表情はマスクが邪魔で見ることが出来ない。しかし、天使と神様の顔はよく見えた。その顔が少し明るく光っているようにも見える。真っ白な肌をしているから? そんなことを頭に思い浮かべて見つめていると、僕に向かって一瞬だけど、ニコッと微笑んでくれたような気がしたよ。

 それが気のせいだってそのときは感じたよ。けれどそれでも、その微笑によって僕の心は落ち着いた。歯の震えだけはなかなか治まらなかったけれど、その他の震えが治まっていくさまを身体で感じることが出来た。僕は無意識に何度かの深呼吸をしていたようだった。胸の鼓動が穏やかになるのを感じられたからね。

 冷静を取り戻した僕は、ようやくなにが起きたのか、そのときの事態を飲み込むことが出来たんだ。ニュース映像や映画とは違う、本物の悲劇がある。こんな日が来るなんて、夢には思っても、現実にはないと思っていた。誰も経験したことないような規模の大地震が起きたんだ。

 辺りは奇妙なほどに静かだった。みんな死んでしまったのか? そう感じるのも無理ないくらいの静けさだった。それともここは天国? 僕はすでに死んでいる? 天井からコンクリートの欠片がぱらぱら落ちてきた。その音を聞いて僕は現実へと引き戻された。

 暗いといっても、真っ暗ではなく、目が慣れれば辺りを見渡すことが出来る。砂埃が落ち着き、視界も良好だった。それ以前、僕は勝手に自分の置かれている景色を想像していた。最悪の地震。崩れかけの建物の中に取り残されている。地上への道はどこだ? 光がどこにも見えない。四方を崩れ落ちてきたコンクリートに囲まれている。

 現実は想像とは違う。そのくらいのことは誰にだってわかる。僕は最悪を想像していたつもりだった。現実は・・・・ わからないんだ。どっちが最悪だ?

 僕の目の前にあったはずの売店は、その姿が見えなかった。崩れ落ちた天井に押し潰されたようだった。本当にそうなのか? 確かにそこの天井は崩れて穴が開いていた。売店があったその場所には瓦礫が積み重ねられていた。見事というか、跡形もなく売店は瓦礫の中だ。あの天使のような店員も? 信じられないという気持ちと、怖いって気持ちが混ざっていたよ。

 辺りを見渡すと、そこかしこで天井が崩れ落ちていた。足元の地面にはヒビがはいっている。穴が開いている場所も多く、一階の様子が覗けて見えた。僕のいた場所と変わらない瓦礫の山、砂煙。壁にも大きなヒビがはいっていて、今にも崩れそうになっていた。

 静けさを破ったのは、天井から落ちてくる小石の音だった。パラパラと、僕の頭にも一つ、ぶつかった。

 それをきっかけに、少し遠くで瓦礫の崩れる大きな音が聞こえた。直後には、天井が崩れたのか、床が抜けたのか、背筋がビクッとなる音が聞こえ、実際に身体を震わせた。舞い上がった埃の匂いだけが漂ったいたよ。その匂いに、なんだか焦げ臭いものが混じっていることに気がついた。そのときだよ。別の音が聞こえ、無意味に恐怖を感じることになったんだ。

 プシューなんていう水が噴き出しているような、ガスの抜けているような甲高い音だった。水浸しになる? ガス爆発? どんな小さなきっかけにも身体をビクつかせていたよ。実際にはたいしたことがなくても、全ての感覚が恐怖に染まっていたんだ。

 冷静になんてなれないけれど、辺りをゆっくり見渡し直した。すると少し前には見えなかった景色が見えてきたんだ。どうしてだろう? 恐怖はちっとも薄れていなかった。むしろ増していたぐらいだ。それなのに、心が少し落ち着きを取り戻していたんだ。見えていなかった景色が見えるとの確信を持っていたよ。恐怖に心が慣れてしまったのかも知れない。

 そこには僕以外の人の姿も見えていた。みんなが僕と同じように地面にしゃがんでいるか、うつ伏せていた。中には身体の半分を瓦礫に埋もれさせている人もいたよ。力なく苦しそうに呻いたり、大きな声で助けを求めたりしていた。当然、息絶えている人も多かった。瓦礫から足や手だけが見えたりもしたよ。ピクピク動いている手足もあれば、蹴飛ばしても無反応な手足もある。身体全体が瓦礫の中に埋まっている人はきっと、僕の目に見えていた人の倍ほどはいたはずだよ。目の前の瓦礫にはきっと、売店の店員が埋まっているんだ。生きているのかいないのか、その店員以外はどこに埋まっているのかもわからない。聞こえてくる声が、どこから聞こえているのなんて判断出来る状態じゃなかった。一度破られた静けさに、その空間はなんともいえない薄気味悪い物音に支配されていたんだ。悲鳴、呻き、瓦礫の崩れる音などの混じった物音にだよ。

 生きている人も死んでいる人も、そこに見えるみんなが埃まみれの顔をしていた。洋服も手足も灰色に汚れている。コンクリートの色だよ。ところどころ赤や黒に染まっていた。みんな傷だらけで血を流していたんだ。けれど・・・・

 僕の身体には傷一つついていなかった。一滴の血も流れていなかったよ。ただ埃にまみれた灰色の姿になっていただけだった。

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