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第八話 一つの区切り

 

 

 

 もしかするともうダメなのかもしれない。

 

 病院に着いたときにそう思った。

 叔母や祖父母までもが呼ばれているのがその証拠だ。

「かあさん……」

 熱がまたぶり返してきて、頭がぼうっとしてくる。

 麻里子の手のほうが冷たくて、その冷たさにホッとした。

 

 夜遅くになって梨津はなんとか持ち直した。

 いまだ意識は戻らないが、危険な状態ではなくなったようだ。

 それまで麻里子がずっとそばにいてくれたことに気づく。

 送っていくと行ったのだが、それを断って麻里子は病院を出て行った。

 それでもやはり気になって追いかける。

 せめてここまで付き合わせてしまった礼を言わなければと。

 夜間の出入り口を出たところで誰かが泣いていた。

 

「よかった……」

 

 泣いていたのは麻里子だった。

 母が持ち直したことに安堵して、雅也のことを想って泣いてくれている。

 たまらず後ろから抱きしめた。

「おまえは、何勝手に泣いてんだ?」

「せんぱ…?」

「やっぱり心配になって来てみれば、勝手に一人で泣いてるし」

 もう泣かなくていい。

 だけれど、自分を想って泣いてくれるその気持ちが嬉しい。

「先輩」

「可愛いな」

 好きだ。

 愛おしい。

 そんな言葉が溢れてくる。

「おまえは本当に可愛い」

 それなのに、口から出た言葉はとても陳腐なものだった。

 麻里子はしばらく泣いていたが、すん、と鼻をすする音が聞こえたので落ち着いたかと体を離した。

「よく泣くな」

 着の身着のままで家を出てきたので、ハンカチも何も持っていなかった。

 指で頬を拭うと、麻里子は顔を伏せる。

「瀬川?」

「いえ、あの……すごくみっともないので」

「別に俺の前で泣いたのは初めてじゃないだろう」

「そうですけどっ」

 昼間も大泣きしているのに、いまさら恥ずかしがることか。

 おかしくなって笑い出すと、ドンと胸を小突かれた。

 それがなんだか甘えられているみたいで嬉しくなって、ますます笑いがこみ上げる。

「もう、知りませんっ」

 恥ずかしがるような甘い声。

 誘われているみたいで、指で顎をすくうと有無を言わせず口づけた。

「ん」

 鼻にぬけるような声に、背筋を快感が走る。

 ちょっと待て、声だけでこれか!

 これ以上はまずいと思わず身を離したところで車のヘッドライトが近づいてきた。

「あ、さくらちゃん」

 白い国産高級車が二人の前に停まった。

「ごめんなさいね。遅くなっちゃって」

「いえ、早かったですよ」

 気持ちを切り替えた雅也はにこやかに応対する。

「麻里子さんにはお世話になりました。体調が悪かったので助かりました」

「よかったですね、お母さま」

「まだ、安心はできないですけど」

「そうなの? でも、気を強く持ってくださいね」

「ええ、ありがとうございます」

 がんばれとは言わない励まし方に、麻里子がこの女性を実の姉のように慕う気持ちがわかったような気がする。

 車に乗り込んだ麻里子に声をかける。

「瀬川、ありがとうな、いろいろと」

「いえ、とんでもないです。あの……おやすみなさい」

「おやすみ」

 車が病院の敷地を出て行くまで見送ってから病室へと戻った。

 

 

 

 小さな手が雅也の手を痛いほどに握りしめている。

「みぃ」

 背中をさすると堰を切ったように泣きだした。

「おっ……かっ……さ………」

 しがみついてきた妹をただ黙って抱きしめた――

 

 

 重たそうな雲が頭上に広がっている。

 ちらほらと雪が降ってはきたが、積もるほどではないだろう。

 手が空いたところで弔問に来てくれた友人達のところへ向かった。

「みんな、悪かったな。今日はわざわざ来てもらって」

「何言ってんだ。馬鹿。俺、すっごくおばさんに世話になったんだぞ。来るのは当たり前だろ」

 楢崎は中学からの付き合いだ。

 母が元気なころはお互いの家によく泊まりに行っていたものだ。

「それより山沖くん。いいの? 喪主がこんなところにいて」

「ああ、ちょっとなら大丈夫」

 友人達と喋っていると、気を張っていたのが緩んでしまいそうだ。

 気の合う仲間達といるのが一番自分らしくいられる。

 そう思っていたのに父親に呼び戻される。

「雅也、ちょっと来なさい」

「なんだよ。話はもう終っただろ」

「来るんだ」

 妹は母が亡くなってから、ずっと雅也と一緒にいた。

 父方の祖父母たちや、出張ばかりで家にいない父よりも雅也を一番慕っていた。

 雅也がそばに行くとぎゅっと手を握ってきた。

美夜みやも山沖の家に行きたいそうだ」

「ん、そうだな。どうせ親父は明日には出張なんだろ」

「ああ」

 父親はすでに腕時計を見ている。

「もう帰ってもいいけど」

「そういうわけにはいくか」

 仕事人間だった父と母は、これでも仲違いして離婚したのではないらしい。

 離れて暮らすようになってからもお互いに連絡をとりあっていたというのだから、息子から見たら不思議でならないのだ。

「みぃ、どうせならこれからずっと山沖の家にいるか?」

 雅也は訊ねたが妹は黙って首を振る。

「お父さんと一緒がいい」

「おまえがこっちへ来ればいいだろう」

「嫌だって言っただろ」

 父の実家は嫌いだった。

 否、祖父母のことは嫌いではないのだが、父の兄夫妻とその子どもたちが嫌いだった。

 子どものころから父の実家を訪れることもなく、たまに遊びにくる祖父母たちの顔を見るくらいで、もういとこたちの顔も思い出せなかった。

 

 隣県にある山沖の祖父母の家は高速を使えばすぐに着くところにあった。

 山沖家は建物自体は古かったが内部はリフォームしてあるので、雅也たちが泊まっても十分に部屋は余っている。

 泊まるときにはいつも利用している客間に荷物を下ろすと、暖房を入れてから携帯電話を取り出した。

 まず最初に親友に電話をいれてからもう一度別の番号にかける。

『もしもし』

「よう、今いいか?」

『はい。でも、あの、いいんですか? 電話なんかしてて…』

 麻里子はすぐに電話に出た。

 彼女の優しげな柔らかい声を聞くと気持ちが和む。

「もう落ち着いたから大丈夫。といっても今はじいさまの家にいるんだけど」

『え、おじいさまのおうちって確か…』

「高速使えばすぐだからな。それに、墓もこっちにあるから都合がいいし、さっき楢崎にも電話したんだけどさ、何日かこっちにいないといけないんだ」

『そうですか。気をつけてくださいね。病み上がりなんですから』

「ああ、風邪はもう大丈夫だよ。あのときは悪かったな。いろいろとバタバタして」

『い、いえ』

 やっぱり彼女は心配してくれる。

 そういえばあのときキスしてしまったのだった。

 断りもいれずにしてしまったが、まったく嫌がられなかった。

 ということは、彼女は自分を好いていてくれているのだろうか。

 そんなことを考えていると、ドアがノックされて妹が顔を出した。

「あ、悪い。呼ばれてるから、これで切るな。今日は本当にありがとうな。おやすみ」

『おやすみなさい』

 電話を切ると妹は部屋に入ってきた。

「お友達と話してたの?」

「ああ」

「今日、お葬式に来てくれてた人?」

「そうだよ。楢崎は知ってるだろ? あとは大学の友達とか後輩だよ」

「すごく綺麗なお姉さんがいたでしょう?」

「ええと」

 綺麗なお姉さんというと誰のことだろうかと思ったが、それは雅也から見て「お姉さん」なのではなくて、妹から見た「お姉さん」で「綺麗」というと一人しか思い当たらない。

 ただの欲目かもしれないが。

「その人、笑ってくれたの。すごく優しそうだった」

「そっか」

 雅也は立ち上がると妹を促して廊下に出た。

「もしかして、お兄ちゃんの彼女?」

「まだだけど、そのうちにな」

 

 手に入れようと思ってる――

 

 

読んでいただきまして、ありがとうございます。

「Close to You」の男性視点です。

サイトにて完結済みですが、改稿でき次第UPしています。

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