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この世界  作者: 林 広正
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ヒーロー


   ヒーロー


 そのおもちゃはアメリカのアニメや映画に出てくるヒーローのソフビ人形だよ。駅の売店で売っているのを見つけ、優人が好きだったはずだと思い出し、勢いで買ったんだ。昨夜は会社仲間と少し酒を飲んでいて、酔っ払っていたからな。酔っ払うと僕は、お土産を沢山買う癖がある。ソフビ人形はそんなお土産の一つだよ。優香にも別のお土産を買ってはいたんだ。女の子向けのキャラクターが描かれているお菓子だよ。優人にも別のお菓子を買っていたから、優人だけ二つもあるなんてずるい! っていわれたのを覚えているよ。今度別のを買うからと、その場では納得してくれたんだ。約束だよ! なんていって笑顔で指切りげんまんしたくらいだよ。

 それでもやっぱり、同じものが欲しかったようだ。差別をしたつもりはなかったけれど、子供心にはそう感じられても不思議はないね。

 手に取ったおもちゃを僕に渡し、妻は一階に降りていった。今朝は珍しく僕が子供を叱る役目になったんだ。いつも通り怒るのは妻の役目で、最後に抱き締めるのも妻の役目だ。

 喧嘩はダメだ! 怪我をさせてもいけない! 仲良く遊べないならおもちゃなんて買ってあげないからね。一通り叱りつけ、仲直りをさせる。ほっぺにチュウをして、ごめんねの言葉でお終いだ。喧嘩をした後、妻に怒られ冷静になった二人は、たいていは素直に返事をしてくれる。

「優香もそれが欲しい! ヒーローが好きなの!」

 仲直りの後、泣きながら僕に抱きつきそういった。ずっと泣くのを我慢していた優香だったけれど、限界だったようだ。どうしてもいいたかったその一言のために、涙を我慢し切れなくなったんだね。

「だけどこれは僕のだもん・・・・」

 優香の隣で優人が呟いていた。

「優香も欲しいの!」

 顔を横に向け、優人を睨みつけていた。優人はその圧力に気圧され、頭を垂らしていたよ。

「わかったよ。パパが今からもう一つ買ってくるから。それでいいだろ? 同じのが欲しいのかい?」

 僕に顔を向け、うなずいていた。そしてすぐさま笑顔を見せる。隣では優人が涙をこぼしていた。一度は泣き止んでいた優人だったけれど、こぼれる涙を止めることが出来ないでいた。

「優人もそんなに泣くんじゃないよ。男だろ?」

 僕はそういいながら頭を持ち上げ、そっと撫でた。両手で顔を挟み、二つの親指で涙を拭った。それから耳元に顔を近づけた。

「今度また新しいの買うから、な! お兄ちゃんは簡単に泣いちゃいけないんだぞ! パパが帰ってくるまで、優香にそれを貸してあげなさい。いいだろ?」

 僕の小声に優人は笑顔を浮かべていた。こぼれる涙を必死に止めていたよ。見開いたその瞳が、キラキラ光っていた。優人のそんな姿は可愛らしくて愛しくて、今でも僕のこのまぶたの裏に焼きついている。

「別のヒーローも買ってくれる? もう一つ、欲しかったんだ。今度は日本のヒーローだよ。戦隊ヒーローが好きなんだ」

 耳元に向かって囁く優人は、その言葉が妻と優香に聞かれては困ることを知っているんだ。

「ねぇパパ! ちゃんと叱らないとダメでしょ! 喧嘩はダメなの! どんな理由があっても絶対よ! 暴力なんてもってのほかよ! 血を流しているよの! ちゃんとごめんなさいはしたの! 二人とも! 後でママからお仕置きだからね」

 一階に行っていたはずの妻が戻ってきていた。部屋の入り口で腕を組み仁王立ちしていた。振り返った僕に、妻の困った表情が見えた。いつからそこにいたのか? 僕と優人の会話を聞いていた? 僕は苦い笑顔を浮かべるしか出来なかった。

「それで、これからどうするつもり? どうせ・・・・」

 妻の言葉に安心した。そんな言い方をするってことは、会話を聞かれていないからだ。けれど、聞いていなくても僕がどうするつもりでいるかはわかっている。

「そうだよ。これから買いに行ってくる」

「そう・・・・ 余計なものは買わなくていいからね!」

「わかってるよ・・・・」

 妻に嘘をつくのは難しい。妻の顔を見ず、二人に顔を向ける。

「ケンカはダメだからな! どんな理由があっても、ぶったりするのは絶対にダメだ! 痛いのは身体だけじゃないんだぞ! 心も痛くなるんだから」

 僕の言葉にうなずく二人は、唇を横に広げ、大きく目を見開いていた。

「僕も行っていい?」

 優人がそういった。

「優香も行きたい」

 二人の顔に笑顔が浮かんでいた。

「けれどどうする? 昨日の映画の続き、観たくないのか?」

「あっ! 早く観なくっちゃ!」

 二人が声を重ねていたよ。昨日の夜、テレビでやっていた映画を観ていたんだ。楽しかったけれど、疲れていた二人は途中で寝てしまった。録画していたから、観るのは別に今日じゃなくてもよかったんだ。それでも二人が映画を早く観たいってことは知っていた。映画好きだからってのは当然のことだ。二人はどんな映画でも大好きで、僕と一緒に観ている。映画館にも月に一度は行っているんだ。けれど理由はそれだけじゃない。昨日の映画は、僕が買ってきたその人形の映画だったんだ。それを知っていて買ってきたわけじゃないよ。家に帰って驚いたのは僕だよ。少し前に始まっていたその映画を、二人が夢中で観ていたんだ。録画をしたのは妻だよ。途中で寝たら可哀相だと、映画はいつも録画することにしているんだ。

「それじゃあ行ってくるよ」

 僕のその言葉を二人はまるで聞いていなかったよ。すでに映画に夢中になっていたからね。そんな二人の頭を優しく撫で、一人で出かけたんだ。玄関まで見送りに来たのは妻だけだった。行ってきますのキスを忘れなくてよかったと思っている。

 駅までは歩いて五分。すぐに帰ってくるつもりでいた。結果は・・・・ 予定通りにいかないことが世の中には溢れているってことだ。

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