7 微笑ましい部分もあるんです、きっと
「小春さ――こんにちは、高宮令嬢」
いつものように余裕綽々で私を出迎えた蓮君は、しかしその脇から沙耶が顔を出した瞬間に猫かぶりモードを発動した。
不敵につり上がっていた口元を、年相応か少し大人びた微笑に。ふてぶてしく組み合わせていた腕は、そのまま自然に下げて。
何だ、できるんじゃないか。それなら私の前でも常に発動してくれ。
単に可愛い男の子とお茶をするんなら、私だってここまで嫌がりはしないんだから。
「こんにちは、河野君。今日は私もお邪魔していい?」
「もちろん。よろしくお願いします、高宮令嬢」
あの時のパーティーのように、「賢い子供」の仮面を被った蓮君が、にこりと笑ってうなずく。
それに苦笑した沙耶が、困ったように小首を傾げて彼を見た。
「河野君、『高宮令嬢』はやめて?パーティーじゃないんだもの、普通にしゃべりましょ?」
「――はい、高宮さん」
一瞬戸惑ったように見えたけれど、蓮君も素直にうなずく。
おお、年相応に見えた。沙耶の癒しパワーすごい。
「蓮君、今日はどこに行くの?」
思いっきり投げっぱなしで申し訳ない。
でも、私が知ってるのはスタバとタリーズとエクセルしオールと、あとはケーキ付きのカフェが数カ所。明らかに蓮君の方がグルメに詳しかった。
「うーん……高宮さんがいるとなれば、ちょっと予定変更かな?二人とも、煙草は嫌いだよね」
「うん。ていうか蓮君、まさか沙耶の好みまで知ってるの?」
ありえないというような目をしていたんだろう、蓮君は少し落ち込んだような顔で肩をすくめる。
「まさか。今まで何回か高宮さんと一緒になったことがあったけど、さりげなく煙草のゾーンを避けてたから」
「ああ、それで」
「うん」
軽くうなずいた蓮君が、よしと呟いた。行き先を決めたんだろう、さっさと歩き出している。
慌てて追いかけながらどこに行くのかを確認すると。
「千疋屋ぁ!?」
「千疋屋かあ、あそこはおいしいよね」
「今は分煙してるはずだから、高宮さんも大丈夫だと思うんだけど……」
「うん!河野君、ありがとう」
無邪気にはしゃぐ沙耶は可愛い。もちろん無条件に可愛いけど、可愛い子が喜んでるのって更に可愛い。
けれどそれは、会話にさらりと織り込まれた店の名前を聞かなかった場合で。
「ちょっと待って、千疋屋なんて超高級じゃない!」
「え、でも、すっごくおいしいよ?」
「今更?」
ことりと首を傾げる沙耶の横で、蓮君が呆れたように半眼になった。
確かに、今までおごられた(屈辱すら覚えるほどの)お茶の数々を思い出すだに、それこそすっっっっごく今更だ。そこは認めよう。
こちらもそろそろ年上の威厳を示すために、おごってみせようと思っていた矢先に千疋屋。フルーツの高級品がずらりと並ぶ千疋屋。
おごるのは無理、絶対。おごったら今月ピンチになる。悔しいけれど、次回に持ち越しだ。
今回は自分の分だけという事で。
「…………ごめん」
「いいんだけど。俺が勝手におごってるんだし」
「河野君、さすが男の子だね」
「まあ、これくらいは。デートに誘ってる以上、それくらいは当然でしょう?」
軽く肩をすくめた蓮君が小憎たらしい。沙耶は微笑ましそうに笑っているけれど、こちらによこされた彼の視線は「ハハン」なんて言いそうだった。
いつになく挑発的な蓮君の頭に、拳骨を落としてやりたい。
そうは思ったものの、相手は腐っても中学生。これくらいで怒っちゃ、大人として情けない。
右手を固く握りこむだけでなんとかこらえ、さっさと歩き出した彼の後を、沙耶と並んで追いかけた。
「ふふふ、あんなにはしゃいでる蓮君、初めて見ちゃった」
「いやいやいや、はしゃいではいないでしょ。どう見ても平常運転……とは言えないけど、ほとんど変わらないよ」
楽しそうに笑っている沙耶に突っ込むと、何故か目を見開かれた。けれどすぐに頬をほころばせて、そっかと呟く。
「蓮君、中学生だもんね。小春ちゃんの前だと、河野の肩書きもいらないし……」
あれで子供っぽいのか……。普段の方がよっぽど俺様……いやいや、俺様じゃないから沙耶が喜んでるのか。
まあ、どうでもいいか。
先を行く蓮君は、薄手のジャケット。
まだ肌寒いこの時期、私達はトレンチを着ている。多分、子供用のトレンチがなかったんだろう。だって蓮君、割と小柄だし。
特注しないだけ庶民の感覚を持っているんだろうなあ。あのパーティーで沙耶にすり寄ってた男とか、ぱっと見ただけで根っからのぼんぼんだとわかった。
「小春さん?」
視線に気づいたんだろう、蓮君が怪訝な顔で振り向く。曖昧に笑ってごまかしながら、初めて気づいたそのことが、妙に嬉しかった。