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#1 ライフドネーション

(私って生きてる意味あるのかな)


それは大学からの帰り道。暖かな陽光を放つ太陽が輝く雲一つない碧空を見上げ、神崎梨歩(かんざきりほ)は赤信号を前に足を止め、ついそう思ってしまう。


そんなことを思うなんてこの親不孝者め!という誹りを免れ得ないことは重々承知の上だ。その上で、それでも、ふとした時に思ってしまう。それともこれは思うことすらも許されないような禁忌だろうか。



信号が赤から青に変わり、そのことを知らせるように音が鳴る。その音に釣られるように梨歩は視線を等身に戻す。そうして戻した視界の端にとある立て看板が映り込む。




『あなたの命で助かる人がいます』


大層な文言だが、これは御託でも何でもない。本当に人の命で助かる人がいるのだ。


今から十年ほど前、世界は命の数値化に成功した。


専用の機械で人体を調べることでその人があとどれだけ生きることができるのかを調べることができるのだ。いつ死ぬのかを一切のズレなく的中させることはまだ出来ない。けれど、その誤差はせいぜい前後一年ほど。しかもその誤差というのも科学では説明のしようもない精神によるところが大きいらしい。それを踏まえれば十分な精度ではないだろうか。


そんなウソのような技術なのだが、実のところ自分の寿命を調べようとする人はほとんどいない。理由は二つほどある。先ず、純粋な利用料金の問題。


設備利用料、人件費などは高いと言っても理解の範疇。本当に高いのは自分の残りの寿命を知るという行為自体に発生する値段。自分の寿命を知るということは自分の未来を垣間見るということだ。人によってはそれに応じて今後の行動を変えるだろう。それがいいことなのか、悪いことなのかは分からないが。


この未来を知るという部分に大きな金が動く。


などという理由で”直接”自分の寿命を知ろうとするものは物凄く少ない。



………そう”直接”には




少しばかり話は戻るが、命の残量を数値化できるのなら干渉ができる。

つまり、自分の寿命の一部を他の人に与えることも可能なのだ。


これが『あなたの命で助かる人がいます』という文言が御託ではない理由だ。


慣用句的な『あなたの存在は無駄なんかじゃない』という意味ではなく、もっともっと物理的に自分の命で人を助けることができる。



例えば、体の弱い人。成長する前にその命が吹き飛んでしまいそうな人。治療が難しい病気に不幸にも罹ってしまった人。考えればたくさんいるだろう。少々倫理を無視するならば、罹患者が少ないが故に治療法が見つかっていない人に寿命を与えることでこの先の未来の糧にすらできるはずだ。



やり方は簡単。先の看板がある施設へと赴き、規約書に同意した後、スタッフの指示に従っていれば施術は終わる。


ただそれだけ。


私自身はやったことがないので伝え聞いたものだが、大した痛みも施術後にありそうな倦怠感も無いらしい。

なんというスーパーテクノロジー。



ただ、やはり扱っているものが『命』という大事極まるもののため、この『自分の命を他人に提供する技術』、通称『ライフドネーション』は法律で雁字搦めにされている。



まず、残り寿命が少ない場合、正確には三年以下の場合はそもそも施術を受けることすら叶わない。

これは施術者に実質の殺人行為をさせない為の法律だ。


そして、提供できる命にも上限がある。現行法では十年を超える寿命の提供及び余命が三年以下になるような寿命の提供は禁止だ。

『俺の人生の半分をあげるからお前の人生の半分を寄越せ!』なんて謳い文句は素敵に思うかもしれないが現実にそれはまぁ不可能だろう。


また、百年を超えるような寿命の受け取りも禁止されている。



他にもあるが利用者として覚えておく必要がありそうなのはこれくらいだ。他にもあるがそれはスタッフに対する法律である。


そんなガチガチに縛られているように見える『ライフドネーション』技術だが、意図的に用意された抜け穴がある。それによって私達は直近で死ぬかどうかだけは知ることができるのだ。



まず施設に行く。そして規約に同意するよりも前、そもそもできるかどうかを調べなければならない。

そうして調べた結果を伝えられる。


十年の提供が可能ならば今後十年は生きていることに繋がるし、もし仮にできないならばその結果を持って国に申請すれば、お金を払い、貯めてある寿命を貰うことができる。

しかも、若年者ほど寿命を貰うために必要なお金は少なくて済むという仕組みまである。


そんなほとんどメリットしかないような抜け穴が用意されているせいもあり、このサービスの施設利用者は若い世代が非常に多い。それも自発的よりは周囲から強いられているような形で、である。義務教育でない高校が半義務教育と化しているように、若いうちにこの施設を利用するのは半分義務みたいなものだ。そういう私も利用済み。


勿論、利用するだけで提供はしない人が大多数だ。


強いて面倒な点を挙げるなら余命が少ない場合に掛かる周りの圧が凄まじいことくらいだろうか。



横断歩道を渡り、梨歩は建物の影に入る。日差しの暖かさに代わり、影の涼しさがこの体を包んでくれた。



「見て見て!あの人!ファンからのドネーションで今あれができてるんだって!!」


そう言って指差す先のモニターに映っているのはこの国のトップアーティストだ。急性の心不全で生死の境を彷徨った後、『ライフドネーション』によって復活を遂げたという、この技術の良いところを総なめにするような経歴を持っている。


今モニターで映されているのは彼の復活を記念したイベントの広告である。さぞかし多くの人が参加を希望するのだろう。


かく言う私もあの人の歌は好きだ。こうしてイベントができる程に元気な姿を見れるのはとても嬉しい。


これは『ライフドネーション』の良いところだ。でも、勿論悪いところもある。

それは以前よりも遥かに利権が横行するようになったというところだ。


これ以前の利権は利権という金がかかるものであるからこそ、大企業と政治の結び付きが強かった。

だが、この技術の登場と普及によって金の利権政治はピークを過ぎたと言って良いだろう。



時代は『命』を資本にした利権である。金よりも贖い難く、法律にもかからない。



政治家自身、妻、夫、両親、兄弟姉妹等々。どうしても平均年齢が高くなってしまうこの舞台において寿命が伸びるというのは非常に重要だし、周りに長生きしてほしい、死んで欲しくないと、そう思うのは一人の人間として至極真っ当なものだろう。


そんな世界だからこそ、『命』の価値は時に金よりも大きくなってしまう。


実は以前、政治家の近親者への『ライフドネーション』を禁止するという案が出たのだが、人権の問題とかち合い、その法が成立することは無かった。



梨歩はビル群の喧騒を耳の裏に感じながら家路を行く。



(私って生きてる意味あるのかな)

程よく閑散とした道、鼓膜が先ほどの喧騒を懐かしみだした頃、梨歩はまたしてもそんなことが脳裏をよぎる。


人の生き方に貴賤はあるのか。


極端だが、犯罪者と偉人、生き返らせるのならどちらか、と質問されて犯罪者と答える人はまぁいない。その生き返らせた人に何をさせたいのか、してほしいのかは人それぞれだろうが、万人が偉人と、そう答えるのはその人の生前が優秀で、のちの世に名前が残るほどのことをしたからだ。


それは言い換えれば貴い生き方をしたということではないだろうか。

このような命の選択が成り立つのならば、生き方に、人生に貴賤はあると、そう言える気がする。



その上で自分を見るならば、私よりも貴い生き方をしている人はキリがない。例えば先ほどのアーティスト。仮に十年の『ライフドネーション』を受け、そうして得た命が世界に及ぼす利益。それがドネーションされた十年を超える価値になる可能性は十分にある。


他にも研究者、技術者、プロのスポーツ選手など挙げ始めたらキリがない。




梨歩は少し俯き、自分の心臓に手を当てる。

ドクドクと鼓動し続けるこの自分の心臓にどれほどの価値があるのか。私よりも生きるべき人はたくさんいる。


静かな道中、心臓の音が耳にまで届く。日に照らされた自分の手に影が差す。



「わ!」「きゃっ!」

「いたた………リンゴ零れちゃった拾わないと、ってその前に!大丈夫?」


そう覗き込んできたのは黒い髪の女性だ。後ろで結い上げた髪を黄色の飾りの付いたゴムで結んでいる。


「はい、大丈夫です。ごめんなさい、全然前見てなかったです…」


「大丈夫!それはわたしもだから!」



そう女性ははにかんだまま落ちたリンゴを拾っている。梨歩は自分の足元に転がっていたリンゴを拾い上げ、差し出した。



「ありがと!そうだ!お礼とお詫びに一つ貰ってくれない?」


「いえ!そんな、大丈夫です」

「いいからいいから!」


そう無事だったリンゴを梨歩に押し付け、

「拾ってくれてありがとーー!!」


手土産のリンゴだけを残して黄色の髪飾りの女性は去っていった。


(誰なんだろう)


気にはなるが、まぁいいかと梨歩は呆気に取られて返せなかったリンゴを手に自分の家へと歩いて行った

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