遅刻の幻想夜
「メリークリスマス」
飾り気のない一文だけのメールを受信したのは12月25日23時43分のことだった。
たった一つだけ違う着信音を登録してあるメールアドレスからのメール。
すぐに返信すれば日付変更までに相手に届くだろうけど、私は充電器を挿しっぱなしの携帯をベッドに放り投げて溜息をついた。
ベッドを背に膝を抱えて顔をうずめる。ちょっとした、悲劇のヒロインっぽくなりたかった。
メールの相手はさっきまでの私のように携帯とにらめっこしているのかな、と少し考えてから首を横に振った。きっと彼は思い出したから送っただけで用を終えた携帯は既に机の上にでも置き去りにされていることだろう。そういう人だから。
ドラマなんかなら今頃は彼がものすごい勢いで車を運転しているシーンが流れそう、想像してみると、全く彼には似合わなくて少し笑えた。
小さなアパートの一室は異様に狭く、寝室兼リビングからは玄関が見える。鍵のかかっていない扉。煙突がないから玄関を開けてないとなんて、今時小学生も言わないようなサンタさんの待ち方を実行している私。
扉を見ていると赤い服を着た彼が入ってきた、大げさな荷物を担いで、「ごめん、ごめん」なんて軽い調子で言って……
突然、携帯が鳴った。午前0時の時報。
もちろん、彼は着ていないし荷物が置かれていることも、扉が開くこともなかった。こんな時に見せられる夢は、余計に寂しさが増してイヤになる。
ベッドに上ろうと立ち上がると、携帯が予想もしない音を鳴らした。
あわてて受信箱を確認して、新着メールを開く。
「雪、振ってきたよ。あと星綺麗」
送信者を知る私からすればあまりに不自然で、誰から見ても不器用に見える文脈に少し困惑しながらも私は上着を着てベランダにでた。
星が見えるほど澄んだ空なのに白い粉が舞う風景はとても幻想的で、一人きりの私は儚さを隠せない。
願うように空を見ていると、不意に何かに抱きつかれた。
その感覚も、香りも、雰囲気も私の知っている人だったけど、ただ一つだけ違っていた。
「らしくないね」
私が言うとその人は「時間に遅れたこと?」と十分に彼らしいことを言ったので私は安心して身体を預けた。