第二篇
「ヨフィエル、お客さんだ」
主任のマーカスに耳打ちされた。
薄暗い店内は煙草の煙でうっすらとモヤがかかり、オレを指名したという、奥のテーブルの客の姿は見えない。
オレは相手の客にワビて席を立った。にっこり笑って内心で毒づく。
(なーにが「ヨフィエル行っちゃうのぉ?」だバカ女。何でココに来る女は、こうも自分の年も考えない下劣で悪趣味な女ばっかりなんだ! 大体……)
とか考えてるうちに、指名されたテーブルに着いた。
「ご指名ありがとうございます。ヨフィエルで……」
客を見て驚いた。
知った顔が、そこでグラスを握っていた。
丸ツバの帽子、ロングコート、ブーツと上下を象牙色で統一した出で立ち。
長身の彼のトレードマークであり、そしてよく似合っている。正直、中のスーツが黒なのが今イチなのだが、言っても変えない気がするので言ってない。
「まさかアンタがホストクラブに来るなんてね。女に飽きたのかい?」
我ながら下らないブラックジョーク。でもコイツには、何か言ってないとこっちが不安になる。
「仕事だ」
抑揚もない声が返ってくる。相変わらず付き合いが悪い。
「まあ……そうだろうね」
言ってオレは正面に座った。
普通ホストは客の隣りに座るモンだが、彼を客扱いする気はないし、向こうもそうだろう。
しかし、不思議だ。
「何だって職場まで来たのさ?そんなに急ぐ内容かい?」
そう、今まで依頼人がここに来た事はない。
事件屋の仕事は、全て『待て葉』という酒場のマスターを通して受けている。こんな事は初めてだ。ましてこの男が……。
「早く用件を言ってくれよバイパー。もったいぶるのはアンタの悪いクセだよ」
バイパー・T・ホイール。
明らかに見た目東洋人のくせにクソ恥ずかしい名のその男を、同業者で知らないヤツはいない。
事件解決率がほぼ百とか、一キロ先の針を撃ったとか、噂だけでも人並み外れている。
その中でも一番有名なのは、『ナンバーワンの事件屋』という異名だ。
クセの多い事件屋たちの中でも、実力はトップだと囁かれている。
一緒に仕事をしたことがないので、『待て葉』で飲んでいる時の、ただの会話のしにくいおっさんというイメージしかないが。
そのバイパーがオレの催促に応じて、口を開いた。
「そろそろらしいからな」
「……は?」
訳が分からない。どういう事だ。
オレが言おうとしたその時、ドアを蹴破る音がした。
殺気――感じた瞬間、懐のナイフを投げた。
「……!」
ドアを開けた男は、ナイフを額に突き立てて、声を上げる間もなく倒れた。が、その後、死体をまたいでもう一人。
銃を構えるなり乱射しだした。
慌ててしゃがみ込む、大勢の客とホスト。ガラスの割れる派手な音。
「あーあ、やっぱこうなるのか……」
溜め息をつく。
開き直って、もう一本ナイフを……あれ?
あ、今日一本しか持ってきてないや。
「やべ」
オレもテーブルの下に潜り込んだ。反撃する手だてを考えながら、ふと別のことが頭をよぎった。
(この襲われ方、どこかであった気がする)
すると、近くで別の銃声。マシンガンが止まる。
顔を出すと、男は倒れ、バイパーは銃をしまっている。最初っから、こいつがやってくれりゃいいのに。
「アイツらは何だ? アンタを追ってきたのか?」
バイパーは立ち上がり、
「来る途中、尾行されていた」
言い捨てて、死体の転がった出口に向かった。オレは慌ててテーブルから出る。
「おい、待てよ仕事は!?」
背中を追うと、バイパーは死んだ男達の懐を探っていた。
しかし、彼らの素性がわかるようなモノはなかったようだ。
オレが前に襲われた時と同じパターン……という事は、もしや……。
「バイパー!」
思わずオレは、バイパーの肩を掴んでいた。