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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

諸君! 服破れは好きか! 私は大好きだ! ~天衣無法のゴッドハンド~

作者: タック

 俺の名前は小薄こうす、どこにでもいるようなブラック企業勤めの社会人だ。

 飲食チェーン店で下っ端社員、それはまさしく地獄である。


「はぁ……」


 唯一、ストレスから逃げられる休憩時間中。

 狭く、汚い事務所の中でスマホを見ていた。

 そこに映し出されるのは、半年前のコミケでコスプレをして、楽しげにしている人々。


 その写真の中に俺もいた。

 ずんぐりむっくりとしたロボットコスプレのヘッド部分を開いて、にこやかに笑う俺。


「あ、小薄さん。『調味料が切れそうだから、適当なスーパーで買ってきて欲しい』と伝えてくれって」


 急に話しかけられ、現実に引き戻される。

 ビクッとしてスマホをスリープ状態にした。

 黒い画面に反射して映る、死相が見えそうな程に疲労した顔。


 それが現在の俺である。

 本当は今日、半年ぶりのコミケへ繰り出しているはずだったのになぁ。


「あ、ああ。休憩が終わったら行くよ。まだ飯も食べてない」

「今すぐ、って話ですよ。ほら、気持ち悪い写真を見てないで行きましょう。特別に私も着いていきますから」


 気持ち悪い──。

 それが俺の職場評価だった。

 いくら一生懸命働いても、人間関係でつまずいてぼっち。


 あげくに趣味がコスプレ……しかも自作である。

 だが、こんな場所でも働かなければならない。

 特に今、この話しかけてきている相手──。


 麗夜れいや、幹部様の娘でバイトとして働いてもらっている。

 ご機嫌を損ねれば、社員であっても首が飛ぶ。

 そのため、顔は可愛くナイスバディ女子高生でも、誰も手を出さない。


 見えている地雷を踏みに行く人間なんていないためだ。


「なぁ、麗夜さん」

「呼び捨てで良いっていつも言ってるのに……。本当に大人って格好悪いよね」


 言葉がナイフだったら、俺は即死ものだろう。

 身体もメンタルも、既に酷使され続けられ、死ぬか死なないかの限界ギリギリなのがこの会社だ。


「え、ええと、何でまた急に調味料が切れたり、業務用と味が違うスーパーのを買いに行ったり……」

「お醤油が切れたのは、急に絶叫しながら醤油を一気飲みし始めた社員がいたからです。スーパーので代用は、別に平気でしょう。チェーン店なんて貧乏人がターゲットなので、食中毒出さなきゃ問題ありません」


 ああ、醤油一気飲み……あいつか、中島か。

 同期で一緒に入社した時は、あんなに希望溢れ、笑顔が輝く奴だったのに。

 最近は妖精が見えるとか言いだして、ジャックザリッパー的な濁った眼になっちまっていた……。


 そんな仲間を同情しながら、俺達は事務所から出た。

 ──その瞬間、目の前に男が立っていた。


「な、中島……」


 眼の焦点は合っておらず、服は醤油で真っ黒に塗れていた。


「昨日も勤労感謝の日、今日も勤労感謝の日、明日も勤労感謝の日。働ける事に感謝感謝感謝ああああああああ!!」


 完全に子安武○みたいな声とテンションになってやがる。

 しかも手には包丁。


「な、中島落ち着け……な!」

「平気? 休み(・・)をもらった方がいいんじゃ──」


 麗夜の言葉。

 それは俺達に取って禁句だった。


「じ、実は俺達……本当は半年ぶりの休みだったけど呼び出されたんだ……」

「え?」


 中島は小刻みに震え出し、その後に全身をビクンッと飛び上がらせた。

 半開きの口からは黒い醤油が漏れていた。

 ──壊れた。


「どけ小薄ううぅぅいいいぃいああああああ!! その女で一品作って新メニューに載せるんだああぁぁあああ!!」

「や、やめろ! きっと上に嘆願……嘆願すれば……くっ」


 自分で言っていて悲しくなった。

 既に嘆願書を提出した奴は、地下のシュレッダー係に追いやられて哲学的ゾンビにされていた。


「や、やめ……なさ──」

「うううおおおああああああ!!」


 俺は、幹部の娘である麗夜が傷を負って責任を取らされるのなら、自分自身が刺された方が良いと思った。


「う……ぐ……」


 包丁から麗夜をかばい、俺の腹部からは血が流れ出ていた。

 痛い……痛いが……今までのストレスに比べれば生ぬるい。


「がはっ」


 口から血を吐いてしまう。

 さすがにやばそうだが、これで中島が冷静になって自首し、俺は病院に運び込まれればワンチャンある。

 首になるよりはマシだ。


「な、中島……今ならまだ間に合う。もう止めるんだ。復讐したってその後は逃げられないだろう……。それに妹さんの世話とかどうするんだ……」

「ウ、ウゴゴ……イ……モ……ウ……ト……」

「そ、そうよ。中島さん。もうこれ以上は無理・・でしょう! まだ途中だし止めましょうよ!」

「あ、その言葉は……」


 禁句だった。


「無理というのはですね……」


 中島に何かが乗り移った。


「嘘吐きの言葉なんですううううううう!!」


 麗夜に飛びかかり、中島の包丁が深く突き刺さる。


「途中で止めてしまうから無理になるんですよおおおおおお!!」


 滅多刺しにした後、俺もトドメを刺された。

 意識が無くなる瞬間、中島は自分の首へも途中で止めずに突き刺しているのが見えた。


* * * * * * * *


「ここは……どこだ」


 記憶が確かなら、俺は中島に刺されたはずだ。

 助かって病院なのかと思ったが、俺の身体は液体に浸かっていた。

 石造りのローマっぽい大浴場……そんな印象だ。


 もしかしてテルマエってしまったのでは……。


「お~、小薄、起きたか」

「な、中島!?」


 思わず俺は身構えてしまう。

 夢で無ければ、さっきコイツに刺されたはずだ。

 ……と思い出して腹の辺りを手で確かめる。


 傷が無い。

 どういう事だ、やはり夢だというのか。


「お前、俺と同じリアクションをするな。ははは」


 刺されたのが夢だったとしても、この中島はおかしい。

 子供のような無邪気な笑いをするなんて……。

 俺達はブラック企業の生きる屍だったはずじゃ──。


 訳も分からず、俺は立ち上がった。

 すると、身体が羽根のように軽かった。


「おいおい、全裸だから気を付けろよっ」

「あ、ああ……これはどういう事なんだ」


 そこでふと気が付く。

 20センチくらいの生物が宙に浮いている事に。


「よ、妖精……?」


 透明な羽根、愛らしい少女のフィギュアっぽいボディ。

 それは紛れもなく、ファンタジー世界のティンカーベル的なやつである。


「ナカジマ様に続き、コウス様も起きられましたね。良かった良かった」

「はっ!? つまり眠っていたのか、俺達!?」


 俺は目を見開いた。

 そうだ、意識が戻ったということは、それまで寝ていたのだ。

 なんで当たり前の事に気が付かなかった。


「ええ、約5時間ほど眠っていました。さすがにもう少しお休みになった方が──」

「うおおおおおおお!? 5時間だって!? 一日平均睡眠2時間の俺達が!?」

「ふふ、嬉しい気持ちは分かるが、落ち着けよ小薄。俺もさ~生き返ったみたいに身体が軽いよ。さっすが5徹あとだ~。あはは」


 と、そこに見覚えのある女子高生が入って来た。


「二人とも、本当に生き返ったのよ」


 麗夜である。

 俺は、女の子にフルチン姿を見られて、急いで手で隠す。


「ひゃあっ」

「男がその反応キモイ。私としては、イケメンとショタ以外のチ○コなんて、ただのゴミにしか見えないから安心して。しかもそれポ○クピッツだし」

「……酷い」


 そのやり取りを見ていた妖精は、タイミングを計っていたかのように咳払いをした。

 そして真剣な顔つきになり──。


「三人揃いましたね。異世界からの勇者よ」

「この妖精さん、説明が長いから、私が簡潔に話すわ」


 1、死んだ三人を異世界へ転移。

 2、新鮮な死体を、この蘇生の聖水に漬けて生き返らせる。

 3、何か特殊なスキル持ってるはずだから、それで敵対勢力を潰せ。


「──という事」

「レイヤ様……身も蓋もありませんね」

「間違った事を言ったかしら? やることをやればいいんでしょう?」


 理解が追い付かないが、傷が治った事や、妖精っぽいモノまで用意してどっきりを仕込むとも思えない。

 今の所は、ここが異世界と仮定しておいていいだろう。

 どっきりだと思い、軽はずみな行動を取ってゲームオーバーになってしまったらシャレにならないし。


「あ、あれ?」

「どうした、中島」

「いや、自分が見ていた妖精ってアイツに似てるなって……」


 ニコリと微笑む妖精。


「ええ、僕が異世界のナカジマ様に魔術で幻覚を見せて、徐々に追い詰めていき、最後に妖精の粉で精神汚染を完了させました」

「……ん?」


 一瞬の沈黙。

 俺達三人は顔を見合わせた。

 そして、それぞれが理解した。


「俺としては、妖精サイズの蝋人形が欲しいから固めるのはどうだろう?」

「き、きききき切り刻みてぇなぁぁぁぁあ」

「私の提案としては腹をボゴォッていうのリアルで見てみたいわね」


 妖精が失言だったと思った時には、既に狂人三人の眼にロックオンされていた。


「ヒギィィイイイイイイ」


* * * * * * * *


 数時間後──ここは城の二階にある一室。

 まだ妖精を再起不能にしてはいけないので、ひん剥き、亀甲縛りにして異世界カブトムシに乗せておく程度にしておいた。


「いや~、だって生きたままじゃ、こちらの世界へ運べなかったものですから」

「素直に頼めばいいんじゃないか?」

「いくら僕でも、皆様に死ねとは頼めませんよ~」


 まぁ、もっともだ。

 俺は納得して、異世界カブトムシの尻をつつく。


「おほぉぉぉおおお!?」


 揺れマックスな天然乗兜マシーンの完成だ。

 異世界カブトムシの上は恐いのか、やたら甲高い悲鳴をあげているが気にしない。


「何かこの国、大変そうだなぁ」


 城の二階の窓から、俺は望遠鏡を使って外を見る。

 そこには耳の長い種族──エルフ軍が、遠くから押し寄せてきていた。

 様々な剣や、甲冑を装備していて、後ろには動く巨木まで見える。


 まさにファンタジーである。


「はぁはぁ……。ええ、そうなんです、そうなんですよ。もう数種族に攻められていて、背に腹は替えられないというか、ちょっと目付きがやばそうなあなた達を無理やり引っ張ってきたのも──」


 何か言われた気がしたので、そこらへんの空き瓶に詰め込み、コルクを蓋にして密閉。


「いいいいやあああああ!! 空気穴が無いいいいい!?」


 妖精は放置して、望遠鏡から戦場の中島と麗夜の姿を覗き見る。

 俺達に与えられたスキル──ゴッドハンドを使って無双しているところだった。


* * * * * * * *


「はぁ……本当はこんな事は気が進まないんですけどねぇ……」


 戦場の最前線、血で赤く染まったスーツ姿に、ナイフを持つ男。

 ふらっと近所のコンビニに向かうようなテンションで、エルフの軍勢へ一人で進んで行く。


「き、貴様、何者だ! その格好はまさか、異世界人か!」


 エルフの女騎士らしき者が大声で叫ぶ。

 周りも警戒し、弓をつがえたままだ。


「これは失礼しました。自分はこういうもので──、あれ、名刺が無いな。ええと、中島と申します」

「丁重な名乗り……ふふ。つまり、最強のエルフの女騎士である私と一騎打ちをしたいと申すか!」

「ええ~?」


 驚いたようで、全く驚いていない中島。


「いざ、参る!」

「もう、しょうがないですねぇ……」


 中島は構える。

 チャキッという、ナイフの小気味良い音。

 それを両手に。


「そんなオモチャで、我がロングソードを相手にしようというのかぁーッ!」


 女騎士の怒号を込めた一撃。

 中島は、それを片方のナイフで軽く切りつける。


「なっ!? 我が愛剣が!?」


 エルフの持つロングソードは一瞬にして腐食し、それが装着している鎧にまで即達した。


「脆いなぁ……」


 3秒後、霧散するかのように鎧が消え──連鎖するように下着すら着けていない全裸になった。


「ひゃあっ!?」

「もっと、もっと、もっと、もっと──」


 弓を構えていたエルフ達は、女騎士が下がった瞬間に一斉発射した。

 五月雨のように降ってくる矢。

 中島はそれを全て把握し、自分に当たるものを的確にナイフで払っていく。


「あ、あいつは化け物か!?」


 ナイフに切り裂かれた矢も、同じように腐食。

 遠く離れた射手もまた武具が霧散する。


「いやああああ!? 私の服が、パンツが──」

「うおお、俺のフンドシがぁ!」


 男女問わず、装着している一定階位以下の武具を消し去るスキル──聖人無武(せいじんむむ)のゴッドハンド。

 調停の軍神の加護を受けし中島の力。


「ふぅははぁッはぁッ!? もっとだ、もっと切りィ裂かせろォー!」


 それを同じ戦場で見詰める女子高生。

 彼女は遠目から観察し、ニヤリと笑った。


「エルフはイケメンが多いから、全裸が見られるあっちも楽しそうね」

「戦場でよそ見かぁー! 女ぁー!」


 エルフの男性剣士は、女子高生──麗夜の腹に剣を一突き。

 背中まで貫通し、血が噴き出した。


「あら、御免遊ばせ」


 麗夜の表情は不思議と変わらず、笑ったままだった。

 そして、そのままエルフの男性剣士を拳で殴り倒した。


「あ、これ服どうしようかな」


 腹に刺さったままの剣を抜き取り、投げ捨てた。


「な、なんだアイツ……確かに貫いたはずだ!?」


 傷が無かった。

 残ったのは血の跡と、破れた学生服のみだ。


「うふふ」


 ただ笑う麗夜。

 その背後、別のエルフの男性剣士が両手で大剣を振り回していた。

 遠心力で重量の乗り切った鉄塊は、麗夜の頭上半分を潰し飛ばした。


「やったか!?」

「もう、無駄なのに~」


 口だけとなった頭で、お気楽な喋り。

 如何に戦場と言えど、正気の沙汰では無い。


「ひ、ひぃぃいい!? 何だコイツは!? 何なんだよォッ!!」


 周囲のエルフ達は、まさに化け物と出会った時の恐怖を感じた。

 誰もが認識したであろう、これは人ならざる者だ──と。


「そうね、あと1000回くらい殺してみなさいな。そうすれば万が一という可能性もあるかもしれないわよ?」


 復活した頭部で、可愛くウインク。

 ──夢幻抱擁(むげんほうよう)のゴッドハンド。

 その手で蘇生スキルを生み出す原理を応用して、自分に幾重にも蘇生予約を入れておく。

 ほぼ無限に生き返らせる、冥界の主の加護。


「ほーら、ほらほらぁ」


 麗夜自身の拳も鋭く、並の防具ならそのまま手刀で貫く事が出来る。


「ぐああああ!?」

「あら、イケメン」


 エルフの青年の胸を鉄鎧ごと貫きながら、麗夜は微笑む。


「その苦痛に歪んだ顔、最高にそそりますよぉ」

「あ、あああ……」


 心臓を貫かれ、数瞬先に死が待っているエルフの青年。

 激痛が終わる事を祈るだけとなっていた。

 だが、不思議と死なない。


「可愛いから、生かしておいてあげましょう。その代わり、私の美しい楽器となってくださいね」

「あ、ああ……ああああアアアアアァァ!」


 女子高生は冥界の主のように、とても楽しそうにニタリと口角をつり上げた。

 好みの男性の、好みの表情を生かさず殺さず見続ける力と成り果てた、夢幻抱擁のゴッドハンド。


* * * * * * * *


 その無双っぷりを、どん引きしながら見ていた俺──小薄。

 もちろん、俺にもゴッドハンドと呼ばれるスキルがあった。

 あったのだが……。


 俺のスキルは、服や鎧を作るだけのスキル。

 俺自身が強くなるわけでも無い。

 しかも、防御重視でフルプレートアーマーを作って、そこらへんの練習用木人にかけて、耐久実験を行った結果……。


 段ボールや、そこらの耐久度だった。

 弓矢ですら穴が空き、小ぶりなナイフですら綺麗に破ける。

 フルプレートアーマーなのに破ける。


 二人のゴッドハンドに比べて、俺の能力はなんて些末さまつな。

 よく言ってゴミである。

 正直、二人が戦っている今、やることが無くて手持ちぶさたである。


 なので──。


「デザインは軽鎧でいて、上半身はボリュームを出して、下半身はスカートを追加して可愛さを出す」


 今度は防御重視では無く、攻撃重視の軽鎧を試しで作っている。

 まぁ、結果はたぶん同じだろう。

 だけど、趣味のコスプレ作成の延長として楽しい。


 一つ一つのパーツ詳細をイメージ、虚空から生み出し、それをつなぎ合わせていく。

 一気に生成すると、可動部が作れなくなってしまい、ただの1/1スケールフィギュアになってしまう。

 そのため、丁寧に、コツコツと、だ。


 その作業に没頭するだけで、俺は幸せである。


「よし、出来た」


 銀色のゴツゴツした鎧で上半身を守りつつ、白い布でサーコート風にして可憐さも表現する。

 気品を出すため、金色のアクセントを各所のふちに入れてみた。

 そうだな……コンセプトは姫騎士、とかそんなもんか。


 くっ、殺せ、と言えないで、内心震えてしまって言葉が出ないタイプ。

 そんな子がこれを──ボロボロになった、この可憐だった鎧を装備して……。


「あれ? なんで俺、この装備がボロボロになる事を望んでいるんだ? はは、馬鹿だなぁ。あの二人みたいな変態とは違うし」


 さてと、会社も無い事だし、贅沢に一眠りしようかな。

 何かゴッドハンドを使った後、すごい疲れるし。

 ──俺は鎧制作の作業部屋から出て、ベッドのある部屋に向かった。


 あいつらとは違う、ノーマルな人間が異世界に来ても……こんなもんだ。


* * * * * * * *


「す、すみません! 何か私が装備出来る鎧はありませんか!? さっきの戦いの開幕で転んで壊れてしまって……」


 まだ幼さの残る十代前半の少女騎士。

 自分の小さなサイズに合う鎧を探しに、小薄に割り当てられた作業部屋のドアを開けていた。

 そこで、一つの存在が目に入った。


「こ、この美しい鎧は……」


 一目惚れだった。

 戦場で剣を振るう騎士に相応しい堅さと、人々を守る高潔さを現す純白のサーコートとスカート。

 まるで鎧が語りかけてくるようだった。


 俺を着てくれと。

 絶対に着てくれと。

 下着は白か縞々が良いと。


「ん? 白? 縞々?」


 何か変な事が聞こえた気がするけど、今はそんな事で迷っている場合では無い。

 少女騎士は、そのゴッドハンドで作られた鎧を装着した。

 ──そして、そのまま戦場へ赴く。


 現在、場は膠着状態であった。

 中島と麗夜による猛進で押していたのだが、エルフ達の切り札が出てきた。


「くっ、こいつは相性が悪いですねぇ……」


 その茶色い10メートルを超える巨体は素手で、防具も着けていない。

 中島の聖人無武のゴッドハンドは無意味となっていた。


「私も、攻撃が通らないわね……」


 麗夜の回復力があっても、相手の厚く硬い皮膚には無意味であった。

 普段は大地に貼られている根は、移動のためにムカデのようにワシャワシャと動き、天を突くような枝葉は嘲笑うかのようにザワザワと擦れ合っていた。

 人肉潰しの巨木──リーフミキサートレント。


 過去、何十、何百もの兵士をミンチにしてきたエルフ達の切り札。

 殺戮なりし意思を持ち、エルフに敵対する者を肉塊に変えていく血吸木。

 奴が紅葉するのは、枯れるからでは無い。


 敵対者の真っ赤な血で、化粧のようにお洒落をしているからだ。


「お、お待たせしました! 前線に復帰します!」


 そこへ到着した、無謀なる少女騎士。

 中島と麗夜は、場違いなセリフで呆気にとられていた。


「ちょ、ちょっと。私達でも戦いようがないのに、あなたどうするつもりよ」

「私の背には民や、国の歴史があるんです。この命を賭してでも、勇者様方の戦端を開きます!」


 少女騎士は、そのままリーフミキサートレントに向かって突っ込んで行く。


「ま、待つんです! 自分達ではどうする事も──」


 二人が止めるのも聞かず、勇者達を信じて身を投げ出す。

 まだ青葉である少女の騎士道精神とは──そういうものだった。


「でやああああ!」


 手に持つ剣は、ただの剣だ。

 そこそこ質は良いが、どこの街でも手に入るような量産品。

 リーフミキサートレントには刃が入らず、はじき返されてしまう。


「あっ」


 その反動を受けている最中、大人の胴体程はあろうかというトゲ付き枝がムチのようにしなり、少女の眼前に迫った。


「危ない!」


 麗夜が身を挺してかばうも、威力を殺しきれずに二人とも吹っ飛んでしまう。


「あ、ああ……ごめんなさい。ごめんなさい」


 麗夜は上半身と下半身が別れてしまったが、楽しそうに笑っていた。


「平気平気、可愛かったから助けようとしただけだし、しばらくしたら治るから。……それより、あなたすごいわね。顔面に直撃したはずなのに──」


 何故か、少女騎士の顔に傷は付いていなかった。

 いや、全ての素肌が無傷だった。

 傷を負ったのは、小薄作成の鎧のみ。


「あ、あれ。どうして」


 まるで、鎧が全てのダメージを肩代わりするかのように、見事な破れっぷり。

 脇や、横乳、太股などが何故か重点的に破壊されていた。

 呆気にとられていると、リーフミキサートレントの二撃目が飛んできていた。


「まずい、私はまだ動けない──逃げて!」


 相手の攻撃は人外の速度。

 少女騎士が気が付いた時には、既に当たっていた。

 人間が簡単に切り裂かれ、砕かれ、リーフミキサーと言われる由縁のミンチ攻撃。


「あれ?」


 だが、少女騎士はその場に立っていた。

 しかも、今度は吹っ飛ばされていない。

 唖然としながらも、防衛本能的に軽く剣を振るった。


 リーフミキサートレントの中心線、射程的に届かない無意味な一撃。

 だが──。


「え?」


 ──無法なる力がほとばしった。

 ただ単純に、大地が割け、雲が吹き飛び、空間が歪んだ。

 一振りでそれを発生させ、周囲の気流はハリケーンのように暴力的に荒れて、エルフ達が塵のように舞い上がっていた。


 ソレの中心にあったはずのリーフミキサートレントは、布を裂くように綺麗に真っ二つになっていた。


「あら、裂けるチーズみたいね。あなた、やるじゃない」

「わ、私知らない……何この力……」


 鎧が丁度良い具合に壊れ、縞々のパンツ丸出しで少女騎士は驚いていた。

 後に、天衣無法(てんいむほう)のゴッドハンドと呼ばれる名工が作った、壊れれば壊れる程に強くなるエロ鎧と、その装着者の姫騎士である。

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[良い点] 最後の一文で、なんだろう、くだらな過ぎて一周回って笑ってしまいました。こうゆうノリ大好きですw [一言] リーフミキサートレントさんが、指輪物語の「エント族」で脳内再生余裕でした。 あれに…
[良い点] 脇を固める二人のキャラがいい感じに壊れてる。 リーフミキサートレントの説明がかっこいい。 この手の生きた樹木が、兵力の主力になるのは珍しいですね。 お客様の中に、チェーンソーをお持ちの方…
2016/03/19 23:50 退会済み
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