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この世界  作者: 林 広正
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幽霊

   幽霊


 立ち込めていた砂埃が晴れ、僕の目の前に景色が広がった。それは全くの想像を超えた景色だったよ。今にも雨が降りそうな薄暗い空。太陽を完全に遮断する真っ黒な雲が頭上に浮かんでいた。薄暗がりの中、全ての建物が崩れていた。いつもなら大きなビルが立ち並んでいるはずのその場所に、電信柱さえ立っていなかった。あるのは瓦礫の山だけだよ。いくつもの山が並んでいた。そんな瓦礫の山の一つに僕は立っていたんだ。

 平らな道なんてどこにもない。本当なら、駅から僕の家までは真っ直ぐ歩いていけるんだよ。途中に坂一つない道だった。

 ミカが指さした僕の家のある方向を眺めていると、瓦礫の中に動く物影がチラついた。それも一つや二つじゃない。数十? いや、数百からもしかしたら数千かそれ以上もの人影だったかもしれない。生きている人がいる! 僕は喜び、興奮した。

 一番近くの人影に向かい、真っ直ぐ走っていく。生きている人と話が出来る。こんなにも簡単な喜びもあるんだって始めて気がついたよ。人影に近づき、僕は笑顔で話しかけた。無意識に溢れてしまった笑顔だったよ。

「怪我はありませんか? 酷い状況ですね。助けは来ないんですかね?」

 そんな僕の言葉に、その人影がニッとした。顔や表情が見えていなかったのにもかかわらず、気味が悪いと感じ、全身に鳥肌が立ったよ。僕は足を止め、その人影との距離を保つことにしたんだ。それ以上近づくことがなんだか怖くなってしまったんだね。

 ? なにかがおかしいと感じたのは、そのときだった。立ち止まった僕は、必然的にその人影をじっと見つめることになったんだ。目を逸らすなんて出来なかった。その理由は唯一つ。恐怖だよ。

 人影だと思っていたそれは、人影なんかじゃなかったんだ。人ですらない。人影のように薄ぼけて見えていたのは、薄暗い空のせいじゃない。舞い上がる砂埃のせいでもなかった。

「・・・・死んでいる?」

 僕の言葉に、その人影が反応する。ニッと見せるその顔は、何度見ても気味が悪い。こうして思い出すだけでも寒気がするよ。

「ここには生きている人間なんていやしないよ。お前は・・・・」

 その人影は、僕の父よりも年老いていた。その姿は薄く、背後の景色が透けて見える。その足がしっかりと地面を踏みしめてるのが不思議だったけれど、そのおじさんは間違いなく幽霊なんだって感じたよ。

「生きているのか!」

 おじさんの幽霊が大声を出した。その声の大きさに僕は驚き、後退りをした。空気が震えるほどの大きな声だったよ。僕は瓦礫から足を踏み外し、後ろに倒れてしまいそうになった。

「おいおい、お前まで死んでしまうぞ!」

 そんな言葉と共におじさんの幽霊は手を伸ばし、僕の腕を掴んだ。僕の目は丸く、その手を見つめていた。パクパクと口だけが動いていた。

「お前がなにをいいたいのかはわかっているよ。とっさにこんなことをしたけれど、俺自身が驚いているくらいだからな」

 そういいながら、倒れ掛かっていた僕の身体を引っ張り起こしてくれた。

「お前にも見えているとは思うが、ここら一帯の人影は、みんな幽霊というやつだよ。まさか生きている奴が残っているとは思わなかったよ。どこから来たんだ? そこにはまだ生きている奴らがいるのか?」

「幽霊が僕の手を掴んだ・・・・」

 無意識に心の声が表に出てしまった。僕の腕を掴むおじさんの幽霊の手を振り解き、その手を眺めていたよ。幽霊が存在するという驚きよりも、幽霊に実体があるということに驚いていたんだ。幽霊には実体がない。魂だけの存在だって勝手に決めつけていたんだ。仕方がないだろ? それがこの国の、幽霊に対する文化なんだ。それに・・・・ 目の前のおじさんは、その見た目が半透明だ。どうして掴んで出来る?

「そんなことは俺に聞いたってわからねぇよ! けれどよかったじゃねぇか。そのおかげでお前は助かったんだ」

「・・・・ありがとうございます。けれどここでなにをしているんですか?」

 素直に感情を吐き出すことが出来た僕自身に驚いたよ。

「わかるわけねぇだろうが! 急に大きな地震がきて死んじまっただけだ!」

「みんな、死んだんですか? それにしては少ないですよね」

 僕がいたその場所は中心街で、いくら平日の昼間とはいえ、数万人が行き交う賑やかな街なんだ。天使の言葉通りに僕以外の殆どが死んでいるとするのなら、少なく見ても数万の幽霊が漂っているはずだ。そこには多く見ても数千の人影があるだけだった。

「それはな・・・・ 知りたいか? お前は生きているんだから、関係のないことだけどな」

 おじさんの幽霊は顔をしかめてうつむいていたよ。

「俺もそろそろかも知れんな・・・・」

「なにを聞いても驚きませんよ。恐ろしいことが起きているのは、この現状を見ればわかりますから。それに・・・・」

 僕はふと、持っていた袋に視線を落とした。

「そいつは食料か? 俺には必要のないものだけどな、大事にしろよ。なにがなんでも生き残れよな! お前は俺から見れば希望のようなものだからな。こんな姿になってから始めて出会った生存者なんだぞ」

「これは子供へのプレゼントですよ。食料・・・・ そうですよね。大事なものですよね。まるで考えもしなかった。生きていることに喜び、早く家族に会いたい。それだけしか考えていませんでした」

「・・・・家族か」

 おじさんの幽霊は真っ直ぐにその半透明の目を僕の目に向けていた。

「お前には少し、話してやるか。けれどここは危険だから、あっちへ行こう。安全とはいえないけれどな、ここよりはいくらかましだろう」

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