2 全然小規模じゃありませんから!
迎えの車はベンツじゃなかった。車に疎い私にも、それくらいの区別はつく。
よかったと安心するのはまだ早い、どうして車体が長いの!?
リムジン!?リムジンなのこれ!!
金持ちだっていうことはわかった。理解した。
したけど、まさかここまでとは。
なんて、驚くのは早かった。
本番前の肩慣らしですね、わかります。
覚悟はしていた。承知もしていた。
だけど、実際に目にすると、車から出るのをためらってしまう。
「…………小春、出てよ」
「いやいやいやいやいや」
「あんたが出ないと、私も出れないんだって」
「じゃあ場所変わろう、そうしよう。はい、お先にどうぞ」
「いやいやいやいやいや」
お互いがお互いに譲り合って、早13分。つまりは、私も奈緒も出たくない。
「もう!2人とも、何やってるの?」
沙耶が可愛く怒りながら迎えに来るまで、不毛なやりとりは続けられた。
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「沙耶」
「何?小春ちゃん」
「この家豪華すぎて、庶民の私のチキンハートがつぶれそう」
「私も。猛烈に場違い感がして消え去りたい」
「うーん……まあ、確かにこの家自体は大きいけど、別にお父さんがすごいとかそういうわけじゃないよ?」
沙耶曰く、曾お祖父さんが一代で作り上げたブランドだから、後はそれを維持しているだけだとか。
維持するだけでも絶対大変だと思う。経営とかよくわからないけど、とりあえず今雇用がやばいってことだけは知っているから。
それに確か、企業は業績を伸ばし続けるのが目標じゃなかったっけ?
奈緒は納得していたみたいだけれど、何だかなあ……。
「それより、沙耶は今日も可愛いよね」
でれでれと顔を崩した奈緒を一発はたきながら、だがしかし可愛いと私もうなずく。
ふんわりと柔らかなシフォン生地のピンクのドレス。
普通なら服に着られている感が満々か、あるいはかえって残念に見えるデザインと色なのに、沙耶は見事に着こなしている。
さすが私達の沙耶。そして色目使った男は殺す。
「奈緒ちゃんも小春ちゃんも綺麗だよ。小春ちゃん、ターコイズも似合ったんだね」
「ありがとう!お母さんの見立てだから、似合わなくはないと思うよ」
「小春ちゃんのお母さん、センスいいもんね」
「そうそう。奈緒もレンタルだよね?」
「うん。無難でしょ、これ」
「堅実にきたねえ」
紺のAラインワンピ。元々きりっとした顔だから、いいところのお嬢さんに見える。
「でしょでしょ、私もお母さんに相談したの」
「好みの系統が同じだと、お母さんに任せるのが一番楽だよね」
同士を見つけた気持ちではしゃぎあって、沙耶もやっぱりお母さんに見立ててもらったのかと思ったのだけれど……どうやらハイスペックすぎたようだ。
コーディネーターですか……。
沙耶はどうやら、私達が思っていたより温床培養だったようだ。主に父親が。
おばさんはちゃんと現実的な人だった。顔を合わせて開口一番、「困らせてごめんなさい」だったから、すごく安心した。夫の甘々攻撃に憤りつつ、いかにパーティーをこの規模まで縮小するかを涙ながらに語ってくれるその姿に、先人の影を見た。
何やかんやでパーティーが始まり、主役である沙耶とは離れて会場の隅っこで黙々と料理をつつく。
「今のところ、異常なし」
「オッケー、見張り交代。小春は食べてて」
沙耶の周りに虫が寄らないかを警戒しつつ。
おばさんは小規模と言っていたけれど、どこのホテルの広間ですかと訊きたくなるような広さの部屋がそれなりに埋まるのは、どう考えても小規模じゃない。
テーブルが大きいのもあるだろうけれど、多分50人はくだらないと思う。懸念していた通り適齢期の男も結構見えるから、こうして見張り要員が必要なのだ。
そうして小一時間ほど経っただろうか。お腹も膨れて満足した私達は、壁際の椅子に座りつつ、ドリンク片手に沙耶を見守っていた。
ぱっと見、沙耶はおじさんにしっかり守られているようだ。さすが溺愛するだけのことはある。
けれど、何人か親しげに話している男が気になる。
親戚かもしれないし、その可能性は否定できないけれど……沙耶が微妙に嫌がってるんだよなあ……。
「──奈緒、ちょい席外す」
「ん?トイレ?」
「違う、沙耶連れてくる」
今話している男が近づいてきた頃から、沙耶の顔がほんの少し強ばっている。おじさんも気づいていないようだから、こちらで保護した方が安全だろう。
ガールズトークでもしておけば、男は気が引けて近寄らないだろうし。
人と人の間をするする抜けて、しきりに話しかける男の背後から沙耶に手を振る。ぱっと顔を輝かせた彼女に気づいたんだろう、男も訝しげな表情でこちらを振り向いた。
「ご歓談中失礼します。私達も、沙耶さんとお話していいでしょうか?」
「小春ちゃん!ずっとこっちに来てくれないんだもん、寂しかったよ」
「ごめんねー、なんか気が引けちゃってさ」
「それじゃあ、2人に来てもらった意味がないじゃない!もう。──畑中さん、すみません。友人と話してきますね」
沙耶の頭を(セットされた髪を崩さないように)なでると、嬉しそうに抱きついてくれた。よほど嫌だったんだろう、いつもよりも力が強い。
おじさんと畑中氏に頭を下げて、そそくさと奈緒のところに戻ると、沙耶が大きく息をついた。
「ありがとう、小春ちゃん。助かったー」
「ん、沙耶が困ってるんだもん。助けて当然でしょ?」
「え、困ってたの?やだ、私疲れてるのかと思ってた」
すまなそうに両手を合わせる奈緒に、沙耶は気にしないでと笑う。
それからしばらくしゃべっているうちに、沙耶の気持ちもほぐれたようだった。もう行かなくちゃと言う彼女を引き留めるわけにもいかず、行ってらっしゃいと2人で手を振って送り出す。
やっぱり来て正解だったなとため息をついたその時、涼やかな声がすぐ横で響いた。
「ねえ、お姉さん。なんで高宮令嬢が困ってるってわかったの?」




