後日談その二 そして未来へ
雅也と麻里子が二人で調達してきた昼食を食べた後、少し離れたところにある大型ショッピングセンターに買い物に行くことにした。
新居に必要なものは用意したつもりだったが、後から必要なものも出てきたし、雅也が泊まるためには客間用の布団も必要だった。
拓海が運転する車では全員が乗れないので、麻里子と和佐は雅也の車に便乗する。
雅也は泊まるなら着替えだけは用意してくると言ってデイバッグを一つ持ってきた。
「あの、これだけでいいんですか?」
「は? 他に何か必要か?」
そういえば男の人って、旅行に行くときもあまり荷物を持っていないなと思う。女性とは大違いだ。
「お兄さんの車って小さいね」
他人の車にはめったに乗らない和佐は珍しそうに車の中を見回す。
「死んだ母さんの車だからな」
「そっか……じゃあ、大事に乗らないといけないよね」
雅也が母を亡くしたことは聞いていたので、和佐は少しだけ声のトーンが落ちた。
和佐の言葉に雅也が声に出さずに笑った気配がしたので、麻里子は首を傾げる。
「雅也さん?」
「いや……麻里子の弟だなあって思ってさ」
弟には違いないがどういう意味だろうと思う。
しかしそれ以上は何も言わずに雅也は車を公道へと出した。
ショッピングセンターに着くと、先に到着していた理一郎たちが待っていた。
「たっちゃんは寝ちゃった?」
ベビーカーに乗っている達樹は気持ち良さそうに眠っている。
「お昼寝の時間だもの。車に乗ったらストンと寝ちゃったわよ」
「ゆうちゃんは眠くない?」
幼稚園ではやはりお昼寝の時間のはずだ。しかし悠一郎は首を振った。
「眠くないよ!」
「寝るどころじゃないわよね。初めて来るところだもの」
母の手を握った悠一郎の目は輝いている。初めて来たショッピングセンターの中が珍しいのだ。
「さてと、どこから行きましょうか」
光佳が必要なものを書き出したメモを見る。
「ここなら大抵のものはそろってるから……あらやだ」
桜子が何か呟くと光佳と麻里子の腕を引っ張って後ろに下がる。
「さくらちゃん?」
「なあに? どうしたのよ?」
「見て見て。壮観よねえ」
桜子が促した先を見ると、雅也と理一郎、拓海に和佐がショッピングセンターの案内図を見ていた。
彼らは彼らで相談しているようだ。
この春に中学生になる和佐だが、さらに背が伸びて百七十五センチになっていたので、すらりと背の高い美男子が四人も揃っていれば人の目を集めてしまう。
「目立つわね…」
「確かに」
周囲の女性たちの目は彼らに集中している。しかもそのうちの二人は既婚者であることを示すように結婚指輪をしているのだ。
「嫌だわ、近寄りたくない」
目立つのが好きではない光佳は尻込みしているようだ。
「嫌だなんて、光佳ちゃん、一人は旦那様じゃないの。拓海くんが泣くわよ」
桜子が呆れた口調で言うのを聞きながら、麻里子は内心で思った。
(光佳ちゃんも十分目立ってるから…)
引越しの手伝いをするということもあって、パーカーにジーンズといういでたちだが、それでも派手な外見は目立つ。
光佳は全体的には細いのだが、出るべきところはしっかり出ていて麻里子も憧れるほどにスタイルがいいのだ。これで子どもを一人産んでいる母親とは思えない。
桜子は桜子でふんわりとした優しげな外見とは裏腹なグラマーな体を持ち、可愛らしい男の子の手をひいている。
麻里子は自分達も相当目立っていることに気づいていなかった。
「桜子」
理一郎が呼ぶので女性三人と子ども二人は近づいた。
「何で離れてたんだ?」
雅也が怪訝そうに訊ねてくる。
自分達が注目を浴びているなど考えてもいないのだろう。もしくはわかっていても無視できるのか。
「ええっと、目立つなあってさくらちゃんたちと話してました」
「ああ、美人が三人もいればな」
あっさりと言われて麻里子は頬を赤らめながら訂正する。
「違いますよ。先輩たちです」
「先輩?」
「あ……えっと、雅也さん」
いまだに意識していないと呼べなくて照れてしまう。
「じゃあ手分けして買ってこよう。二時間後にここに集合でいいな」
理一郎夫妻は食料品売り場、拓海夫妻は生活雑貨、麻里子と雅也は寝具類だ。
「りーち兄、俺は一人で行ってきていい?」
「いいけど、何かいるものがあるのか?」
「ううん、姉ちゃんとお兄さんでデートでもしてくればいいじゃん。邪魔したくないし」
遊んできてもいいでしょというので、もう小さな子どもでもないので自由にさせた。
「行くか」
「はい」
理一郎たちと別れて歩き出すと、雅也は麻里子の手を握って歩き出した。
「インテリア関係はどこだ?」
フロアガイドを見る雅也の手元を麻里子は覗き込んだ。
「二階ですね」
エスカレーターに乗ると背後の一段下に雅也が乗った。段差のおかげで弱冠雅也の頭が低くなる。
背後がなんとなく熱くなったような気がしたが気のせいだ。
守られているみたいで嬉しい。
光佳から渡されたメモの切れ端を持っていると、後ろから覗き込んでくる。
「布団はとりあえず一組でいいのか?」
「あとクッションも欲しいです」
「わかった」
理一郎たちは晩御飯は一緒に食べたが、子どもたちもいるので早々に帰ることになった。
「麻里子も大人なんだから心配の度が過ぎるとはわかっているんだが」
生真面目な顔で理一郎が言った。
「二人のことは頼む。ここはオートロックだし、警備会社とも契約しているから安全だとは思うんだけどな」
「ええ、わかりました。何か問題があればすぐにお知らせします」
「そうしてもらえると助かる」
兄というよりも親のような立場にいる理一郎は本当に麻里子たち姉弟を案じているのだなと思う。
「山沖くんもがんばれよ。俺も男だからな。気持ちはわかるだけに、応援してやりたいけどなー」
拓海は半ば放任気味に言うと兄を見る。
弟からの視線を受けた理一郎は気まずそうに目を逸らした。
「責任のとれないことはするなと言っても、君はもう社会人だしな。ただ一つ言っておくが……」
「はい」
いったい何を言われるのだろうかと自然と背筋が伸びる。
「最難関は俺たちじゃなくて親父だぞ」
「…………わかってます」
わかりきっていることを言わないで欲しい。
もしかして、遠まわしに釘を刺されたのだろうかとさえ思う。
「俺は麻里子さえ泣かなければそれでいいが」
「泣かせませんよ。それでなくても泣き虫なのに……あ、言っておきますけど、俺が泣かせてるわけじゃないですよ!」
自分でばらしておいて、言い繕っても遅いのだが。
「麻里子が泣き虫……?」
理一郎と拓海は顔を見合わせる。
軽く目を伏せて理一郎は微笑んだ。
「……そうか。君の前では泣くのか。だったらいいんだ」
「理一郎さん?」
「帰るぞ、拓海」
「はいよ」
リビングで帰り支度をしていた桜子たちがタイミングよく出てくる。
「それじゃ山沖さん、マリちゃんたちをお願いしますね」
「さくらちゃん、ここは私達の家で雅也さんのお家じゃないのに」
「あら、似たようなものでしょう?」
悠一郎を腕に抱いた桜子はにこにこと笑う。その横で光佳も言った。
「山沖さんにおまかせしておけば大丈夫よね」
女性陣たちからはやたらと信頼されているようだが、麻里子は麻里子で自分が信頼されてないように思えるのか不満そうだ。
「それじゃ、麻里子に和佐。これからは二人だけの生活になるんだから、協力していくんだぞ。山沖くんも面倒見てやってくれ」
「はい」
理一郎たちが出て行くと、途端に部屋の中が静かになった。
「お兄さん、ゲームする?」
「あ、ああ、そうだな」
待ってましたとばかりに和佐が嬉しそうに言った。
「和佐、本当に徹夜するつもりなの?」
「やりたいけど……姉ちゃんがお兄さんと二人きりになれないだろうから、適当なところで寝るよ」
「バッ……何言うの!」
バチン、と麻里子は和佐の背中を叩いた。
「ってーなっ!」
「お、おい」
姉弟喧嘩かと思ったが、和佐はケロッとした顔で階段を駆け上がる。
「なんだよ~、せっかく気をつかってやったのに」
「余計なこと考えなくていいの! 先輩はあんたのお客さんでしょっ」
大人しいとばかり思っていた麻里子の剣幕に目を丸くする。和佐の様子からしてもこの程度のやり取りは日常茶飯事のようだ。
びっくりしている雅也に気づいた麻里子は頬を赤くして身を縮ませた。
「あ……ご、ごめんなさい。先輩」
「あー、姉ちゃん、また『先輩』って呼んでる」
「和佐っ!」
「おー怖」
和佐は肩をすくめると雅也に向けて言った。
「お兄さん、一緒に風呂に入ろうよ。出たらすぐにゲームだよ!」
「わかった」
夕方に自宅マンションから取ってきた着替えを取りに客間に行こうとすると、麻里子がすまなそうな顔をした。
「ごめんなさい。変なところを見せてしまって」
「何言ってんだよ。むしろ楽しんでるのは俺のほうだから気にするな。弟ってのはいいよな。遠慮なんてあんまりする必要なさそうだ」
「あ、先輩のところは……」
「妹だからな。年が離れすぎてるし、おまえたちみたいなやりとりは難しいな。あれはあれで可愛いんだけど」
風呂に入る準備をした和佐が階段を降りてくる。
「お兄さん、早くしてよね」
「おう」
脱衣所に入った和佐を見送ってから雅也は麻里子に軽く口づけた。
「っ」
不意打ちに面食らった麻里子の耳もとで囁く。
「今日はこれだけで我慢しとくか。二人っきりになるなら、俺んちのほうがよさそうだ」
「あ、はい………あ、いえっ!? えっと……」
一人でオタオタしている麻里子に笑って客間の扉を開ける。
――ホント、今夜は忍耐の一夜だな
耐えられるだろうか、俺――
数年後―――
ドアがノックされて返事をすると、和佐が顔を出した。
「おー、すげえ。さすが俺の姉ちゃん」
「褒めてるの? それ」
「褒めてるよ。さすがは俺の姉ちゃんだー! って自慢したいくらい」
笑いながら和佐はビデオカメラを構える。
十八歳の和佐は身長百八十八センチとなっていた。
さすがにもう打ち止めだと自分で言っているが、瀬川一族の中では一番の長身になっている。
「和佐、ずーっとそれ撮ってるの?」
「うん、だってじいちゃんとばあちゃんに頼まれてるもん。いいところだけ写真にしておくからさ」
「で、このしゃべってる声も入るの?」
「あ……そうだった……」
普通に会話していることにいまさらながら気づいたらしい和佐は口を閉ざすがもう遅い。
麻里子は思わず吹き出した。
和佐はしっかりしているように見えるが、ときどき抜けている。
「伯父さんたちはもうすぐ来るってさ」
「そう、それにしてもちゃんと家まで戻ってこれたのね。えらいえらい」
今年、大学に進学した和佐は車の免許を取っていた。
今日は朝早くに家を出なければならなかった麻里子を送っていくために自分も早起きしたので眠そうだったが、一旦帰宅してからもう一度寝てきたようだ。
「あんな早い時間なら車も少ないからな。でも、もう一度こっちに来るのは疲れた……」
「そうよね~、愛しの彼女が一緒だものね。運転も慎重になるでしょ」
「うっせえなあ」
姉に悪態をつきながらも和佐はビデオカメラを構えたままだ。
「そういえば、みぃちゃんは?」
「義兄さんのところだよ。あとでこっちにくるって……義兄さんのほうも支度が大変みたいだな。紋付袴なんて着るの初めてだって言ってたし」
そこでドアが再びノックされた。
「おはようございます」
そっと顔を出したのは和佐の恋人の倉本美夜だった。
両親が離婚して父方に引き取られた雅也の実の妹だ。
親戚中に姉弟が相手の兄妹と恋人になるなんて珍しいと言われたが、なんとなくそうなりそうだなという予感は麻里子にはあったのだ。
「お義姉さん綺麗」
美夜はおっとりとして清楚な感じの美少女だが、雅也や理一郎たちに言わせると雰囲気が麻里子に似ているらしい。和佐がそういう子を選ぶのもさもありなんと言われたが、当の和佐は否定している。
「みぃ、義兄さんはまだ着付け中?」
「うん、男の人の着付けって早く終るのかなって思ったけど、けっこう時間がかかるものなのね。お義姉さん、お兄ちゃんが具合が悪くなったらすぐに言えって。やっぱり和式にするんじゃなかったっていまさら言ってるけど」
「でもなあ、瀬川は代々和式だし、式の段取り決めたのは何ヶ月も前なんだから変えようがないよな」
「お兄ちゃんはお義姉さんが心配なの」
「大丈夫よ。美容師さんもその辺は気遣ってくれたから」
そっと下腹部を撫でる。
(うん、大丈夫)
麻里子は白無垢を着ていた。
今日は雅也との結婚式なのだ。
二人で和佐が高校を卒業するまではと決めていたので、和佐が大学生になったこの春に挙式となった。
しかし、ほんの二週間前に麻里子の妊娠が発覚した。
式の予定は変更できないので、本日このまま挙行することになったのだ。
「大丈夫だろ? ほら、りーち兄たちのときも、さくらちゃんが披露宴の途中で具合悪くなっちゃってさ……」
「そうだったわね」
麻里子も当時を思い出す。
「俺はそのときのことはよく覚えてなかったけど、このまえ拓兄に聞いたんだ」
麻里子の場合は式の前に妊娠が判明したが、桜子のときは披露宴中だったものだから一時的にパニックになったのだ。
花嫁の具合が悪くなったのは何が原因かなどと披露宴会場内は騒然となった。
しかしそれが妊娠による悪阻だとわかると、喝采へと変わった。
『みなさんがお祝いしてくださるのは嬉しいんだけど、数百人もお客様がいらっしゃる前で発表されて、理一郎さんは涼しい顔してお礼を言うし、私とっても恥ずかしかったわ! こんなことなら後で病院に行ってみようなんて考えずに、理一郎さんに正直に話して先に行っておけばよかった』
と桜子はのちに語った。
自分の妊娠のことは親戚中に知れ渡っているので、途中で具合が悪くなっても大目にみてもらえるだろう。
「披露宴は最初からウエディングドレスだから少しは楽になるんだろ?」
「たぶんね」
「でも、本当に具合が悪かったらちゃんと言わなきゃダメだからな」
先ほどまで軽口を叩いていた和佐は真面目な顔つきになっていった。
「はいはい。わかってますよ」
生まれたころからお姉ちゃん子だった和佐は姉を思う気持ちが強い。
「そろそろ義兄さんも支度終ったんじゃないかな」
和佐が様子を窺おうと扉を開けると、ちょうどそこに雅也がいた。
「おわ! びっくりした!」
「わー、義兄さんカッコいい!」
「そうか? でもこういう着付けって大変だな。でも、女のほうがまだ大変そうだけど……」
雅也は数歩入ってきてから真正面にいた麻里子を見つけて目を丸くしたがすぐに微笑んだ。
そしてそのまま麻里子の周りをうろうろと回る。
「あの、雅也さん?」
体ごと動かせない麻里子は真正面を向いたまま怪訝そうな顔になる。
「すごいなあ、真っ白だなあ。めちゃくちゃ綺麗だ」
真っ直ぐな褒め言葉に顔が熱くなった。
「ウエディングドレスも選ぶのはつきあったけど、まともに着付けするとどうなるんだろ? 俺、綺麗な嫁さんもらえてよかった」
しみじみと言われて照れくさくなってしまう。
大いに照れて真っ赤になっていると、和佐がビデオカメラを構えたまま憮然と言った。
「俺、ちょっとここから退散したいところなんだけどなあ」
「私も」
美夜もそれはそれは恥ずかしそうに言う。
「だったら出て行け」
雅也はにべもなく言う。
「それはダメ。俺、今日はビデオ係だもん。最初から最後まで撮らせていただきます」
「おま……麻里子の一番の身内だろうが!」
「だってじいちゃん命令なんだよ。先生、じいちゃんに逆らえるの?」
「ぐ……」
和佐は高校時代のように「先生」と呼ぶと、雅也はハッとしたように口を閉ざした。
麻里子との結婚の承諾を得る際に、親代わりの伯父恭一郎は快く許してくれたが、祖父光一郎はしぶしぶといった態だった。
光一郎の孫たちで女の孫は麻里子一人だ。その彼女を目に入れても痛くないほどに可愛がっていたので、嫁にとろうとする雅也のことが気に入らないのだ。
恭一郎が言うには、「麻里子の結婚相手がどんな好条件の相手でも絶対に渋るから気にするな」とのことだったが、目の敵にされるのはつらい。
理一郎は最難関は恭一郎だと言っていたが、まさかその背後に大きな山がそびえたっていることまでは教えてくれなかった。
しかし、理一郎も祖父がそこまでごねるとは思っていなかったらしい。弟の和佐は最初からだが、途中から理一郎と拓海が加勢してくれたおかげで光一郎の許しを得られたようなものだ。
わかってはいるのだ。雅也自身が嫌われているのではないことは。
それでもあまり光一郎の機嫌を損ねることはしないほうがいい。
そうしようと頭の中で自分自身を納得させた雅也は麻里子の側に椅子を置くと腰掛けた。
「辛くないか? 楽な体勢になれたらいいんだけどな」
「大丈夫。むしろこのほうが楽なの」
「それならいいけど……」
心配そうな雅也を見ると麻里子は可笑しくなって笑ってしまう。
「雅也さん、心配しすぎ」
「そうか? でもなあ……俺としては男でも女でもいいから、とにかく元気な子を産んでもらいたいし」
「……」
「なんだよ」
麻里子はまじまじと雅也を見返した。
「うん、瀬川の家だったらたぶん男だろうっていう予想がほとんどだったから、そういう言われ方するのは珍しいかもって思ったの」
「あー、だって女が生まれるかもしれないだろ」
瀬川家とは対照的に山沖家は女系の家だ。
すると和佐が思い出したように言った。
「そういえば、じいちゃんと伯父さんが言ってた。どっちが生まれるか楽しみだって」
「なんだか期待されてるみたいだな」
「そうね。でも、それを言うなら和佐たちだって」
麻里子は目の前に立つ弟と義妹を見た。
「えっ、ちょっと待ってよ。何言ってんの、姉ちゃん。俺たちまだ……なあ?」
自分達に矛先が回ってきて、和佐は慌てふためいて恋人を見る。
美夜は恥ずかしそうに頷いて顔を俯かせた。
「だいたい、家はあっても生活基盤の整ってない学生のうちに結婚とか子どもを持つのは早いと思うし、そういうのは大学卒業をして、社会人になってからって決めてるんだよ。なあ、美夜!?」
「……和佐、おまえ何言ってるのかわかってるか?」
雅也は半ば呆れ口調になる。
「え、俺何か変なこと言ってる!?」
「いや、まともだ。けどな……」
チラリと和佐の隣にいる妹に視線をやると、美夜は真っ赤になった頬を押さえていた。目は潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。
「ま、まあ、いい。うん、そこまで考えてるなら俺は何も言わん」
「それならいいけど……美夜、なんで泣いてんの!?」
「な、泣いてない……」
どこまで鈍いのか、この義弟は。
将来の予定を話しているつもりなのだろうが、美夜との結婚が折り込み済みであることには気づいていないらしい。というか、和佐の頭の中ではすでに決定事項なのだろう。
雅也は麻里子と顔を見合わせると肩をすくめる。
「大丈夫、和佐なら」
「だな」
二人微笑みあうと、雅也は麻里子の腹部に手をあてた。
「今日はちょっとだけ我慢しててくれよ」
無事に生まれてきてくれ。
そうしたらきっと。
大事に大事にするから――