比例
奇跡とは、“常識では考えられない出来事”“神が起こすもの”とか“小説や映画の中だけ”だそうだが、私の場合は違った。正確には“違った”と言うより“奇跡こそ常識”と言った感じだ。
まず出生時からその奇跡は始まる。
出生率、僅か0.0001パーセントの病を患っていた母。もともとその難病は出産時のみに発病するといった奇病で、子宮が閉じ胎児を圧死させるという、超天然の罠であった。その罠をかいくぐり出生した私。
父と母は欣喜した。だがもちろん、それだけでは終わらなかった。
次いで襲いかかってきた大きな奇跡としては、事故が挙げられる。
私は小学生の頃、家から五十キロは離れた学校に通うため、毎日電車で登校をしていた。毎日毎日何時間もかけて登校していたが、苦にはならなかった。そんなある日、その事故は起こった。
朝早く、人が疎らに乗った先頭車両の運転席付近が私の特等席で、その日もその場所で飽きることなく、過ぎ去る景色を眺めては胸をときめかせていた。
思いがけず大きな音が車内に鳴り響いた。その音は硬い物を硬い物で強烈に押しつぶしたような物凄い音だった。途端に体が宙に投げ出されたと思うと一瞬の無重力感、そして叩きつけられて粉砕する骨の音が頭蓋骨に鳴り響いた後、気を失った。
そして目が覚めると、横たわる死体、また死体。想像に及ばないほど損壊していた運転手。体がキレイに分割されたサラリーマン。私と同い年くらいの少年は口から内臓をばらまいていた。
全乗客百二十八人中、生き残ったのは僅か一人。そう、私だけだったのだ。
そうした災難が次々と巡ってきたが、私はその都度生き延びてきた。奇跡という名の下に。
だが、そうした事が起こる度に、私以外の全てがいなくなっていった。
事故のみならず、つい先日起こった未曽有の大災害、アジア大震災もその一つだ。
アジア大陸全土の地震だった。都市という都市、街という街、家という家を破壊し尽くした。
テレビやラジオなどもまったく放送されておらず、現状を知ることができない。
ただ、今までの私の経験から言って、私以外の誰一人として生き残ってはいないだろう……。
そして、私の予想する最悪のシナリオが、着実に進行しつつある現状はどうしても否定しきれないようだ。いつ何が起こるのかなどもちろん予想はできないが、私が災難に見舞われ生還する度に、死者が増え続けている。
もしかするとあと二、三回くらいの生還で、私以外の人類は………。
幸運の行方の元ネタ。




