第一篇
事件屋とは、街で起こる様々な「事件」を解決する者達の総称である。
「いいかい? 男ってのは好いた女一人に優しくしなくちゃだめなんだ」
酔っぱらった母は、舌っ足らずな口調でそう言った。
伸ばしっぱなしの金色の髪と、碧の瞳。
動くたび煙草と香水の香りが揺れる。
「誰にでも優しかったら、駄目なんだよ」
僕の眠るベッドのふちに腰かけ、一口付けたグラスに、再びボトルを傾けた。
空だった。
母は舌打ちすると、新しいバーボンを取りに席を立つ。
戻ってきて酒を注ぎ直すと、うまそうにそれを飲み干した。オレンジ色の部屋の明かりに、グラスがきらきらと光る。
そこで、僕は聞く。
「どうして、みんなに優しいと駄目なの?」
言うと、母は優しく笑った。
「さーてね? アンタはどう思うの?」
「分からないから、聞いてるんだよ!」
もったいぶる母に僕が怒ると、母は口を大きく開けて笑った。
何がそんなに楽しいのか。
自分の子供をからかって、笑うこともないだろうに。
母は、僕が本気で腹を立てているのを見て取ると、ばつが悪そうに、
「だってねえ……不安になるじゃないか。好きな男が誰にでも優しいってのは。私だって、不安なんだよ。アンタも誰にでも優しい。母親の私にだけ優しくして欲しいじゃないか」
そう言って唇の端をゆがめた。
「そんなのワガママだよ!」
理由を聞いてさらに怒る僕。
すると、母は表情を変えた。酔いに潤んだ瞳で、僕を正面から見据える。思わずたじろいで、何か言おうと口ごもっていると、
「アンタの言ってる事も、ワガママなんだよ」
ささやくような声で続けた。
「アンタが人に……みんなに優しくするってのは、誰が決めたんだい。私かい? それとも神様とでも言うのかい? 違うね。アンタがそうしたかったんだ」
ワケが分からない。と言うか、そんな理不尽な事を理解したくない。
「納得いかないって顔をしてるね? ま、それもいいさ」
オヤスミと言ってキスをして、部屋を出ていく。寝た子を勝手に起こして、好き勝手に舌足らずな管を巻いて去る。
今思えば、オレはそんな母が好きだった。とても、『母』という言葉は似つかわしくない女性だったが、それを大人になるまで気付かない程……いや、気付いた今でも、魅力的な女性だと思っている。
そんな母を持つオレの仕事。
「ヨフィエル〜。こっちで飲みましょうよぉ〜!」
「えぇマダム、後ほど」
ホスト。
「ぐ……テメエ、長生きできねえぜ」
「する気もないさ……」
事件屋。
金を稼ぎ、情報を集めるには、闇に身を沈めるしかなかった。
女たちのおしゃべりと唾を浴び、手足の指を足しても足りない人間の返り血を浴び、汚れきった身体を更に汚していく。
その自虐的行為の先にあるのは、母の仇討ち。
ある日ふいに、母はいなくなった。
事件屋だった母が、ヤバイ人物に喧嘩をふっかけて返り討ちに遭ったのは間違いなかった。
相手は余程の大物らしく、そいつの正体を追い始めてから、オレも命を狙われるようになった。
だが。
母を殺した奴の正体を探るため。
そしてそいつを殺すため。
いくつもの顔を使いわけ、オレは今日も、夜の街に出る。