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この世界  作者: 林 広正
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家族


   家族


 僕には二人の子供がいる。六歳の長男と五歳の長女。長男の名は優人、長女の名は優香だ。僕がつけた名前だよ。優人には優しい人に育ってほしいとの想いを込めた。優香には優しい香になって欲しいんだ。妻の名前が香なんでね。妻は怒ると鬼よりも怖いんだよ。

 優人と優香は二人とも、自慢の子供だな。なにが自慢かって? そんなのは決まっている。僕と妻の子供なんだ。それだけでじゅうぶん自慢が出来る。とはいっても、それ以上の自慢が二人にはあるんだ。

 優人はその持って生まれた顔が自慢だ。僕にも妻にもよく似ているその顔は、歩いているだけで周りの気を引く。写真を撮らせて欲しいといわれることは日常だよ。芸能事務所にスカウトされたこともあるほどだ。自慢なのは顔だけじゃない。そのことを付け加えないといけないな。優人はその名の通り優しくて、がんばり屋で、頭もいいんだ。少し怒りっぽいのは妻の影響だよ。妻は毎日のように怒っていた。優人や優香が悪さをするからだっていうのは間違いないけれど、そんなに怒らなくってもって感じることもある。なんていっているけれど、妻に一番怒られているのは僕だったりする。お酒の飲み過ぎ。映画の見過ぎ。おもちゃの買い過ぎ。数え上げたらきりがないよ。

 優香の顔は僕にそっくりだとよくいわれる。そうかな? 僕の目はそんな小さくはない。鼻だって、僕はそんなに低くない。なんてことを娘の前ではいわないようにしているよ。小さな目だけど、笑うと大きくなるんだ。低い鼻だって、それほど悪くはない。大きくなれば絶対に綺麗になるよ。そんなことをよくいわれている。それってつまり・・・・ なんてことは気にしていないよ。確かに優香は日々綺麗さを増しているからね。

 写真を撮らせて欲しいと優人がいわれたときのこと、隣にいた優香がとても喜んで優人の後をついていったことがある。自分にいわれたと勘違いしたようだ。カメラマンのその人が少し困った笑顔を見せていたよ。可愛いね、なんていいながら二人を並べて写真を撮っていた。もう一枚いいかな? なんていいながらカメラをずらしていた。優人だけにそのファインダーが向けれたんだ。当然僕は黙って成り行きを見ていた。優人と優香はまるで気がついていない。特に優香は笑顔で大喜びしていた。

 そんな二人を今朝、叱りつけることになった。悪いことをすれば怒ることもあるけれど、僕には珍しいことだよ。子供を叱るのは妻の役目になっていたからね。

 一つのおもちゃを巡っての大喧嘩。そんなことになるなんて思ってもいなかった。優人も優香も怪我をした。僕のせいだよ。それはわかっている。けれど喧嘩で誰かを傷つけるのはよくないことだ。その喧嘩の理由もよくなかった。おもちゃの独り占め。仲良く遊ぶようにいつもいっているんだけどね。

 それは僕と妻が遅い朝食後のひとときを楽しんでいるときだった。今日は平日だけど、僕は仕事を休んでいた。理由? 昨日が祭日なのに仕事だったからだよ。子供たちは保育園を休んで二階の部屋で仲良く遊んでいた。そのはずだったんだ。

 保育園を休んだ理由は二つだ。一つは僕が仕事を休んで家にいるから。もう一つは、その日が妻の誕生日で、午後からみんなで遊びに出かける予定になっていたからだ。

「年子だからかな? あの二人は気持ち悪いほどに仲がいいよ」

 二人が喧嘩を始めるなんて夢にも思わず、妻にそんな言葉を投げかけていた。

「いいことじゃない? 男の子と女の子だけど、喧嘩ばかりしているよりはマシじゃない?」

 確かに二人は滅多に喧嘩をしない。今朝の喧嘩は本当に久し振りで、僕も妻も驚いているんだ。けれど少し、仲が良すぎると感じることもある。エレベーターの中、他にもお客が乗っているのに、声を出して笑いながらキスをしていた。ほっぺにチュッならまだわかるけど、唇を重ねていたのには驚いたよ。

「痛いよ! やめってっていってるでしょ!」

 大きな叫び声が聞こえてきた。優人の声だったよ。興奮したその声はいつもよりも甲高く、震えていた。

「ぅうーん! 優人もやめて!」

 優香の声が痛々しかった。なにか苦痛を感じている。そんな声で叫んでいた。

「どうした!」

 声より先に身体が動いたよ。僕は走って二階に駆け上がる。その後を妻がついてくる。大声を出す僕に対し、そんなに強く怒らないでねと、囁いていた。

 部屋のドアは開いていた。喧嘩が激しくなって逃げ出そうとした優人が開けたんだ。僕に助けを求めようとしたに違いない。喧嘩になると、優人の方が決まって初めに泣き出すんだ。そして僕に抱きついてくる。

 滅多に喧嘩をしない二人だといっても、一週間に一度くらいは喧嘩をする。小さい喧嘩をいれての話だよ。大きい喧嘩だけだと、月に一度あったりなかったりだよ。子供を持つ親ならわかるだろ? それがいかに少ないかってことをね。

 今朝の優人は、泣きながらも必死に抵抗を続けていた。僕に助けを求めて逃げ出す隙を失ってしまったようだ。泣きながら優香の髪の毛を引っ張っていた。

「なにしてるの!」

 僕よりも先に妻が怒鳴ったよ。

「すぐに離しなさい!」

 僕を追い越し、二人の前に立ちはだかる妻の姿は、獲物の前に突然現れたライオンのようだ。二人には、目の前に瞬間移動でもして突然現れたかのように感じられたはずだよ。

 優人がゆっくりと掴んでいた髪の毛を離した。

「優香も!」

 優香は優人の腕を掴んでいた。爪を立てていたようで、掴んでいたその手を離すと、くっきりと残った爪痕に血が滲んでいたよ。

「そっちの手も!」

 二人はもう一方の手で一つのおもちゃを掴み、引っ張り合っていた。

「優香が先に離してよ!」

 泣きながら叫ぶ優人に対して、優香は必死に涙を堪えていた。

「やだ! 優人が先!」

「二人とも! いい加減にしなさい!」

 妻の大声で二人が固まった。身体から力が抜け、おもちゃを掴む手がだらりと下がる。それでも互いにおもちゃから手を離さないでいたのには驚いたよ。

「まったく! おもちゃの取り合いでこんな大喧嘩するなんて・・・・」

 力を失った二人の手からおもちゃを取り上げた妻は、何故だか僕を睨んでいたよ。僕のせいだっていいたいんだ。わかっているよ。そのおもちゃを買ったのは僕だからね。子供たちが喜ぶと思ってしたことが裏目に出ることはよくある。昨日の仕事帰りに偶然見つけて買ったんだよ。一つしか買わなかったのは、他にいいのが見当たらなかったからだ。それに、優人が好きなのは知っていたけれど、優香がそれほどまでに好きだとは思わなかった。優香にはまた今度別のを探せばいいと思っていたんだ。

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