表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇人街狂想曲  作者: かなぶん
人魚の章 第一節:新たなる出遭い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/116

第8話 凪海

 しばらく歩き、不気味な色合いにも多少慣れてきた頃。

「ワーズさん、ここって何なんですか?」

 赤黒い空間を眺めていた泉は、所々で妙なモノが浮かんでいることに気がついた。見覚えのある雑誌やどこかの国の衣装、マンホールまで点在している。

「物置だよ。ほら、前に言ったでしょ? 奇人街のもう一つの通路。まあ、ここは他と違って、色んなところから物を失敬してくる、貪欲な空間なんだけど」

「失敬って……生きてるんですか?」

 気味の悪さからワーズの腕を更に締めれば、あっさり否定される。

「まさか。泉嬢って時々面白いこと言うよね」

 赤い口に笑いかけられ、バツの悪さにそっぽを向く。

 そんな泉の様子も気にせず、ぴたりとワーズが止まった。

「ああ、泉嬢、ここだよ」

 押し戸を開ける要領で、黒いマニキュアの白い手が前へ伸びる。併せ、扉ほどの大きさの四角い光が赤黒い中に現れた。

 躊躇なくその先を行くワーズに及び腰で続けば、耳に届く潮騒の音。

 踏みしめた大地は不安定な白い砂浜。

 昼を過ぎた頭上の陽は、青いフィルターを通して見たような鈍い白。

 見渡せば、真夏の陽に慣れた眼で暗い屋内に入った時のような、眩む色で構成された海辺が広がっている。奇人街の黄色く褪せた空と陽に慣れてしまった目には、とても新鮮な光景だった。

 惚けたままワーズを見た泉。

 未だ彼の腕にしがみついていたと気づき、慌てて離れる。

 そんな動揺など、やはり気にも止めないワーズは、へらへら笑いながら「ほら」と指を差した。

「沖に波がないでしょ? だから凪海って名付けられたんだけど、街の住人はこれ以外知らないから、海とだけ呼ぶね」

 説明を耳に、指の先へ視線を投じれば、確かに沖はどこまでも凪いでおり、磨かれた鏡のように陽を反射していた。浜辺では寄せて返す波があるのに、不自然なほど平らな海。

 ふと思いついて問う。

「湖……とは違うんですよね?」

「んー、たぶん? 上空から見ても、海沿いを歩いても、陸が囲っている訳じゃないって話だから。でも、舐めても塩辛くないし、泉嬢の知っている海とは色々違うだろうね。奇人街の生活用水も、ここから引っ張ってるんだよ」

 歩こうか、そう言ってワーズが先を譲る。凪海に意識を向けていた泉は、生返事をしつつ、砂に足を取られながら歩き始めた。

 右手に凪海、砂浜を挟んで、左手には小高い崖。砂浜と繋がる路はなく、崖上には木が密集して生えている。あの先には森が続いているのか、それとも防風林の一種なのか。

 とはいえ、海岸に吹く風は防ぐ必要がないほど穏やかで、柔らかくそよぐ程度。匂いらしい匂いもない、しっとりとした空気は、奇人街のものとは異なり、どこまでも澄み切っている。

 輪郭がぼやける薄青の景色は見慣れないものの、開けた空と広い海は、ほとんどの時間を室内で過ごしてきた泉に、これ以上ない解放感を抱かせた。

 自然と楽しい気持ちになり、唄が唇から零れ――途端、髪を解かれた。

「また!? ワーズさん、いい加減にしてください! どうして解くんですか!?」

 理由は分からないが、度々行われる悪戯。クセ毛ゆえの広がりを楽しむていに苛立ち、振り返って睨む。これを受けるワーズは、紐をひらひらなびかせ、

「ん? ほら、ふらふら揺れてる髪とか見ると、つい引っ張りたくならない? でもそれやると、泉嬢の首、ぽろっと落ちちゃいそうでしょう?」

 訳の分からない理屈を並べ、赤い口が笑う。

 ――自分こそふらふらしてるくせに!

 抗議込みでそんな声を上げようとすれば、風に遊ぶ褐色の髪を一掬い。

「それに、こんなふわふわしている髪、無理に縛っちゃもったいないじゃない?」

 枝に引っかかったり変な髪と指差されたり、良い思い出のないクセ毛をそう評され、怒り以外の感情に泉の顔がみるみる赤くなる。

 黒いマニキュアの白い手から、するりと髪が落ちてもなお、柔らかいだのしっとりしてるだの、紡がれる褒め言葉。他意はないと分かっていても、思いつくままに吐かれる嬉しそうな声に、どうしたって動きはぎこちなくなる。

 恥ずかしさから視線を沖へ逸らしたなら、丁度良い具合に一艘の船を捉えた。

「ワーズさん、あの船は」

 意識を逸らすつもりで指を差す。と、タイミングよく船が揺らいだ。

 転覆しそうな傾きに驚いたのも束の間、泉は恐ろしい光景を目撃してしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ