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第二章

 第二章 「求めるもの」


 光の素早い返答に、二人は驚いた様子だった。何を言われたのか解らなかったのかもしれない。

「お前たちはその力がどれだけ危険なものか解っているのか?」

 先に口を開いたのはハウンドだった。苛立ったような表情で、ハウンドが言う。多少語気が強いのは気のせいではないだろう。

「なら、あんたらは俺たちがどれだけの覚悟で戦ってるのか判ってるのか?」

 またも光は即答していた。

 眉根を寄せるハウンドを見て、光は溜め息をついた。

「あんたらは、いつもそれだな」

「何だと……?」

 光の言葉に、ハウンドは不可解だとでも言いたげに視線を叩き付けてくる。

「俺たちが世界のためだとか、ヒーロー気取りで戦ってるガキだとでも思ってんのか……?」

 怒気を孕んだ視線で睨みつける光を見て、ハウンドは一瞬だったが気圧されていた。

「俺たちのところに来たのはお前らだけじゃない」

 追い討ちをかけるように、修が言い放つ。

 この一ヶ月の間、光たちは世界から放置されていたわけではない。日本はVANに反抗する勢力が最も強い場所だと聞く。VAN蜂起の際の襲撃も、日本での戦闘は他国に比べてもトップクラスだった。

 それに、光や修は日本人だ。関係者は日本にいる。故に、日本政府や日本のマスコミなどが光たちに接触してくるのも当然の流れと言える。

「皆、俺たちを食い物にして自分の命を守ることしか考えてない」

 日本政府の議員がそうだった。

 金で光たちを雇い、VANから身を守る盾にしようとしている者がいたのだ。もちろん、いくら積まれても光は首を縦には振らなかった。光たちの動向、これからどうするつもりなのかを確認し、自分たちの手駒にしようとする者もいた。VANに感化されているのか、自分たちに攻撃の矛先が向く可能性を考えているのか、光たちに地位や名声、富をやるから身を退かないかという者もいた。

 マスコミは自分たちの都合の良いように、世間に対して都合が良いように、湾曲させた情報を流している。まともに取材を受けても、光たちの伝えたいことが流されるとは限らない。

 政治家も、マスコミも、光には信用できる対象ではなかった。

「我々は違う」

 ハウンドは言い切った。

「どう違う?」

「世界を脅かす敵を倒すのが目的だ。VANを叩くのが目的なら、一致しているはずだ」

 光の問いに、ハウンドが答える。

 確かに、VANを叩くという目的だけなら世界の目的と一致する。だが、それはROVとて同じことだ。

「俺に世界の味方になれって言うのか?」

「そうだ。その方がお前たちにとっても都合が良いはずだ」

 ハウンドの言わんとしていることは判った。

 国連の側について、VANと戦うことで光は世界的に味方と認識されることになる。国連、つまり世界の側からはバックアップが行われ、寝る場所や食事なども用意されるかもしれない。同時に、光たちに対する認識が変わる。味方という認識になることで、能力者という一般人からは避けられる対象であっても、VANなどの危険人物とは違う視線になるはずだ。

 戦いが終われば、英雄などと持てはやされるのだろう。

 寝る場所や食事などは少々魅力的だが、軍から監視を受けるのはまず間違いない。戦闘行動に関しても制限を与えられたり、軍の指示や作戦の下でしか動けなくなる可能性だってある。

「結果としてVANを潰すのが目的でも、目指すものは違う」

 光は言った。

 単純に味方となる人員が増えることは悪くない。いつも人数不足が光たちの戦いにはついて回っていたのだ。数がいれば戦略の幅も広がる。効率化だって図れるかもしれない。

「ま、能力者以外が増えても役には立たないかもな」

 修が呟く。

「我々の力を舐めているのか?」

 ハウンドの表情が不機嫌そうなものに変わる。

「銃火器が全く効かないって訳じゃあないけど、効果的とは言えないしな。能力者が使うならともかく、分が悪い」

 容赦なく修は言い放った。

 急所に撃ち込めさえすれば銃火器も有効だ。だが、人間の反応速度を超えた身体能力を発揮する能力者相手に効果的かと言えばそうではない。常人ではまず捉えられない銃撃でも、認識できる能力者は少なくはないだろう。具現力にもよるだろうが、大抵は回避も防御もできるはずだ。

 たった一人を仕留めるために、どれだけの戦力が必要になるのだろうか。

 それを考えれば、軍と共に戦うことに魅力はあまり感じられない。

 足手纏いな仲間が増えるだけかもしれないのだ。部隊長クラスの相手をする際に回りに気を遣うことは難しい。味方を巻き込みかねない攻撃を放つ時だってあるだろう。そんな時に、能力者ではない軍人はただの的であり邪魔な存在にしかならないのではないだろうか。

 手数は増えるが、弾薬の費用も馬鹿にならない。始めから効果が薄いなら、銃器を使うのも能力者にした方がいいかもしれない。もっとも、銃器がどれだけ有用かどうかは相手にもよるだろう。単体での攻撃能力がかなり高い部類に入る光には全く要らないものかもしれない。

「舐めてるのはあんたの方だろ」

 光の言葉に、ハウンドの手が懐へと伸びた。

 ほんの一瞬の間に、光は力を解放させている。懐から銃を取り出したハウンドの手首を、光の手が掴んでいた。

「……銃で脅したって無駄だ」

 その言葉に、ハウンドは忌々しいとでも言いたげな表情で光を睨みつける。

「俺たちは世界を守るために戦っているんだ。それを侮辱するつもりか?」

「否定なんてしない。俺たちには必要ないって言っているんだ」

 ハウンドの言葉を、光はそう切り替えした。

 軍の有り方を否定するとまでは言わない。相手が能力者の集団でさえなければ、軍事力は有効だっただろう。だが、現実は能力者と戦わなければならない。

 世界中の国々が一致団結を始めているのは良い傾向かもしれない。だが、それでVANを倒せるかと言えば難しいところだ。いがみ合う国々が、これで手を取り合うような関係になれたとしたら、VANの存在も悪い部分だけではないかもしれない。

「能力者とまともに戦えるのは能力者だけって言うのは、今に始まったことではないわね」

 今まで黙り込んでいたヴィクセンが呟いた。

 光とハウンドの会話記録を取っていたらしく、メモ帳とペンを持っている。

「あんたは、能力者の力を知らないんだ」

 言って、光は掴んでいた手を放した。同時に、横薙ぎに払った腕でハウンドの持っていた拳銃の銃身を削り取る。

 いとも簡単に破壊された銃を見て、ハウンドが固まった。グリップだけになった銃を見つめている。その頬を、汗が一筋伝っていた。

「それだけの力がありながら、何故個人で動く……」

「だからこそ、でしょう?」

 ハウンドの言葉に答えたのは、ヴィクセンだった。

 どこかの組織に属したとすれば、光たちが個人の思惑で動くことは難しくなる。組織全体の利益や目的に縛られることになる。単体で凄まじい力を発揮できるからこそ、個人の思惑で動きたいのだ。

「何故、手を取り合おうとしない!」

「……拒絶されるのはいつも俺たちの方だ」

 叫ぶようなハウンドの言葉に、光は静かに告げた。

 どれだけ光が世界の味方として戦おうとも、その力が必要でなくなった時、捨てられる。一般人から見れば、光たちとVANの能力者に違いはない。ただ、凄まじいまでの力を振るう危険な人物としか映らない。一部の人に理解してもらえたとしても、多数は光たちを恐れるだろう。

 VANとの戦いで軍隊の存在が押されているうちは光たちの力は欲しいところだ。だが、軍が優勢となれば光たちの存在は不穏分子になりかねない。同じ能力者なのだ。いつ裏切られるか判らないというのが本音に違いない。

「だったら、お前たちが戦う理由は何だ!」

 ハウンドが叫ぶ。

「俺たちは、平穏な日常を取り戻すために戦っている。俺たちの居場所、家族、大切なものを守るために、戦ってるんだ」

 光は言った。

「そんな、ちっぽけなもののために……」

「小さいと思うなら、あんたに俺たちは説得できない」

 ハウンドの言葉を、光は一蹴した。

「我々は世界を守ろうとしているんだぞ」

「根本的には同じだろうが。俺たちをあんたらと一緒にするな」

 光は光にとっての世界を守るために戦っている。

「そんな大義、俺たちには必要ねぇな」

 修が言った。

 世界が変わっても、光たちは存在できる。光の家族もいる。もしも、世界がVANに敗れたとしても、光たちが生きているのならばそれは些細なことだ。世界のために戦っていれば、光たちの戦いもそこまでになる。だが、光は光の望む未来を掴むために戦っている。そこに世界全体の環境は関係ない。国連が壊滅していても、生きていられるなら、戦いの無い日常を得られるのなら、光は戦う。

 個人だからこそ、軍などの決めたルールに則って戦闘行動が封印されることはない。

「俺たちはまだ子供だ。だからこそ、笑って過ごしたいんだよ!」

 光はハウンドの胸倉を掴んでいた。

 まだ、光は社会人ではなかった。最初は単なる高校生に過ぎなかったのだ。遊んでいたい、気楽な学生生活をしていたい、そんな思いはまだある。

「俺たちには、小さな環境が世界そのものだったんだ」

 外国がどうのとか、国の情勢だとかは雲の上の話でしかなかった。高校生だった光たちにとっては手の届かない場所の話だった。自分の住む場所、家族、友達、クラスメイト、学校、日常、進路、そんなものが光にとっての世界だったのだ。それを守るために、そこに戻るために戦い始めた。

「ヒカルが、どれだけ悩んで、傷付いて、戦ってきたのか、知らないでしょう?」

 セルファの言葉に、ハウンドは目を見開いた。

「失くしたものも少なくないし、そうなることも考えて戦ってきてる」

 セルファの表情は、暗いものだった。

「私たちの覚悟は揺るがない」

 それでも、セルファはきっぱりと言い放った。

 光たちの理念をちっぽけだと言い切るような組織につくなんて考えられない。VANの壊滅を目的に戦うだけならば、光はとっくにROVのメンバーとして活動している。ROVに属していないのは、目指すものが違うからだ。協力することはあっても、同一の存在ではない。

「俺たちの戦いを利用するのは構わない。けど、俺たちの邪魔をするなら、あんたらも敵だ」

 戦闘結果を他の誰かが利用しても光たちは関知しない。光たちの戦いを軍や世界が利用して動いても、光たちの邪魔にさえならなければ文句を言うつもりはなかった。ただ、光たちにとっても邪魔になるのであれば、容赦なく攻撃する。

「そういう物言いは敵を増やすだけだぞ」

 少し冷静になったのか、ハウンドは客観的な言葉を返してきた。

 確かに、光たちの言い方はVANだけでなく世界をも敵に回しかねない意見だ。邪魔をするなら敵だ、と言えばどんなものでも敵に変わるということのなのだから。

「目の前で仲の良かった人が死んだこともある。知り合いが敵で、殺したこともある」

 光の言葉に、ハウンドが視線を細めた。

「他人を巻き込むのは御免だ」

 たとえ、光たちが気を遣わなくてもいいと言われたとしても、光が戦っている戦場で自分たち以外の誰かが死ぬようなことがあればどうしたって責任を感じてしまう。光たちが上手く立ち回れば、被害を出さずに済んだかもしれない。そう考えてしまうだろう。自分たちの環境を守るためには、無関係な人を巻き込むことも避けなければならない。たとえ、それが世界を守るために戦うという軍隊だったとしても。

「俺たちが戦うのは、俺たちのためなんだ」

 光はハウンドの目を見て告げた。

 これまで光たちがどんな思いで戦って来たのかを考えようともせず、上辺だけ媚びへつらうように言い寄ってくる政治家が、マスコミが、大人が、大嫌いだった。

 ハウンドは少し違うようにも思えた。それでも、協力しようとは思わない。ハウンド個人は光が嫌う人間と違っていたとしても、上司や、周りの人間たちもそうとは限らない。面倒なことが増えるだけだ。

「まぁ、軍も信用できないしな」

 修の言葉を、ハウンドは否定しなかった。いや、できなかったと言うべきか。

 恐らく、軍の関係者の中にVANのスパイがいることを知っているのだ。だからこそ、中佐という階級であるにも関わらずたった一人で光たちに接触してきた。部下からハウンドまでの伝達経路にスパイがいる可能性を考えてのことだろう。階級に見合う権限を持っているハウンドならば融通も利くだろうから。

 軍にスパイがいるとなれば、光が属した際に行動が筒抜けになってしまう。やはり、光たちは個人で動いていた方がいい。

「それに、あんた、能力者だろ?」

 ヴィクセンに対して向けられた光の言葉に、ハウンドは目を見開いてヴィクセンに視線を向けた。

「その根拠は?」

 動じた様子もなく問いを返すヴィクセンに、光は確信していた。

「あんたの態度かな。冷静過ぎる」

 今まで、光に接触を図ってきた者たちとは態度が違う。

 マスコミであれば矢継ぎ早に質問を投げ付けてくるし、政治家であればどこか怯えているような、焦っているような、中途半端に本心が見え隠れする。冷静な者もいたが、実際に力を見せ付けた途端に仮面が剥がれる。

 軍人であるハウンドですら、光が銃を容易く破壊して見せた時には衝撃を受けていた。確かに動揺していたのだ。

 だが、ヴィクセンは違う。光たちの写真を撮影してきたと言っていたが、それ自体が不自然でもある。

「この一ヶ月、あんたと同じ気配を感じることがあった」

 光には能力者の放つ力場を察知する力がある。それは、光が持つ力場破壊能力に由来するものだ。他者の発した力場を掻き消すという特性から、光は相手の力場を感覚として捉えることができる。力場が力の対象となるからだろう。

 本質的には力場と同じ防護膜も光は捉えることが可能だ。敵が隠れていても、場所や動きを知ることができる。そして、使う力によって気配は異なる。

 もしかしたら別人かもしれないが、その確率は極めて低い。

「さすが、鋭いな、光」

 答えたのはヴィクセンではなく、ドアの方から聞こえた声だった。

「先輩……!」

 光は目を丸くした。

 いつの間に戻ってきたのか、聖一が部屋に入って来る。連絡を入れずに聖一が戻って来るとは珍しい。もっとも、光たちが気付かなかっただけかもしれない。ヴィクセンやハウンドとの会話に意識が向いていたのは事実だ。

「彼女は俺と同じ情報屋だ」

 聖一は世界各地に情報網を張っている。それは、聖一と同じように情報収集を得意としながらVANの動きを快く思わない者たちのようだ。つまり、そう言った者たちの繋がりを作り、ネットワークを形成しているのである。

 VANの中でスパイ活動を行っている者や、レジスタンス側に紛れ込んでいる者もいるようだ。聖一は彼らと定期的に接触することで常に最新の情報を得ている。敵の情報も、味方の情報も。

 光が覚醒する前から情報屋として中立を位置していたことを考えると、聖一の情報網はかなり大きいものなのかもしれない。

「こいつが、能力者だと……?」

 聖一の言葉に、ハウンドが噛み付いた。

 どうやら、ヴィクセンが能力者であることはハウンドも知らなかったらしい。聖一はベッドに腰を下ろして語り始めた。

「ヴィクセンは俺の情報源の一つでもある。立場は中立を貫き続けるつもりらしいがな」

 ジャーナリストとして様々な場所に赴き情報を集め、その情報を聖一が受け取ることもあったようだ。確かに、聖一だけでは情報収集も大変だろう。情報を集めるには人手が欲しいと思うのは当然だ。その、聖一の情報網の一つがヴィクセンだったらしい。

 VANの手が入っていると思われる組織や施設に、取材するという名目で潜入していたのだろう。内情視察や情報の引き出しなどを行っていたに違いない。

「軍との接触は早めに済ませておいた方がいいと思ってな。彼女に頼んだ」

 その聖一の言葉に、光たちは顔を見合わせた。ハウンドも理解できないといった様子でヴィクセンに視線を向けている。

「これからの戦い、無闇に介入されても困るだろう」

 聖一の言葉に、光は納得した。

 確かに、光とVANが戦っている場所に軍が介入してくるのは困る。軍から見れば、光たちやROVのようなレジスタンスはVANのように明確な敵ではないという認識しかない。この一ヶ月の間に、VANもろとも攻撃される可能性もあったのだ。聖一が情報操作をしてくれていたのかもしれない。

「私が来たのは、情報提供の代価が取材だから」

 そう言って、ヴィクセンは自分が能力者であることを認めた。

 聖一との提携も、いずれは光たちを取材させるという条件を付けていたらしい。

「私は真実が知りたいだけだからね」

 言いながら、ヴィクセンは上着の胸ポケットから煙草を一本取り出した。

「あっと、もしかして禁煙?」

 顔を顰めた光を見て、ヴィクセンは火を点ける前に手を止めた。

「そういうわけじゃあないけど、あまり吸って欲しくはないかな」

 今では完治しているが、幼い頃に喘息を患っていた光は煙草が苦手だ。そうでなくとも、煙草を傍で吸われるのはあまり好きではない。それに、この場には光だけでなくセルファや有希もいる。彼女らに煙草は毒だろう。

 ヴィクセンは煙草を口に咥えるだけに留めたらしかった。

 彼女がどこまで信用できるのかは判らない。ただ、軍人と一緒にいるところや、そのハウンドがヴィクセンの力を知らなかったことを考えると、中立と見ても良さそうだと思えた。敵なら光の油断を見逃すはずはない。最初にジャーナリストだと言って困惑させたタイミングで攻撃してきてもおかしくはないからだ。

「この力をどう使っていくのか、まだ世界は答えを出していない」

 その答えを見たい。ヴィクセンはそう言った。

 世界の見方が違うんだ、と率直に思った。

 光たちは、VANを単なる能力者の集まりとしか見ていない。光たちが見る世界は、VANを受け入れていない者たちで構成されている。一般人、国連、そんな言葉で括れる、大多数の人間を見ていた。能力者や、今の争いは世界の中で起きている出来事に過ぎない。

 だが、ヴィクセンは全く別の見方をしていた。能力者が表舞台にその存在を晒し始めたことで、世界がそれを認識した。刃は人類全てが能力者になる可能性を持っていると語ったことがある。ならば、いくら能力者を排除したところで能力者という存在は無くならない。永遠に戦いが続くだけだ。

 恐らく、ヴィクセンはいずれ能力者の存在が認められると思っている。いや、能力者の存在は既に認知されているのだ。彼女からすれば、具現力は世界に認められているに違いない。

 この力を人類がどう使っていくのか、その最終判断を見届けたいというのがヴィクセンの願いということなのだろうか。自分自身は極力関わらず、傍観者の側に徹して。

「あなたたちの話も、忠実に記事にするつもりよ。あなたたちが伝えたいことが伝わるような記事にね」

 咥えた煙草を揺らして、ヴィクセンは笑ってみせた。

「……くっ、結局、踊らされたのは俺たちか」

 視線を逸らし、ハウンドが歯噛みする。どこに怒りをぶつけていいのか判らない、悔しげに表情を歪めている。

「あんたたちが友好的でも、俺たちは軍とは組まない」

 光の言葉に、ハウンドが目を向ける。

「まぁ、スコールも結城財閥もVANが入り込んでたかな。個人で戦うしか、選択肢がないってのも事実だ」

 修が光の言葉を引き継いだ。

 世界的な軍需企業スコールはVANの言いなりだ。取締役会の人間が全てVANの能力者であることははっきりしている。ならば、スコールと関わりのある組織と手を組むことは危険を伴う。スコールとも繋がりがあった結城財閥にもVANの手が回っていた。

「スコール……! だとすると、やはり彼女は……!」

 ハウンドがアルトリアに目を向ける。アルトリアはこれまでの話を聞いていたのかいないのか、首を傾げて不思議そうな表情をするばかりだ。

 アルトリア・スコルジーであることに気付いたのだろう。ハウンドなら、アルトリアの存在を知っていてもおかしくはない。スコール以外にも、軍事関係者でVANと繋がっている者はいるかもしれない。ただ、そこから先は光たちには関係のない話だ。

「知っていたのか、お前は……?」

 ハウンドがヴィクセンを睨み付けた。それは確認とも呼べる問いだった。ヴィクセンが聖一と同じ情報屋であるなら、知っていて当然だとも思える。

「だとしたら?」

 どこまで世界がVANの影響を受けているのか、アメリカ軍は察知していないのだろう。ヴィクセンが軍に接触した時も、きっと何も言わずに光たちの下へ誘導するように動いただけなのだ。

「フェアじゃない……。お前は傍観者じゃあないのか?」

 ハウンドがヴィクセンに言葉を叩き付ける。

 傍観者に徹するためには、関わってはならない。そう言いたいのだ。ヴィクセンが光たちに接触し、事情や経緯などを聞き出すだけならともかく、聖一の情報網の一つとして機能するのはその意味には反している。聖一に情報を流したりすることで、ヴィクセンはこの戦いに関わっているとも言えるのだから。

「見ているだけじゃあ、真実には触れないから」

 ヴィクセンは薄い笑みを浮かべてハウンドを見返した。どこか達観したような、大人っぽい笑みだった。

 世界の裏で暗躍していたVANと、レジスタンスの真実を知るためには、二つの組織に触れなければならない。だから、ヴィクセンは自らも関わる道を選んだ。関わることで流れは変わるかもしれない。それでも、ヴィクセンはこの戦いの中にある思いを知りたかったのだ。

「この戦いは、あくまで能力者同士の戦いだと思うから」

 現時点で能力者と互角に戦える兵器は存在しないと言っても過言ではない。

 国連は戦うことを決め、世界はそれに同調した。だが、VANが優勢なのは誰が見ても明らかだ。世界各国で能力者の研究が行われているが、対抗するためのチームを組むためにはまだ時間がかかるだろう。それこそ、能力者並の力を操れるような兵器が開発されない限り。

 しかし、現時点ではそんな兵器は望めない。新兵器はあっても、対兵器用の兵器とでも言うべきか、そんな代物ばかりだ。まだまだ未知の力とも呼べる具現力に対抗するための兵器ではない。自然法則を書き換えたり、高エネルギーを操る能力者に対抗するためには、研究が足りないのだ。

 これこそ、フェアではない。

 VANが世界を牛耳り、独立を勝ち取るのが先か、世界が能力者に対抗し得る兵器を開発するのが先か、そんなところだろう。

「そうだな、VANはまだ本腰を入れて戦っちゃあいない」

「なんだと……!」

 聖一の言葉に、ハウンドが喰い付く。

「あいつらにとっては、まだ根回しが終わった段階だろう。これから、VANの攻撃は今よりももっと激しくなるぞ」

 冷静な聖一の推察にハウンドは黙り込んだ。

 スコールや結城財閥を始めとし、世界各地に食い込んだVANは、これから自分たちの居場所を確保するために動き出す。抑圧され、迫害されてきた能力者たちが自分たちの存在をアピールしながら生きて行ける場所を。そのための準備段階が終わったに過ぎない。表舞台に現れる宣言の瞬間は、まだその過程に過ぎなかったのだ。

 世界中にVANの存在を認識させ、その上で各地域の反応を見る。同時に、手駒にした組織内の反抗勢力を炙り出し、組織の実権を確固たるものにする。そこまででようやく準備が終了するのだ。そこから、世界に能力者たちの楽園を創る。

 まだまだ戦いはこれから、なのだ。

「それに、この戦いを終わらせるのは、軍じゃないと思うのよ」

 そう言って、ヴィクセンは光たちを見回した。

「私は、あなたたちがこの戦いを終わらせるんじゃないかと思っているわ」

「こんな子供たちが、世界を変えると言うのか……」

 ヴィクセンの言葉に、ハウンドが渋い表情をする。

 ハウンドは実際の戦場を見てはいないのだろう。VANもROVも、能力者たちは比較的若い世代が多い。

「能力者は、自我が強く現れてくる時期に覚醒するのはほとんどだから」

 静かに、セルファが呟いた。

 精神と密接に結び付いている具現力は、精神面、つまり自我が現れ始める頃に覚醒しやすいらしい。つまり、光たちの年代が多いということだ。十代で覚醒するのが基本なのだろう。

 例外はあるだろうが、年齢を重ねるにつれ、精神や自我が安定して行くにつれて覚醒し難くなっているのかもしれない。もちろん、幼過ぎても駄目だろうが。

「話は済んだな?」

 聖一が口を開いた。ヴィクセンとハウンドに向けられた言葉だ。

「私は十分、あなたたちの真意に触れられたと思うわ」

 肯定するヴィクセンに対し、ハウンドは険しい表情で光たちを見つめている。だが、何も言い出せないところを見るとハウンドもこれ以上の交渉は不可能だと感じているのだろう。

「光、これからのことだが、気になる情報を手に入れた」

 話が一段落したことを確認し、聖一はそう切り出した。急に戻って来たのも何か情報を入手したからなのだろう。

「晃が、この付近に来ているらしい」

「兄貴が……?」

 聖一の言葉に、光は目を丸くした。

 晃から光に対しての連絡はない。レジスタンス側に寝返ったという情報があれば、まず聖一が接触を試みているはずだ。となれば、現状で晃は敵ということになる。

「第一特機の一員、ということになっているらしいな」

 特機、とは特殊機動部隊の略だ。ナンバリングが一の部隊を、光は知っている。

(ダスクの部隊……!)

 ダスク・グラヴェイト。VANの中でも光に友好的な意思を見せてくれた人物が率いる部隊だった。

 彼の部隊に、晃が属している。

「特訓をしていたお前なら判っていると思うが、近くにはROVもいる」

 恐らくはそのROVへの襲撃だろう。聖一はそう推測しているのだ。確かに、情報を聞けば光もまずそれを考える。

(ダスクと戦うのか……? それとも、兄貴と……?)

 光は歯噛みした。

 ダスクも晃も、戦うとなれば光が決着をつけたい。

 とは言え、同時に二人を相手にするのは無理だろう。少なくとも、晃は光とほぼ互角の力を持っているのだ。訓練を積んでいるのは晃も同じだろう。光がROVで特訓していたように、晃はVANで訓練をしていたはずだ。

 戦うとなれば、どちらか一方の相手しかできない。

(もし、そうなったら、俺は……)

 光はどちらと戦うべきだろうか。

「どうする?」

 修が問う。

 迷っていても始まらない。答えは出ていた。

 悩んでいては二人と会うチャンスを逃してしまうだけだ。どちらと戦うにせよ、まずは動くべきだ。実際に接触するまでに結論を出せばいい。もちろん、その場その場の状況を見て判断するのも手だ。

「行こう。兄貴の答えを、確かめる」

 光の言葉に、仲間たち全員が頷いた。

 晃が出した結論を、光は知らなければならない。ただ一人の兄弟として。同時に、敵になるというのなら再び拳を交えなければならないだろう。今度は、修は助けてくれない。決着がつくとしたら、光と晃のどちらかが死ぬ時だ。

 今まで、晃が戦場に出たという情報を聖一は得ていない。もしかしたら、この戦いが晃の初陣である可能性もある。ダスクがいることを考えれば、一筋縄ではいかないだろう。光たちで人数は足りるだろうか。

 情報を持ってきた聖一を先頭に、光、セルファ、修と続く。部屋を出る直前、修は入り口付近のホルダーに掛かっていた鍵を取った。

「ということで、支払いよろしく」

 言い放ち、修は部屋のキーをハウンドに投げた。

「ちゃっかりしてるよ」

 修を見て、光はセルファと顔を見合わせて苦笑した。

 だが、直ぐに表情を変えて聖一の後を追う。気を抜いていられるのはここまでだ。これから、光たちは戦いに行くのだから。

 真剣に意思を固めておかなければならない。晃を殺す覚悟を。


「……全く、勝手な奴らだ」

 取り残されたのは、大人たちだった。

「ライト・ブリンガー……」

 ヒカルたちがいなくなった部屋で、ヴィクセンがぽつりと呟いた。

「なに?」

「ふふ、良い記事のタイトルを思いついただけよ」

 そう言って、ヴィクセンは笑みを見せた。

「あの、カソウ・ヒカルに似合う渾名でしょう?」

 煙草に火をつけて、ヴィクセンが言う。

 大きく吸って、一気に煙を吐き出す。懐から取り出した携帯灰皿に煙草の灰を一度落として、また口に咥える。

「……お前も、能力者だったとはな」

 アルフレッド少将は知っていたのだろうか。

 戻ったら報告せねばなるまい。どんな反応をするのかは想像できなかった。ハウンド自身、どう受け止めるべきか揺れているところがあるのだ。

「聞かなかったじゃない」

 ヴィクセンの返事に、ハウンドはやれやれと溜め息をついた。

 能力者は皆、自分勝手に見える。少なくとも、ハウンドには。その力を何のために振るうのか、てんでバラバラだ。ただ、その身勝手さが羨ましいと思えたのも事実ではある。

 彼らの年齢だから、今の状況を戦えているのかもしれない。

「それで、これからどうする?」

「お前はどうなんだ?」

 ヴィクセンの問いに、ハウンドは同じ問いを返した。

 ハウンドの目的は一応達成できた。ヒカルたちの意思を確認し、現状では世界の敵でないことは確認できたと言えるだろう。後はROVとも接触すべきだが、先ほどの会話を聞くに、今からというのは難しそうだ。

 VANの部隊が接近しているのなら、能力者同士の戦闘になる可能性は高い。ヒカルたちも戦いに行ったのだから。実質一人でしかないハウンドにVANの部隊と戦うだけの力はない。非能力者であるハウンドが戦うのであれば、準備が必要だ。

 ヴィクセンも戦闘行動に関与するつもりはないらしい。遠くから撮影ぐらいはするかもしれないが、実際に戦ったりはしないだろう。ハウンドが攻撃されたとしても、彼女は退避するだろうから。

 だとしたら、彼女はこれからどうするつもりなのだろう。もう仕事は終わったはずだ。別々に行動しても良いのである。何故、ハウンドに今後の行動を聞くのだろうか。

「そうねぇ、今のあなたを取材しておきたいわね」

 ヒカルたちに接触し、言葉を交わしたハウンドに感想を求めようと言うのだろう。

 軍人であるハウンドに面と向かって対峙しながら、ヒカルは一歩も退かなかった。その上、ハウンドの銃を容易く破壊して見せた。あの瞬間、ハウンドは死んでいてもおかしくはなかったのだ。

「断る、と言ってもお前はしつこそうだな」

「解ってるじゃない」

 煙草を揺らし、ヴィクセンが笑う。

「とりあえず、彼らの戦いが見える場所を探したいわね」

「……そうだな」

 ヴィクセンの言葉に、ハウンドは同意していた。彼女と意見が一致したのは少々不服だったが、これからVANと向き合う上で能力者同士の戦いは実際に見ておきたかった。

 部下からの報告だけでは理解できていない部分もある。だが、何よりもヒカルたちの戦いがどんなものなのかを確かめておきたかった。本気で戦う姿を見てみたかったというべきか。

 今、VANと戦っている勢力の中で最も力を持つとされる能力者の一人なのだから。

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