表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

第五話 過去の女

 

 

 

 大学祭も無事に終わり、雅也たち三年生はサークルの活動から引退することになる。

 打ち上げで利用するのは大学近くの居酒屋で、この店が開店してからずっと世話になっているらしい。

 おかげで多少のことは大目に見てもらえるのだが、それにしても毎度騒ぎすぎだろうと心の中では思っている。

 雅也は酒にはそこそこ強いほうだ。もちろん度を過ぎると二日酔いに悩まされるが、記憶がなくなるほど酔っ払うということがない。

 飲み会などでは人を介抱する側に回ってしまうので、楢崎たちに「ザルだ」と言われる所以なのだが、酔っ払っている暇がないだけである。

 一次会もそろそろ終盤になり、あと十分もしたらラストオーダーだなと考えながらふと視線をめぐらせる。

 離れた場所に座っている麻里子のところに中松朱莉なかまつあかりが戻ってくる。あの二人はいつも仲が良い。おっとりとして控えめな性格の麻里子と、人懐こく面倒見のよい中松は性格が違うためか喧嘩もしないらしい。

 楽しそうだなと思った。

 山沖は動かなくとも皆が近づいてくるが、麻里子も一度も動いていない。動かずとも向こうからやってくるのだ。

 主に男が。

 酔っている輩が何かしないかと内心ではハラハラしていたが、それも杞憂に終る。

 彼女は未成年だ。最近では厳しくなっていることもあり、未成年には飲酒させられないのでウーロンらしきものを飲んでいる彼女は適当にあしらっているようだ。

 慣れているのだろうなと思った。

 あれだけの容姿だ。

 この前のストーカー未遂|(?)事件のように勝手に想いを寄せられることも多いのだろう。

 告白されてもあっさりと振っているようだというのは友人である三沢から聞いたことだ。

 隣に座っている二年の女子学生たちの話に適当に相槌を打っていると、麻里子とこそこそと話していた中松がニヤニヤと笑いながらこちらを見た。

(俺のことか?)

 眉根を寄せてジロリと睨む。何を話しているというのだ。

 目が合った中松はマズイというような顔つきになって、麻里子の後ろに隠れるように動いた。

 確定だ。

「なーかーまーつー! なんだ、人の顔見てニヤニヤして! 俺を笑いものにでもしてたのか!?」

「し、してませんよ! たまたまですよ~!」

 座敷の端と端とで大声でやりとりしていると、二人のやりとりに思わず引いてしまったらしい二年生たちはそそくさと立ち上がる。

 そこを狙いすましたかのように中松が麻里子を連れてやってきた。

 よくやった。あとでひいきしてやろうと心の中で中松に喝采を送ると、さらに麻里子を雅也の隣に座らせた。麻里子にわからないようにニヤリと笑った中松は彼女の反対隣に座る。

 中松は雅也の麻里子に対する気持ちに気がついているのだろうか。人懐こく、交友範囲も広い中松は人の気持ちにも聡い。時々、そう思われるような言動が見られるのだが確証はない。それを問いただしたら、それこそ本当にバレてしまいそうなので訊くに訊けないのだ。

 麻里子には門限がある。それまでには帰らなくてはならないので、今日も一次会までだった。

 家が遠いというのもあるが、あの理事長父子に余計な心配はさせられない。今はまだ信頼を得ることが大事だ。

 誰が迎えに来るのかという話から聞いたことのない男性の名前があがった。

 誰だそれは。

 いちいち男の名前に反応していたらキリがないとはわかっているのだが気になるものは気になる。

「え、拓海兄さんて誰?」

 こういうからには従兄であるだろうとは思うのだが、それはどれくらいの年の人なのか、とても近しい存在なのかと知りたくなる。

 しかし麻里子は話してなかったという口調で説明した。

「あ、理一郎兄さんの弟です。うちではなくて別のところに住んでるんですけど、今はお嫁さんが出産で実家に帰ってるので、この前から兄さんだけこちらに帰ってきてるんです」

「ああ、結婚してるんだ」

 内心でホッとする。既婚者ならまあいいかと思う。おそらく麻里子は理一郎と同じようにその拓海という従兄を慕っているのだろう。可愛がられて育ったというのは言葉の端々からもわかる。

 中松は麻里子の家に何度か泊まったこともあるらしい。弟の和佐や従兄たちの話をすると、女子学生たちは目の色を変えた。

 写メが見たいということであっという間に麻里子の携帯が周囲に回されて、雅也も見せてもらった。

 高校の制服を着た麻里子は間違いなく病院で出会ったあの【彼女】だった。

 そして両脇を固める背の高い男性たち。

 彼女と比べてみても、雅也と同じくらいの長身だ。

「わ、私のことはあんまり見なくていいですからっ!」

「こっちが理一郎さんだから、こっちが拓海さんか?」

「そうです。あ、そうそう、これはさくらちゃんと、拓海兄さんの奥さん…光佳みつかちゃんと撮ったんですよ」

 ついでというように見せてもらった写メには麻里子をはさんで二人の女性が立っている。

 一人の女性は雅也も知っている理一郎の妻桜子だったので、こちらが光佳かと察しをつけた。

 顔立ちの良さだけなら麻里子よりも綺麗だった。とても目立つ。

「すごく綺麗な人だな。桜子さんは可愛い感じの人だけど、こっちのみつかさんは華やかって感じがする」

「そうなんですよ。でも、光佳ちゃんは見た目は派手なんだけど、実はすごく真面目で悪目立ちするのが好きじゃないんです。だから拓海兄さんが口説き落とすのが大変だったって言ってました」

「へえ、それはちょっと興味あるな…」

 ちょっと聞いた感じでは、光佳の性格は麻里子に近いようだ。そんな彼女を口説き落とした拓海に話を聞いてみたかった。

「みつか、ちゃんに、ですか?」

「いや? 俺が興味あるのは拓海さんのほう」

「え、なんで」

「話してみたい」

「なんでですか?」

「なんででも」

 先ほど見た写メからすると、拓海だって女性にモテないわけではないだろう。おそらくは多くの女性から好意を寄せられるはずだ。それなのに、口説き落とすのが大変だったという光佳をどうやって手に入れたのか。どうして惹かれたのか話を聞いてみたかった。

 麻里子はどうにも解せないという顔つきだったが、それ以上は何も訊いてこなかった。

「そろそろ一次会はお開きにするぞー! ラストオーダーはないのか?」

 

「もうラストオーダーなの? 来るのが遅すぎたわね」

 

 聞き覚えのある声に思わず振り返る。

 何故ここにいるのか。

 いるはずのない女性が笑みを浮かべて立っていた。

 

「さおり…?」


 二年近く前に別れ、海外留学していた元彼女が目の前にいれば驚くだろう。

 知らず、名前を呟いていたことに気づいて慌てて口を閉じる。

 しかし麻里子には聞こえていたようだ。

 驚いたような顔でこちらを見たので気づかぬフリをする。

 三年生以外は彼女のことを知らないはずだ。

「小塚先輩…、どうして今日はここに?」

 小塚沙織はすでに過去の女性だ。雅也は慎重に言葉を選びながら訊ねた。

「だって大学祭の打ち上げはいつもここじゃないの。ここに来れば会えると思ったのよ。ねえ、雅也」

「ちょっ、なにそれー?」

「雅也って…山沖先輩のこと、名前で呼ぶような仲なんですか?」

 名前で呼ぶなと言いたかったが、彼女は出会った当初に名乗ったときから名前で呼んでいた。今さら呼びなおさせると面倒なことになりそうで放っておくことにする。

「ねえ、雅也、私もお邪魔していいかしら? せっかくサークルの後輩さんたちもいるんだもの。話がしたいわ」

 小塚沙織との関係になんら後ろ暗いところはない。過去に付き合っていた女性というだけでそれ以上でもそれ以下でもない。

 だが、戸惑った表情の麻里子が何を考えているのか気になる。

「いいですけど…そろそろここはお開きなんで…」

「あのっ、よかったらここへどうぞ」

 すると麻里子が気を利かせたように立ち上がった。

 なんてことを言うのだ。おまえここにいろと手を引っ張りたかったが、麻里子は逃げるように背を向けた。

「雅也、お母さまの具合はどうなの?」

「っ…その話はまた後で」

 会っていきなりその話か。

 この女は何を考えているのかと思ったが、小塚沙織は会った当初から自分が中心だった。周りの人を思いやることなど知らない苦労知らずのお嬢様で、思うがままに振舞う。

 隣に座っていた楢崎が気遣うように耳打ちした。

「おい、どうすんだよ? その話はしないほうがいいんだろ?」

 雅也は小さく頷くと話をすりかえる。

「そんなことよりも、小塚先輩、アメリカはどうでした?」

 それこそどうでもいいようなことを訊いて注意を引く。

 すると自分のことを訊かれて機嫌がよくなった小塚沙織は口の滑りがますますよくなった。

 彼女の話なんてほとんど耳に入れない状態で、雅也は逃げるように行ってしまった麻里子をチラリと見ると、朱莉とくっついて話し込んでいた。

 意地でもこちらを見ないというように逸らされた顔に、妙に苛立つのだった。

 

 一次会をお開きにして、二次会会場に向かうために居酒屋を出る。

 一番最後に店を出た雅也は、皆が立ち止まっていることに気づいた。

 見れば少し先に停まっていたシルバーの車のところで麻里子が背の高い男性と立ち話をしていた。

 彼が迎えに来ると言っていた従兄の拓海だろう。

「あれってさっき見たマリちゃんの従兄さんじゃない?」

「実物のほうがいい男じゃない!」

「奥さんいるのかー。いいなあ、マリちゃん、あんなカッコいい従兄がいて」

 女子学生たちは羨ましそうな声をあげる。

 確かに美青年だった。やはり兄弟だからか、理一郎と顔立ちがよく似ている。しかし、比べてみると彼のほうが柔和そうに見えた。

 その彼が麻里子の頭をぽんぽんと叩いた。その仕草がまるで自分が妹を相手にしているのと同じに見えて、ああ、と納得する。彼も麻里子のことを妹のように大事にしているのだ。

 そう思ったら心のどこかにひっかかっていた何かがあっさりと消えて無くなった。まるでいままで固結びで結ばれた紐があっさりとほどけてしまったかのようだ。

「皆さん、麻里子がいつもお世話になってます。今日はもう連れて帰りますが、また懲りずに誘ってやってください」

 対応を心得た様子の拓海の言葉に各々が頷く。

 女子学生たちは彼の容姿にすっかり目を奪われている。

 拓海に促され麻里子が車に乗り込んだ。

 先ほどからこちらを見ないことが妙にイラつく。

「気をつけて!」

 こっち見ろ。

 麻里子だけでなく拓海までもがびっくりしたようにこちらを向いた。

 拓海は雅也に気づき、好意的な笑みを浮かべて会釈した。

 遠ざかっていく車を見送ってから気持ちを切り替える。

「おーし、二次会へ行くぞー」

 

 

読んでいただきまして、ありがとうございます。

完結済み作品なので、改稿でき次第UPします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ