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#2 ジョナゴールド

家に帰ってきた梨歩りほは黄色い髪飾りの女性から頂いたリンゴをとりあえずと冷蔵庫に突っ込み、手洗いといった諸々を済ませると荷物を置いてベッドへとダイブした。

ちらと窓を見ればカーテンの隙間から光が差し、目にかかった髪にそれが当たる。


部屋の明かりは日光に頼りきりでお昼時にもかかわらず若干薄暗い。それが逆に目を癒してくれる。


〜〜〜〜〜〜


夜、梨歩は思い出したように冷蔵庫からリンゴを取り出し、櫛形に切った。

柔らかな食感と共にほのかな甘味が口の中に広がっていく。


(ジョナゴールド、久しぶりに食べたな)


リンゴを始めとしたフルーツなど滅多に買わないが、それでも買うならば、梨歩は好んでフジを選ぶ。

シャキシャキとした硬い食感と僅かな酸味、蜜入りのものであれば甘味が強いそれの方が梨歩の好みだ。

もちろん、ジョナゴールドであっても出されたら食べるし、嫌いという訳では断じてない。あくまでも『選ぶなら』という状況下においての話である。


切った分を食べ終え、梨歩はシャワーを浴び、眠りにつこうとベッドに入る。


夜は静かだ。今日通った都市部であれば夜中でも車が通る音がするだろうし、ややもすれば人の喧騒が聞こえるかもしれないが、梨歩が住んでいるのは比較的閑静な住宅街。そういった類いの音は聞こえてこない。


(生きてる意味……)


うつつとはいえ寝るまでは意識がある。響く虫の音が聞こえる程の静寂で昼にも思ったそれが梨歩の頭を過ぎる。


何か明確な夢でもあれば分かるのだろうか。人生の指針として、夢や目標といったものはその人の行く方向を決定づけるに足るものだろう。


スポーツ選手を目指していたのならその身体は頑健なものになっているだろう。

最終的にその職に就けなかったとしても、その鍛えた身体は間違いなくその人の資本である。体力が重要な仕事などいとも簡単に思い付く。


そんな具体例まで出ているにも関わらず、梨歩にはそれが無い。ただ漠然と今日を生きている。そして恐らくは明日も、明後日もその先の日々もそうだ。大学に行ったり、バイトに励んだり、たまに遊んだり。大きな変化はもう少し先のこと。そんな変わらぬ日々を過ごすのだろう。


(生きてる意味………)


呪詛のようにその言葉が頭に溢れる。

自分より優れた生も、望まれる生も、吹き飛びそうな生も、見渡せば沢山ある。そんな中で『私』が生きている意味があるのか。心の何処かで『無い』と、そう言葉が湧いてくる。

こんなことを考えるなんて命に嫌われてしまうだろうか。



自身の体温で布団がじんわりとした温かみを帯びてきた。冷たくなってしまった心をほぐすように温もりが伝播し、次第に瞼が降りてくる。

まぁいいかと暖かさに絆されるように思考が止まる。

梨歩は静かな眠りについた。


〜〜〜〜〜〜


チリチリと鳴る喧しい目覚ましの音に急かされるように梨歩は目を覚ました。流れ作業に目覚ましを止め、上体を起こして伸びをする。

固まっていた身体を僅かに解し、暖かな空間に別れを告げると梨歩はシャッとカーテンを開ける。

差し込む日差しは朝を告げ、なんて無い日々の始まりを思わせる。


そう、生きている意味の見出せない、なんて無い日々の始まりだ。

それでもいいかと、そんな考えに落ち着いてしまうのは甘えだろうか。

適当に食事を摂り、家を出る。


通学途中の電車でスマホを見るとどうやら大阪で起きた三年前の殺人事件の判決が出たらしい。今梨歩が住んでいる土地からさほど遠くない。当時高校生だった頃はこの辺りに住むことになるとは思いもしなかった。

その事件での加害者の罪状は成人男性一人の殺害と未成年女性一人への傷害。

その判決は”死刑”である。


『ライフドネーション』技術が世に広まって以降、多くの国で殺人に関する法律が変わった。

殺人罪に対する求刑が重くなったのだ。

以前までは例外を除けば二人以上からの死刑判決が多かったのが、『ライフドネーション』技術の普及以降は一人でも死刑判決を出す事例が非常に多くなった。


それは何も残虐な殺人事件を受けて世論が殺人について敏感になった訳ではない。

単純に”一人の価値”というものが高くなったに過ぎない。


例えば、八十才まで生きるAさんと五十才まで生きるBさんがいるとしよう。今まではBさんが五十才で死に、Aさんが八十才で死ぬ、ただこれだけのことだったのだが、『ライフドネーション』があった場合これだけでは終わらない。


Aさんが十年分の寿命をBさんに渡したならAさんは七十才で死んでしまうが、Bさんが六十才まで生きることができるようになる。

さらに二十才で死んでしまうCさんがいた場合、AさんとBさんが合計二十年分の寿命を渡すことによってCさんは四十才まで生きることができるようになるのだ。


高齢者と呼んで差し支えない年齢の人と、中年程度の人。

どちらがより経済的に、働き手として社会に貢献できるかと言われて高齢者と答える人は少ないだろう。


これが”一人の価値”の向上、人間一人の死が間接的な二人以上の殺人に繋がるようになったために殺人という犯罪行為がより重くなったのだ。


死刑制度の残っていない外国でも無期懲役の範囲が広がったりしているらしい。

命という生命活動の根幹に革新が起きたのだ。後の歴史家からは激動だったとそう評されることだろう。歴史の教科書の明治初期を思い出すと未だにその情報量の多さに頭が痛くなる。


~~~~~~


目当ての駅への到着を知らせる車内放送がかかり、窓から見える景色が次第にゆっくりになる。軽快な音楽と共に電車とホームのドアが開き、雪崩のように人が流れ出ていく。改札を定期で通り抜け、梨歩はようやく人混みから解放された。


見たことのある顔ぶれを目に捉えながら、大学目指して歩いて行く。

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