4 ドSショタとツッコミ大学生
あの爆弾発言から半月。困ったことに、蓮君のあの発言は血迷った末のものではないようだ。
毎週水曜に校門を出たところではち合わせ(絶対張り込みしてる)、おしゃれなカフェに連れて行かれ。
毎回違う場所でケーキやら上質の紅茶やらを飲ませてもらい(ちなみに支払いは蓮君持ち。お金持ちだから不自然ではないけれど、年上のプライドがかなり傷つく。地味にヘコむ)。
今日こそは!と毎回捕まらないように出る時間を変えているんだけれど――。
「やほ、小春さん」
「…………何でいるのぉぉぉぉぉ」
「俺が読み間違えるとでも?」
言外に「逃がすかコラ」の笑みを浮かべて、蓮君が私の手を取る。ごく自然に。ものすごくスマートに。
いやあの、背後に漂う「逃げんなよ」オーラは変わってないんですが!このドS!!
握られた手はしっかりと力がこもっていて、引き抜こうにも引き抜けない。こっちの手がぷるぷるいおうとも引き抜けない。中学生のくせになんだこの力の差。
ああうん、彼のことは大体沙耶から聞いた。
沙耶の家に負けないくらいのお金持ち。ブランド展開というよりは、ホテルとかデパートとか、そういう商業施設を持っているらしい。
んでもって、蓮君は御年14歳。……レン君と同い年じゃねえか!リアルショタかい!!未成年うんちゃら法で逮捕されるわ、こっちが!!
そんな私の怯えも露知らず、蓮君は手をつないだまますたすたと歩いていく。
「あ、今日はちょっと遠くまで行くから」
「どこ?」
「銀座」
「無理無理無理無理」
「スイカ貸して」
「やだ」
「じゃ、チャージしてくるから」
「訊いておきながら勝手に定期取ってるし!」
いつの間に抜き取ったのか、愛用の定期入れをひらひらさせながら券売機に向かう蓮君。逃げるなら今しかないんだけれど、肝心の定期がないんじゃ無理だ。
そわそわしながら待っていると、悠々とした足取りで蓮君が帰ってきた。
「はい。チャージしておいたから」
「……チャージくらい、自分でやるのに」
「俺の勝手につきあわせてるんだから、俺が払うのは当然でしょ?」
彼はずるい。いつだってその一言で私の反論を押さえ込んで、結局お金を出してしまうのだから。
お金持ちなのは本当だからどうしようもないにしても、こちらの立場も考えてほしいものだ。
中学生におごられる大学生。何だかすごく情けない。
涼しい顔の蓮君の後ろでしょんぼりしている私に、お店の人が気の毒そうな視線をくれたことも、少なからずあった。
そうですよね、普通私がおごる側ですよね。そして毎回発生する支払いの攻防、どのお店でも見られてますからね。
……泣きたい。
「……どこに行くの?」
改札を抜けながら隣に訊くと、あっさりと返ってきた。
「銀座。老舗の紅茶専門店があるからね」
「……コーヒー専門店じゃなく?」
「だって小春さん、紅茶の方が好きでしょ?」
「何故知ってるし」
いつも紅茶の種類が豊富なところばかりだとは思っていたけれど、まさか好みまで把握されているとは。金持ちの力は怖いな。
興信所とか使ったんだろうか。それとも、誰かから聞いたとか?
「高宮令嬢情報だよ」
「沙耶かい!」
まさかの裏切り!沙耶が蓮君に情報を流すなんて!
道理で正確すぎるわけだ。私の好みまで把握してるとは……沙耶に覚えてもらっていたと思うと嬉しい。いや違う、そんなデレ思考は今いらない。
「ちなみに……私のこと、どこまで調べてる?」
慎重に尋ねると、蓮君はぺろりと唇をなめた。そんな色気はいらん!くそう、中学生のくせに!14歳のくせに!
内心歯噛みする私に、彼はうっそりと瞼を伏せた。そんな仕草もいちいち見とれるほどに綺麗だ。
「そうだね――どこまでだと思う?」
「空恐ろしくて想像すら拒否してる。本能が」
「まあそう言わずに。怖がる小春さんも可愛いけど」
「や め ろ !」
「ふふふ、鳥肌立ってる」
チキン肌になった腕をつつつとなぞりながら、蓮君が心底楽しそうに笑う。ドSめ!
文句を言おうとしたまさにその時、ホームに電車が滑りこんできた。
地下鉄の中は話すのに適していない。仕方なく口をつぐむ私を楽しそうに見ながら、彼は更に楽しそうに笑みを深めた。