第四篇
白亜の館というにはいささか悪趣味な建造物を、鉄柵の門扉越しに伺う。
屋敷をぐるりと囲む煉瓦の塀にも、やじりを模した装飾が施されている。だだっ広い庭には塀に沿って木立があり、門から庭の中心を突っ切るようにして、邸へと道が続いている。
待ち合わせは午前零時。オレの探しあてた、組織のボスの屋敷前。
もう時間になるが……。
遠くから排気音。
聞きなれた覚えがあるのは、所有者を知っているからだろう。車に対してオレは手を振る。
見えているのか、いないのか。
バイパーが乗った車は、真っ直ぐ門に突っ込んでいった。
(い!?)
驚いて目を見開くと、衝撃音が響いた。
鉄のきしむ音が耳に痛い。車は、玄関前の階段に車体をぴたりと横付けて止まった。
バイパーは車を降りると、いきなりボンネットに弾丸を撃ち込んだ。空いた穴から、ゆっくりと煙が立ち昇る。
屋敷の扉が開いた。
複数の影が飛び出す。騒音を聞きつけた部下たちだろう。バイパーを見つけると、彼を追い始めた。
彼は何故か、破った門へと走り出す。
当然、玄関前のバイパーの車を避けたり、飛び越えようと――
途端、真っ赤な炎が噴き上がった。
人影の幾つかが宙に舞うのが見える。彼の車の爆発は、扉から出てきた連中を一掃したようだ。悲鳴がここまで聞こえる。
あまりのことに、オレは周囲を警戒しながらバイパーまで走り寄った。彼は庭の真ん中で煙草を咥えていた。
「おい! アンタ、暗殺って言ったじゃないか!」
開口一番に怒鳴るオレに、
「暗殺だ。屋敷中の人間をな」
無表情な口調で返すバイパー。平然と言い返すその様に頭に血が上った。
オレは彼の煙草をもぎ取り、庭へ叩きつけた。
「これは暗殺とは言わないだろ! それに!」
襟元を締め上げる。
「叩くのは頭だけじゃなかったのか? 不必要な殺しをするんなら、オレは降りるぞ!」
依頼で人は殺しても、無駄に命を奪ったりはしない。
それが掟だとオレは思ってる。
それが滑稽な事であっても、オレはそれをやり通さなければならない。
人殺しと事件屋……その隔たりをハッキリさせたいからだ。じゃなきゃ、オレは人殺しだ。母さんを殺した誰かと変わらない。
「依頼のためならいいのか?」
バイパーは苦しむ様子もなく、いつもの調子で返した。
「そうだ! だから高額な金を手にできるんだろ? だからオレはこの業界に入ったんだ。オマエもそうだろ、ナンバーワンの事件屋さんよ!!」
さらに力を込める。
バイパーは襟を締めつけられて、首がどんどん圧迫されていく。彼はオレの言葉に肯定も否定もせず、黙ってこっちを見るだけだ。
オレは言いようのない焦燥感に駆られて、
「何とか言えよ!」
ナイフを取り出していた。
そんなつもりはなかったが、気付けばバイパーの鼻先にあてていた。
そんな自分に嫌気が差した。
早く何か言って欲しい。切っ先が震えている。ナイフを持つ手がこんなになるなんて何年ぶりだろう。
早く、早く、何か言ってくれ。そうすれば、刃を下げるきっかけになるから。
オレとバイパーは動かないまま、時間が過ぎていた。
その膠着状態を破ったのは、
(殺気!)
銃声だった。
店を襲ってきた時と同じ。扉からわらわらと兵隊が出てくる。オレとバイパーは急いで離れ、庭の木に隠れた。
え?
「テメエ、こんな小せえ木に二人も隠れられるかよ!」
「なら、オマエが出ろ」
オレのクレームに素早い回答が来る。意外だ。
「オマエ、普通に返事できるんじゃねーか! いつももそのくらい早く返事しろよ!」
「覚えておこう」
「嘘つけ! テメーは……おわ!」
弾丸がオレの頭上の木の幹をかすめていった。木の葉が髪にかかる。
(こいつら!)
オレは木に寄っかかると、そのまますべり落ちて座り込んだ。
頭にかかった木片を払い、大きく息を吐く。
「休憩か? 呑気だな」
バイパーは応戦しつつ、皮肉を言う。
そこでオレはこう尋ねた。
「バイパー、あいつらオレの通り名知ってると思うか?」
チラッと上を見ると、彼は銃に弾丸を込めていた。
「『投剣のヨフィエル』か? 知らないだろうな」
装填が終わると、再び戦闘を始めた。
オレは懐から四本のナイフを取り出す。適当に相手を見定めると、敵に向かって走った。
「一人、こっちに来るぞ!」
黒服の一人が叫ぶ。
二、三人がオレに引き金を引いた。叫んだヤツと合わせて四人か。銃声やら、弾丸が風を切る音が耳に入ってうるさい。オレは体勢を深く下げ、さらに速度を上げた。
「だ、弾丸が当たらない!」
「来るぅ!!」
脅える黒服たちとオレが交差する。
男達の胸元には一本づつ、ナイフが深々と刺さっていた。交差する前に二本投げ、通り過ぎる狭間に二本。
それぞれが不思議がったり、信じられないといううめきをあげて倒れた。
「て、てめえー!」
新たに駆けつけた一人が銃をかまえた。と、同時にオレは左手をふった。
銃をかまえた男がそのまま倒れる。オレは男の額に刺さったナイフを引き抜いた。
「次はどいつだ?」
血染めのナイフを光らせ、周囲の敵をたじろがせる。
ふと、視界の隅に動くものがあった。目線をやると、バイパーが走っている――