8 この子どんな子?
沙耶の前では比較的おとなしい蓮君。いつもこんな感じならいいのにと思っていながら、千疋屋から出て表参道をぶらぶらと歩く。
「あ、ベネトン」
「見てく?」
「ううん、今日はいいや。小春ちゃんは何か見るものある?」
沙耶に訊かれてかぶりを振ると、蓮君が間に割り込んできた。
「そういえば、小春さんっていつもどこで服買ってるの?」
「あちこち」
「……ごめん、言い方が悪かった。よく買うブランドはある?」
スーパーの量産品じゃないよね、それ。
彼の言う通り、スーパーではほとんど服を買わない。
高校までは買っていたけれど、高3の誕生日に組曲のトップスを買ってもらってから、考え方が変わってしまった。
安くてすぐにボロくなるものより、高くて長持ちする方がずっといい。見た目も違ってくるし。
「でも、まちまち。INDIVIとか組曲とかUNTITLEDとかIGUNIとか」
「いつも綺麗系なんだよね」
「うん。だって、沙耶みたいに可愛いのは似合わないんだもん」
同じ組曲でも、沙耶が買うのはふんわり可愛い形。私が買うのは、すっきりと上品(沙耶談)な形。ジルなんて絶対買わない。買えない。
ゆるくパーマがかかった沙耶の髪は、今日も可愛くまとめられている。両側から小さくゆるい三つ編みを持ってきて、ハーフアップの位置で花形のパッチン(そういえばこれも名前を知らない)で固定。下の方はふんわりシニヨンだ。
パールのついたニットカーデがお似合いです。栗色のふんわりスカートも可愛いよ!
私?ボルドーのドレープトップスに黒のクロップドですとも。
めんどいんで、万年ハーフアップです。いや、夏はポニテもするか。シュシュはそれなりにバリエーションがあるけど、年間通じて使えるハーフアップ最高。
そんなことを考えていたら、沙耶の携帯が鳴った。ごめんねと断りを入れて何やら話をしていた彼女が、困ったように眉を顰める。
「そう……はい、わかりました。すぐに向かいます」
携帯の画面を見ながら小さくため息をついた小春に、単なる用事ではないようだと気づいた。微妙に緊張している。
さくらんぼの唇が何かを言う前に、自然と言葉が出ていた。
「沙耶。何があったからわからないけど、私達に構わないですぐに行きなよ」
「小春ちゃん……?」
「馬鹿ねえ、言われなくてもそれくらいはわかるって」
だから、行ってらっしゃい。
地下鉄へと続く階段まで誘導して、そっと背中を押す。
「また明日も会えるでしょ?般教があるんだし」
「――ありがと!またね!!」
普段からは想像できないほどの速さで駆け下りていく沙耶。やっぱり、よほどのことだったんだ。
身内に何かあったんじゃないといいけど……。
「……今の、気がついたの?」
階段を見つめる私にかけられた、冷静な声。
横を見ると、蓮君がまっすぐにこちらを見つめていた。その視線が観察されているように感じ、居心地の悪さに身じろぎする。
何に気づいたのか。
言うまでもない、沙耶の様子にだ。
むしろ蓮君が気づいたのに驚いたけれど、その視線で驚きもどこかにいってしまった。
この子、怖い。
本能的な恐怖だった。
親しくも何ともない、単なる顔見知り程度の人間。そんな相手のごく僅かな変化を見逃さないなんて、普通の人には無理だ。
徹底した観察眼。どんな生活をしていたら、そんな風になるのだろうか。
「蓮君こそ……どうして、わかったの?」
「別に。見てればわかるよ」
軽く笑った蓮君は、それが当然であるかのように言う。
そういえばこの子、沙耶のパーティーの時もそうだった。奈緒ですら気がつかなかったのに、最初から気づいていた。
嫁発言であやふやになってはいたけれど、彼は一体何者なんだろう?
軽く身を引くと、綺麗な眉が器用に片方だけ上がった。その口元に浮かぶのは、完全に面白がっている、不敵で不遜な笑み。
「それじゃ、小春さん。いつもの通り、デート、しよっか?」
「わ……私も用事を思い出し」
「はい却下」
「即答かい!!」
ダッシュしようと準備していた足はむなしくつんのめり、さりげなく掴まれた腕は振りほどけない。
くっそ!傍目には優しく掴まれてるだけなのに!くっそ!何でこんなに握力あるわけ!?
結局その後は表参道ヒルズに入って、アクセやら服やら色々見繕われました。買われるのだけは必死に拒否したけど、無駄に疲れた……。




