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第四話 彼女の家

 

 

 

 雅也がまだ麻里子と出会う前、彼女がストーカーの被害に遭っているとは思わなかった。

 これほどの美人なのだから多くの男は放っておかないのではないか。

 むしろいままで付き合っていた男が一人もいないというのが貴重だといってもいい。

 雅也がそれを知っているというのも、麻里子の親友である中松朱莉から楢崎経由で知らされたことなのだが。グループ交際程度の経験はあるようだが、親密に付き合っていた男性はいないということだった。

 

 雅也が麻里子を自分の家に連れていったのも、彼女なら家の場所を教えてもいいかと思ったからだ。

 それに母にも会わせたかった。

 かつて一番長く付き合っていた沙織にすら、家の場所も教えていないし、母にも会わせていなかったのだから、これはもう心境の変化としか言いようがない。もちろん、今後麻里子以外に教えるつもりはなかった。

 麻里子に携帯の番号とメールアドレスを教えたのも何かあれば自分を一番頼りにしてほしかった。自分なら彼女を守れる。それだけの武道を身につけていたし、対処もできると思っていた。

 住所は知っていたが、彼女の家は遠かった。どうしてこんな場所から通っているのかと思うくらいだったが、通えないことはないのでこのほうがいいのだろう。

 しかしその理由にも納得した。まさか、自分が通う大学の理事長の姪だとは思わなかった。

 彼女を送り届けて帰ろうとすると、すぐ目の前に黒光りする高級車が止まった。

 そこから降りてきたのは一目で高級品とわかるスーツを身につけた青年だった。

 雅也と同じくらい背が高い。しかも、暗がりでもはっきりとわかる美麗な顔立ちをしていた。

 彼女の兄であるはずがない。時々話に出ていた従兄か。

 なにやら怒られている様子の彼女をフォローするために慌てて車を降りた。

「申し訳ありません。僕が彼女を引きとめていたので遅くなってしまったんです」

「先輩!」

「君は?」

 明らかに不審に思っている。

 男性は詰問口調で雅也を問いただした。

「K大教育学部三年の山沖雅也といいます。今日はサークルの活動で手伝ってもらっていたので、御礼に夕食をおごって、送らせてもらいました」

 ここはそう言ったほうがいいだろうと、当たらずとも遠からずという言い訳を言った。

「なんだ。K大の学生さんだったのか。サークルっていうと…」

「山沖先輩は、『福天堂』の代表なの」

「『福天堂』の? そうだったのか。それはすまなかったね。麻里子を送ってくれてありがとう」

 男性はいきなり態度を変えた。「福天堂」の名前が効いたらしい。

 おそらく彼もK大OBのはずだ。「福天堂」の代表は一番有能で信用のあるものが前任者から指名されるのが慣わしだ。それを知っているなら効果抜群のはず。

「私はこの子の従兄で瀬川理一郎だ。この子が遅くなると皆が心配するものだから、ついね」

「いえ、お気持ちはわかります。それと、ちょうどよかったのでお話があるのですが…」

「何か用なのか? まさか麻里子との交際を認めてくれとかそういう話じゃないだろうな?」

「え、いや、そんなんじゃ…」

 本当にそういう話ではないので慌てて首を振った。

 しかし、もしも彼女に交際を申し込んだら、彼が前面に立ちはだかるのだろうか。

「理一にいさん! 何言ってるの!? 先輩とはそんなんじゃないから! というか、先輩もまさかあの話を…」

「そのつもりだけど」

「いいです! にいさんたちには言わないでって言ったじゃないですか!」

「……何かあるのか? ……いや、あったんだな? 山沖くんといったか。入りなさい。詳しい話を聞こうじゃないか」

「ありがとうございます」

 

 理事長の瀬川恭一郎は背の高い人だった。若い頃は理一郎に似た美男子だったろうと思えるような男性だ。どうやら瀬川一族は長身の美形一族らしい。

 さすがに理事長は話をすぐに理解し、対処も考えた。

 このときばかりは麻里子の言葉を無視してよかったと思った。

 体は疲労困憊の状態だったが、こんな事件に巻き込まれていては疲れただのと言っていられない。大切に思っている彼女の身が危険にさらされて黙っていられる男はいないだろう。

 帰りの運転を心配する彼女に挨拶して車に向かうと、そこには理一郎がいた。

「山沖くん、今日は本当にありがとう。麻里子は俺たちに心配かけまいと黙っていることが多いから助かったよ」

「いえ、たぶん、このほうが彼女にはよかったと思いますから」

「麻里子はね、うちのお姫様なんだ」

「は?」

 いきなりこの人は何を言い出すのか。メルヘンチックな言葉が出てきて面食らう。

「瀬川の家はね、どういうわけか代々男ばかりが生まれる。男系の家系なんだろうな。跡継ぎには困らないんだけど、分家がどんどん増えてね。今じゃ親戚といえるかどうかわからないような傍流の家もある」

「それは…大変ですね」

 なんだか山沖家と正反対だと思った。母は三姉妹で雅也が跡継ぎの予定だし、母の母、つまり祖母も祖父を婿養子として迎えている。瀬川家とは反対の女系家族なのだ。

「そこに叔父の娘として麻里子が生まれたんだ。瀬川の家ではたった一人の女の子でね」

「ああ、そうなりますね」

「叔父たちはもちろん、うちの父もみんな麻里子が可愛くてね。つい過保護になるんだよ。大事に育てなきゃってね」

「そうなんですか」

 この人は何が言いたいのだろう。

 要するに彼女に近づくなという牽制だろうか。

 しかしそれならば自分に協力を頼むなんてことをしないのではないか。

「でも、そのお姫様を狙う輩ってのがいるんだよ」

「それは…?」

「分家だよ。といってもうちのおじいさまは珍しく一人息子だったから、その前の曾じいさまの代から分かれた家で親戚といってもいいのかわからないけどね」

「その分家が何を?」

「瀬川直系の娘をうちの息子の嫁にって欲しがってる」

「……」

「簡単に言えば、麻里子の持参金が目当てかな」

 理一郎は雅也の反応を面白そうに見ながら言った。

 さすがに瀬川直系どころか、理事長の跡取りだ。食えない人だと思った。

「うちとしては、大事なお姫様をそんな輩にやるわけにはいかなくてね」

「何が言いたいんです?」

「君の名字はこのあたりでは聞かないな。山沖というのは『あの』山沖なのか?」

 雅也は片眉を跳ね上げた。

 まさか名字を聞いただけで気づくとは思わなかった。さすがとしか言いようがない。もしかすると理事長も気づいているのかもしれない。

「……俺と麻里子さんが出会ったのは、本当に偶然ですよ。さっきも言いましたけど、まさか瀬川理事長に連なるお嬢さんだとは思ってなかったので」

「答えになってないな」

「……あなたがどういう意図で訊いているのかわかりませんが……間違いなく『あの』山沖ですよ。まだ継いではいませんけどね」

 ニヤリと笑うと、理一郎も笑った。

「そうか。よくわかった。麻里子を頼むよ」

「ええ、もちろんです」

 雅也は瀬川邸を出ると来た道を戻った。

 駐車場へ車を入れると、車を降りる前にここで受け取ったメールを見る。

 思わず口がほころんだ。

 可愛いことをするやつだ。

 何故だろうか。綺麗な女性、性格のいい女性は彼女のほかにもたくさんいる。

 なのに、彼女だけだ。「可愛い」と思うのは。

 そのメールに返信をして家に戻る。

 するとまだ母は起きていた。

「おかえりなさい。ずいぶんと遅かったわね。そんなに遠いの? 麻里子ちゃんの家は」

「ちょっと家に上がらせてもらってお茶飲んでた」

「まあっ! やったじゃないの! これで二人の交際も認められたのね!」

「だから違うって!」

 母には事情を話すしかない。しばらくは彼女をここに来させることになるのだから。

 リビングで話し終えると、梨津は真面目な顔つきになった。

「あれだけ綺麗な子ですものね。そんなこと起きてもおかしくないのね……わかったわ。マーちゃんもちゃんと守ってあげなきゃ駄目よ。男子たるもの、女性に優しく! ですからね」

「ああ、わかってるよ。それよりもそろそろ休めよ。もうずいぶんと遅いぞ」

「はいはい。わかりましたよ。うるさいんだから…」

 ブツブツ言いながらも梨津は自室へと引き揚げた。

 本当に元気だと思う。あれで誰が病気だと思うのか。

 しかし、病院に入院しないですんでいるだけで、いまだ闘病中だ。血色のよくない肌、けっして太ることのない体が物語っている。

 

 母に話し終えると急に眠気が襲ってきた。

 このまま眠ってしまいたいほどだが汗をかいていて気持ちが悪い。

 シャワーだけでも浴びて寝ようとバスルームに入った。

 短時間で風呂を出ると下着だけ身につけて自室に戻る。こういうときにうるさく言う母はすでに寝ているのでかまわないだろう。

 ドアノブに手をかけると、着信音が聞こえた。

 誰だと思いつつも見知らぬ番号にもしやと手に取った。

 耳障りのよい声は電話越しに聞くともっと柔らかく聞こえる。

 なんだか眠くなってベッドに横になると遠慮がちな声が言った。

『すみません。お疲れですよね』

「いや、喋っててもいいぞ」

『あの、訊いてもいいですか?』

「どうぞ…」

『もしかして、私の両親が亡くなってるのを知ってたんですか?』

 そういえば彼女の両親が亡くなっていることは知っていたので、今日そのことを彼女の口から聞いても驚かなかったから気づいたのだろうか。

「ん…」

 消え入りそうなウィスパーボイスというわけでもないのに、優しい声は眠気を誘う。

 癒し声だなあと思いながら目を閉じる。

『どうして…?』

「……どうしてだと思う?」

 話してしまおうか。

 俺とおまえが初めて会ったのは大学の入学式ではないのだと。

 でも、あの病院での出来事はなるべく思い出させたくない。あれは悲しい記憶だろうから。

 だからもう少し黙っていよう。

 彼女が何か言っている。

 おやすみと呟いた声は届いただろうか。

 意識が深い場所へ吸い込まれていく中、幻聴を聞いた。

 

「好きです」


 と。

 

 

 

読んでいただきましてありがとうございます。

「Crazy for You」は十話で終りますので、もうしばらくお付き合いください。

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